エルフと人の物語

「あたしは両親を早くに亡くしてね。十五歳で村をでたんだ」

「初めて聞いた」

「そうだったっけ。まぁ、両親がいなくなった後も村の人たちは良くしてくれたし不自由はなかったのよ。意地悪されて村を追い出されたとかじゃなくてね。単に村の外を見てみたかっただけ」


 驚くスイにカイトさんがあっけらかんと答える。


「もともと一カ所で大人しくしていられるタイプじゃなかったし、身軽だったしね。見ての通り体格にも恵まれていたし、腕もあったから、行く先で力仕事手伝ったり、用心棒みたいな真似したり。面白かったわよ」

「あの、冒険者だったんですよね? モンスター倒したりとかしたんですか?」


 私の言葉にカイトさんが笑う。


「冒険者って言っても要は流れの便利屋さ。村の人の代わりに森の奥に生える薬草を採ってきたり、旅の途中で手に入れたちょっと珍しい動物の皮とか、牙とかそんなのを売ったりしてただけ。まぁ、モンスターがでることもあったけど、そんなの稀、稀。第一、モンスターと人は住む場所が違うしね」


 やっぱりいるんだ。モンスター。

 こちらの世界に来てからずっと気になっていたことが解決してしまった。できればいないで欲しかったけれど、会うのは稀なのか。それはよかった。


「それで? それで?」

 

 深緑の目をキラキラとか輝かせるリシア君にカイトさんが苦笑する。


「たまたま訪れた町でドラゴンの眠る谷の話を聞いてね。面白そうだったから見に行くことにしたんだ。鱗の何枚か手に入れば結構なお金にもなるしね」

「ドラゴンを? 面白そうって」


 いやいや、ドラゴンってドラゴンでしょ。見に行かないでしょ。っていうか逃げるでしょ。それともこちらの世界のドラゴンって小さいの? とかげレベルとか? いや、だとしても大量のとかげのいる谷とか絶対に行きたくない。


「ははっ。ホタルさんの言うとおり。無茶だったんだ。ドラゴンの怒りってやつに触れてしまってね」

「えぇっ! 何それ! 大丈夫だったんですか!」

「まぁ、大丈夫だったからここにいるんだけれどね」

「あっ、まぁ、そうですよね」


 そりゃそうだ。駄目だったらこんな話はできていないわけで。


「なんとか谷から抜け出したものの、森で力尽きてしまってね。もうだめかぁ、って思っていたところを助けてくれたのがサクラだったんだ」


 わぁ、なんかいかにも冒険小説っぽい! 行倒れた冒険者を美しいエルフが救う、なんてロマンある! まぁ、男女は逆転しているけれど。


「あぁ、これがサクラね。この村にきてからの写真だけど」

「へぇ~……って、えっ? これがサクラさん?」

「そう。イメージしていたのと違うだろ?」

「えっ、あっ、いえ、桜の妖精と聞いていたので」


 どう答えたものかとしどろもどろする私を見て面白そうに笑うカイトさん。

 いや、だって、桜の妖精だよ。男性とは言え、なんか、こう、儚げな姿を想像するじゃん。スイも性格はともあれ美少年だしさ。

 写真の中のサクラさんは確かにピンクの髪にピンクの目。あぁ、スイの目はやっぱりお父さん譲りだったのね、と納得だったのだけれど、問題はそれ以外! がっしりとした大男! なんとも頼りがいのある男性が太陽みたいな笑顔で写っていたのだ。


「あぁ、えっと、スイはお母さん似だったんですね」

「ふぉっふぉっふぉっ。ホタル、考えたの」


 苦肉の策の私の返答に隣で聞いていたノームさんが大爆笑する。

 いやいや、それ以外にどう言えと!


「ははっ。そうだね。サクラは人間の世界を見たいって自分の生まれ故郷を飛び出て旅をしているところだったそうだよ。そこで森で倒れているあたしを見つけたんだってさ。あたしも最初はこんなガタイのいいエルフがいてたまるかって思ったよ」


 あっ、やっぱりそうですよね。よかった。私の中のエルフ像が崩れ落ちるところだったよ。


「暑苦しい男でね。やれ、女が一人で旅なんて危ないだの。もっときちんとした格好をしろだの。好き嫌いするなとか、毎日風呂に入れとか、寝る前は歯磨きをしろとか」


 いや、オカンか? オカンなのか? 後半は女性というより子どもに言い聞かせるやつじゃない?


「いくら嫌だって言ってもついて来てね。結果、一緒に旅をすることになって、後はまぁ、その、それだ、ほら」


 ん? なんか急に歯切れ悪くならない? なんか心なしかカイトさんの耳が赤いような。


「もう! ホタル! お前は察しが悪いな!」


 えっ? 何、これってもしかして、アレ、アレですか?


「スイを授かったんですね!」

「そんな破廉恥なことがあってたまるか! 結婚を申し込まれたんだよ!」


 なんだ。そっちか。って、えっ? 嘘でしょ。カイトさん、顔が真っ赤。ちょっと可愛いじゃないか。


「まったく今どきの若い者は何を考えているんだか」

 

 赤い顔のままぶつぶつと言うカイトさんがこれまた可愛い。


「まぁ、何はともあれ結婚となれば両親へ挨拶に行かないといけないだろ。とはいえ、あたしの両親はもういないから墓参りだったんだけど」


 そっか、そうだよね。


「あとはサクラの両親に挨拶をするだけだったんだけどねぇ」


 そこでカイトさんが言葉を切って、辛そうな顔になる。


「サクラはエルフのくせに人間の世界を見てみたいと言う変わり者だったんだ。あたしはエルフと言ったらサクラしか知らなかったから、油断していたんだよ。サクラの両親もきっと人間に興味があるんだろうってね」


 そこで私はノームさんの言葉を思い出していた。


「しかも、サクラは桜の妖精の長の一人息子だった」


 あぁ、なんとなく話が読めてしまった。

 私の顔を見てカイトさんも察したのだろう。困ったような顔で笑う。


「人間なんて会いたくもない! って見事に門前払いさ。エルフの里ってのは向こうに拒絶されちまうとたどり着けないんだ。あたしはサクラの両親に会うどころか、里をみることすらできなかった」

「そんな」

「サクラに対しても、あたしを諦めない限り勘当だ! 、ってそりゃすごい怒りようでね。エルフってすごいんだぜ。天気とか操れちまうの。あたし達のいた森は嵐で大変なことよ。森にも悪いことをしちまった」

「ひどい」

「まぁ、あたしがもうちょいおしとやかなお姫様なら、少しは話も違ったのかもしれないけどねぇ」

「そんなことないです!」


 おどけたように笑うカイトさんに私は思いっきり言い返す。今日会ったばかりだけれど、カイトさんが気持ちのいい素敵な女性なことはすごく良くわかった。門前払いする方がおかしい。


「ホタルさん、ありがとう」

「本当のことです。それにホタルでいいですよ。さっきもホタル! って言ってましたし」

「ははっ、そうだったね」


 そう言うカイトさんの笑顔に影はなくて、そのことに私は少しホッとする。


「サクラにもね、言ったんだよ。あたしのことは忘れて里に帰れってね。でも、あいつ、あたしと里なら里を捨てるって。馬鹿なやつだよ」


 そう言いながら懐かしそうに写真をみるカイトさんの目は言葉とは裏腹に嬉しそうで。サクラさんを今でも大切に思っていることが伝わってきた。


「せめてエルフの里に近い場所をってんで選んだのがこの村だったんだ。しばらくしてスイが生まれて、三人の生活が始まったんだけど、サクラのやつあっけなく死んじまってね」

「それは人間の世界の空気が合わなかったとか? あっ、まさかエルフのご両親が何か」


 もしそうなら許せない! 何かできるわけではないけれど、絶対に許さない! って身を乗り出した私を見てカイトさんが慌てて手を振る。

 

「まさか! 事故だよ。川でおぼれた子どもを助けようとしてね」

「そうでしたか」

「まぁ、こんなところさ。『幸せの物語』に比べると随分と地味だろ。がっかりしなかったかい?」

「そんなことないっす!」


 さっきまでずっと黙っていたリシア君が両手を握り締めてカイトさんに言う。その目には涙が。


「サクラさん、さすがっす! 惚れたっす! スイ! お前のお父さん、すげぇかっこいいな!」


 そう言って、今度はスイの手を握り締めてぶんぶんと振り回すリシア君。その言葉にスイはちょっと嬉しそうだ。ものすごく迷惑そうだけれど。

 うん、本当にいい話。私も感動しちゃったよ。と、ふとリシア君がスイの手を握ったままとまる。


「あれ? スイ、サクラさんの血を引いてるんだよな?」

「そうだけど」

「じゃあ、スイの力で桜の木の生命力って回復できないの?」

「あっ、そうだよ。スイ、植物を育てるのが得意って言っていたよね」

「無理。そんなのとっくに試したよ。俺じゃ力不足だった」


 そっか。あっ、でもスイが駄目でも。


「我は無理じゃよ。先ほど見せてもらったが、桜の妖精の加護がかかっているようでな、我では手がだせん」


 なるほど。桜の妖精の加護かぁ。……って、ちょっと待って。


「じゃあ、桜の妖精ならいけるんじゃない?」

「「「「えっ?」」」」


 私の言葉にその場のみんなの視線が集まる。

 あれ? 私、変なこと言った?


「ホタル、母ちゃんの話聞いてた? 俺たち勘当されてんの」

「勘当されたのはサクラさんでしょ? しかも十年以上も昔の話」

「いや、それは、そうだけど」


 困惑するスイに続ける。


「スイ! 祖父母は孫に甘い! これ、世界共通の真実!」

「はぁ?」

「物は試し! サクラさんのご両親にお願いしてみよう! 桜の妖精の長なんでしょ。もう引退しているかもだけれど、そしたら力の強そうな方を紹介してもらおう!」

「「「「えぇ~」」」」


 こうして、孫ならきっと会ってくれるはず、作戦がスタートしたのだった。


 

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