リベンジからの伝説の冒険者
「これは……」
庭の桜の木を見せてもらった私は言葉を失ってしまった。地面に残されたのは僅かな切り株だけ。それも所々がスイの持ってきた木片と同じ様に焼け焦げている。確かにこれではやがて枯れてしまうだろう。
「どうだ?」
心配そうにたずねるスイ。
「触っても構わない?」
「もちろん」
了解を得てから桜の木に近づく。焼け焦げた部分に触れるとポロポロと崩れてしまう。でも、その奥にしっかりとした手応えは感じられる。
「焦げた部分の下に生きている部分があると思う」
私は意を決して言葉を続ける。
「焦げた部分をナイフで削り落として、その奥の部分の木片を取らせてください」
「「……!」」
スイとお母さんの息をのむ音が聞こえた。
それはそうだ。確かにやがて枯れてしまうかもしれない。でも、だからといって形見の木をナイフで切り刻まれるのは抵抗があるだろう。断られるかな、と思っていると。
「構わないよ」
「母ちゃん!」
お母さんの返事にスイが驚きの声をあげる。
「いいんですか? 削らせていただいたとしても、宝飾合成が必ず成功するとは限りませんよ」
「ホタルさん!」
私の言葉に今度はリシア君が驚きの声をあげる。
でも本当のことだ。木片よりは生命力はあるだろう。けれど、ここまで弱っている状態だ。宝飾合成に十分な生命力を持っているかは、やってみないとわからない。ただ桜の木を傷つけるだけになる可能性もある。
「正直だね。そこは、絶対成功させます、って言うところじゃないか?」
お母さんが苦笑いする。
「大切な思い出の品です。嘘はつけません」
「やってみないとわからない、と?」
「はい」
「でも、可能性はある、と?」
「はい」
「じゃあ、頼むよ。スイ、いいね?」
「母ちゃんがいいなら、俺は構わないよ」
お母さんの言葉にスイがあっさりとうなずく。
「あの、本当にいいんですね?」
今更だけれど二人の返事に少し不安になってしまって、改めて確認する。断られるなり、時間が欲しいと言われるかと思ったから。
「なんだい。失敗するつもりなの?」
深緑の目が真っ直ぐ私を見つめてくる。スイも黙ってこちらを見ている。長い前髪に隠れて見えないけれど、鮮やかなピンクの視線を感じた。
姿勢を正して二人をきちんと見返す。
「いえ。全力を尽くします。お二人の思い出の品、お預かりします」
「頼んだよ」
「頼んだぜ」
二人の言葉に私は桜の木にナイフをあてた。
「そんなものでいいのか?」
私が切り取ったのは親指の頭くらいの木片ひとつ。それを見たスイが不思議そうな声をあげる。
「うん。これで十分。私の場合は素材は思い出だから物のサイズはあまり関係ないんだ」
「へぇ。そうなんだ」
「まぁ、花とか実際のものを素材に使う場合は大きさも影響するけれどね。……さて、では、宝飾合成します」
どこか石板をだせそうなところはあるかな。
「ホタル、このテーブルなんてどう?」
キョロキョロとしていたらスイがどこかからテーブルを持ってきてくれた。広さも十分だし、安定感もある。
「うん。ばっちり。場所はお庭をお借りしちゃっていいかな? もちろん、爆発なんてしないからね」
「わかってる。構わないよ」
念のため付け加えたらスイに笑われてしまった。
いやいや、アンタ、最初にノームさんから話を聞いた時には結構気にしていたじゃん。
「爆発?」
「あぁ、母ちゃんには言ってなかったっけ。宝飾合成って」
「宝飾合成はとても安全なものです。爆発なんてしません。お母さん、どうぞご安心を!」
スイが余計なことを言い出す前にさっさと石板を取り出して宝飾合成の準備をすすめる。
魔鉱石の残量を確認して、切り取った木片を石板にセット。大きく深呼吸を一つ。
「では、宝飾合成を始めます」
私の言葉にみんなも黙り込む。
木片に手をかざして意識を集中する。徐々に光に包まれていく木片にみんなの視線が集まる。でも。
「あぁ」
白い光は木片を覆い隠す前に静かに消えていってしまう。その様に思わず声がもれる。
確かにスイが持ってきてくれた木片より感じる力は強いけれど、他の素材に比べて明らかに伝わってくるものが足りない。
「そんな……」
すっかり光が消えてしまった後に残されたのは、切り取ったままの木片。その光景にスイが落胆の声をあげる。
必ずうまくいくとは限らない。自分で言っておきながら私も言葉がでなかった。
みんながただ石板の上の木片を呆然とみつめる。と、その時。
「仕方ないじゃないか。諦めよう」
沈黙を破ったのはお母さんだった。
「ホタルさん、ノームさん、それにリシアさん。こんな遠方の村まで足を運んでくれてありがとう。手間をかけてしまって申し訳ない」
「そんな!」
頭を下げるお母さんを慌てて止める。私の方こそ、ここまでさせてもらったのに何の役にも立てなかった。
「スイもありがとう。その気持ちだけで十分だよ」
「待ってくれよ! まだ何か方法が」
納得がいかないといいたげなスイの頭をお母さんがぐりぐりと乱暴になでる。
「いいんだ。あたしにはアンタがいる。サクラはスイを残してくれた。それだけでいいんだ」
「母ちゃん」
お母さんの言葉にスイはうなだれる。再びみんなの間に沈黙が流れ……たのだけれど。
「えっ? 待って! サクラって?」
急に声をあげたリシア君にスイが面倒くさそうに答える。
「なんだよ、でかい声だして。サクラは父ちゃんの名前だよ」
「えっ? 本当に? 桜の精のサクラ? えっ? でも、父ちゃんって? 男ってこと?」
「はぁ? 父ちゃんなんだから当たり前だろ」
「あっ! そういえば! スイ、お前の髪って深緑!」
「なんだよ、今更。文句あんのか?」
「ちょっと、お前、目ぇ見せろ!」
「おい! やめろよ!」
「ちょっとリシア君! どうしたの?」
急に騒ぎ出したリシア君にみんながびっくりする。と、止める間もなくスイの髪を掻き分けたリシア君が、そのままの体制で固まる。
「……桜色の目」
「離せよ!」
呆然とするリシア君の手をスイが払い除ける。
「嘘だろ。だって、桜色の目に深緑の髪。透き通る白い肌の美しい子。エルフと人の架け橋となる天使」
えっ、ちょっと、リシア君、本当にどうしちゃったの? 立ち尽くしたまま何かぶつぶつと呟いていて、かなり怖いんだけれど。
そんなリシア君を見てお母さんが一瞬キョトンとした顔をしたあとで、あぁ、と呟きながらニヤリと笑った。
「別に娘だなんて一言も言っちゃいないよ。それにサクラが女だともね」
その言葉にリシア君がハッとお母さんを見る。そして。
「あなたが伝説の冒険者カイト? えっ? でも女性だなんて聞いてない!」
「男だとも一言も言ってないよ」
「えぇ〜!」
「うぜぇ」
「そうか。リシアには言っておらんかったな」
なぜか庭に崩れ落ちるリシア君。
それを面白そうな目で見るスイのお母さん、改め、カイトさん、と、心底面倒くさそうな顔のスイ。
そしてのほほん見守るノームさん。
何? なんなのこのカオスな状況! さっきまでのしんみりした空気はどこへ行った! そして、伝説の冒険者って何?
さて、どこからツッコミをいれればいいのやら。
とりあえず木片を保存瓶にしまいながら、私は呆然と立ち尽くすのだった。
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