ドライフルーツでお茶を

「俺の初恋を返してくれっす」


 場所を移して、ここはスイの家のリビング。

 なんとかここまで運んできたけれど、リシア君はスライムのように机にだらりとつっぷしたまま。何やらぶつぶつと呟いている。

 いや、なんか呪いの言葉みたいで怖いよ。リシア君。


「本当にうぜぇ。庭に捨てておけばよかったんじゃねぇの」


 スイの言葉にリシア君が、ガバッ、と顔をあげる。

 そして徐ろにスイの前髪をあげる。


「美形の無駄遣いとはまさにこのことっす」

「なんだよ! その訳のわからない言い回し! 初めて聞いたぞ!」


 嫌そうに、バンッ、とリシア君の手を払いのけるスイ。でも、ちらりと見えたとんがり耳の先が赤いことを私は見逃さなかった。

 なんだかんだいっていいコンビなのかもねぇ。


「賑やかだな」


 そう言いながらリビングに入ってきたカイトさんが、みんなにお茶を配ってくれる。木製のカップに入っているのはジャスミン茶。


「いい香りですね」


 甘やかな香りにバタバタしていた気持ちがフッと落ち着く。


「気に入ったならよかった。こっちはお茶請けにどうぞ」


 そう言って一緒にだしてくれたのは、菓子鉢にドンと入った色とりどりのドライフルーツ。なかなか豪快な出し方がカイトさんの人柄を表しているようで、ちょっと笑ってしまう。


「ごめんね。あたし、お菓子とか全然だめでさ。村じゃ、気の利いた菓子屋もないしさ」

「そんな。きれいです。いただきます」


 カイトさんの言葉に首をふって菓子鉢に手を伸ばす。赤茶のかたまりを一つつまんで口の中へ。


「おいしい」


 柔らかな甘さについにっこりとしてしまう。どこか干し柿にも似た味だけれど、見た目は全然違う。なんだろう、これ?


「なつめやし、な」


 首を傾げていたらスイがぼそっと呟いた。


「えっ?」

「そのドライフルーツはスイのお手製なんだ。果物から作っているんだよ」

「これ全部ですか?」


 カイトさんの言葉に思わず菓子鉢をみつめる。そこには少なくとも五、六種類のドライフルーツが詰まっている。


「すごいな、お前。これは? サクサクして、俺、これ好きだわ」

「パイナップル。別にすごくねぇし。それに、お前じゃねぇし」


 リシア君の言葉にスイがまたそっぽを向く。

 でも、今度は顔まで赤い。本当に可愛いな、おい。


「サクラの血かね。スイは植物を育てるのがうまいんだ」

「なるほど…って、そうだ! 伝説の冒険者!」


 さすがエルフって感心しかけて大切なことを思い出した。リシア君の言っていた伝説の冒険者って何?


「あぁ。大した話じゃないんだよ」


 カイトさんがそう苦笑いした瞬間。


「大したことっす! ホタルさん、このお方は伝説の冒険者カイト様!」


 おいおい、『様』になってるよ。

 爛々と目を輝かせたリシア君から、そっと距離をとる。


「ホタルさん! 帰ったらすぐに貸すっす! 伝説の冒険者カイト様と孤高の精霊サクラとの冒険の物語! 『幸せの冒険』全三十九巻を!」


 離れた分以上にリシア君が距離をつめてくる。

 ちょっと怖いのですが。それに三十九巻ってことは本なの? ってか多いな、おい。


「うぜぇ」

「ははっ」


 あぁ、リシア君、憧れのカイト様とその息子様が完全に引いてるよ。


「ホタルさん! カイト様は……」


 ポカリッ。

 その場の全員を置き去りに熱弁を振るうリシア君の頭をノームさんが叩く。


「こりゃ、リシア。みんなが困っておるじゃろ」

「えっ? あっ……」


 ノームさんの言葉にリシア君が、ハッ、とする。


「すんません。俺、つい」

「いやいや。そんな熱心な読者がいて嬉しいよ」


 謝るリシア君にカイトさんが笑って答える。


「でも、あれは随分と脚色されているからね」

「あの『幸せの物語』って本なんですよね? すみません。私、何も知らなくて」


 おずおずと聞く私にリシア君がまた立ち上がりかけるけれど、ノームさんに睨まれて大人しく席につく。

 

「ホタル、『幸せの物語』はカイトとサクラの話が元になった子ども向けの物語じゃよ」

「へぇ。じゃあ、カイトさんが書いたんですか? それともサクラさんが」


 私の言葉にカイトさんが吹き出す。


「まさか! この村で暮らし始めてすぐのときにお世話になった方に娘さんがいてね。旅の話を聞きたいっていうから話したら、本にしたいなんて言われてさ。まぁ、いいか、って思っていたら、すごい話になっていてね。初めて読んだときには笑っちまったよ」

「まぁ、いいか。じゃねぇよ。お陰で俺がどれだけ苦労したか」


 あっけらかんと笑うカイトさんをスイが睨みつける。


「じゃあ、ドラゴンの眠る谷も、セイレーンの涙の物語も本当はなかったんすね……」


 えっ? 何それ。そのファンタジー心をくすぐるワード。すっごい面白そうなんだけれど。


「ハーピーとの歌合戦も、スライム投げもなかったんすか……」


 面白そう! だけれど、さすがにないでしょ。リシア君、それはこの世界にきて日が浅い私でもわかるわ。どう考えてもフィクションでしょ。


「いや、それは本当」


 そうそう、本当……えっ? 本当?


「嘘でしょ!」

「本当なのか?」


 なぜか私とスイの声が重なった。


「えっ?」

「あっ……」


 なんでスイが驚くの? と思ったら、スイが、しまった、と言いたげな顔で口をおさえている。って目もとが見えないから、雰囲気でしかわからないけれど。


「なんだ。スイ、あんたも読んでたの? くだらないって言っていたじゃん」


 カイトさんも少し驚いた声をあげる。


「……ねぇか」

「はぁ?」


 ぽつりと呟いたスイの言葉はカイトさんには届かなかったようで。でも、私にはしっかりと聞こえてしまった。

 

『話してくれなかったじゃねぇか』


 そっか。スイはご両親の話を聞きたかったんだね。ハーフエルフとして生まれたからこそ、両親がどういう思いで、どういう理由で自分を産み育てることにしたのか。知りたかったのかも。

 でもカイトさんはあまり話そうとしなかった。本当の理由なんて私にはわからないけれど、もしかしたら、多分それは生まれながらにして辛い運命を背負わせてしまったことを何処かで申し訳なく思ってたからなのかも。


「スイ、言いたいことはいいな」

「なんでもねぇよ」

「なんでもないことないだろ!」


 あぁ、二人ともこの性格だから、尚更、聞くきっかけも話すきっかけもなかったのかも。

 う〜ん。親子の話だし、私が口をだしていいものなのかなぁ。なんて悩んでいたら。


「じゃあ、本当の話を聞きたいっす!」


 ちょっと! リシア君、アナタ、そんなに空気の読めない子だったっけ?


「えっ? いや、幸せの物語に比べたら地味だよ」


 不意をつかれて驚いた顔で答えるカイトさん。

 そりゃ、驚きますよね。


「いやいや。真実に勝るものはないっす! ドラゴンの眠る谷とかも本当なんすよね?」

「あぁ、まぁ」

「じゃあ、ぜひ!」


 テーブルから身を乗り出すどころか、登ってカイトさんに詰め寄りそうな勢いのリシア君。

 ちょっと、今日のリシア君、本当に変だよ。


「ははっ。まぁいいか。そんなに言ってくれるなら、久しぶりに聞いてもらおうかな」

「はいっす!」


 リシア君の勢いに負けたカイトさんは、ジャスミン茶を一口飲むと静かに話し始めた。


「これはあたしがまだ冒険者だった頃の話……」


 そんなカイトさんの話に興味なさそうな雰囲気を醸し出しながら、でも、スイはテーブルを立とうとはしなかった。 

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