村まで出張です
翌朝、マダムの店まで迎えに来てくれたリシア君とともに領主様のお庭へと向かう。お庭の入り口に着くとすでにノームさんが待ってくれていた。
「おや、リシアが同行するのか? マダムのことじゃ、誰か供を連れて行かせるとは思ったが」
「なんすか。俺じゃ、ダメっすか?」
ノームさんの言葉にリシア君が珍しく噛みつく。普段はこんな子じゃないんだよ。礼儀正しいし、人懐っこいいい子なんだけれど。お庭にくるまでにセレスタとジェードが忙しくて来られなかったって話をついしてしまったらご機嫌斜めになっちゃって。
「おやおや、ダメなんてことはないぞ」
「……ごめんなさい」
少し驚いた顔をしたノームさんの言葉にリシア君が頭を下げる。そんなリシア君にノームさんが笑顔で首を横にふる。
「さて、では行くとするかな。ホタル、リシア、我の手を離さんようにな」
その言葉に私がノームさんの右手を、リシア君が左手をしっかりと握る。と、その瞬間、昨日と同じように視界が歪む。
「わぁ」
数秒後には私たちは緑のトンネルの中にいた。艷やかな緑の葉とところどころで仄かに光る白い花が作り出す幻想的な光景に今日も思わず歓声がこぼれる。
「やっぱ便利っすね。俺も作れないかなぁ」
辺りを見回して呟くリシア君。どうやら発明好きの血が騒ぐみたい。確かにいつでも使えたら楽だよねぇ。
「ふぉっふぉっ。これは我らの秘技。そう簡単に真似はできんよ」
「そうっすよねぇ」
ノームさんの言葉にリシア君が少し悔しそうにうなずく。
「さて、そろそろ到着じゃ」
スイの住む村がタキの町からどのくらい離れているかわからないのだけれど、歩いたのはほんの一、二分。また視界がぐにゃりと歪み、それがおさまる頃には私たちは小ぢんまりとした白い壁と赤茶の屋根の家の前にいた。
「おはよう。じいちゃんにホタル……で、そこの黄緑は誰?」
待っていてくれたのはスイと、スイそっくりの深緑の髪をした女性。と、スイの言葉にリシア君のこめかみがピシッと音を立てる。
えっ、ちょっと待って。リシア君、いきなり喧嘩とかやめてよ。
「どうも。ホタルさんの相棒にして道具屋のリシアっす。んで、ホタルさん、な。年上には、さん、つけろって教わらなかったかな? チビっちゃい少年よ」
「誰がチビだと!」
「あれ? 鏡を見たことないのかなぁ? この中で一番のチビは誰でしょうねぇ」
そうなのだ。スイの隣の女性。十中八九、スイのお母さんだと思うんだけれど、スラリとした長身に顎のラインで綺麗に切りそろえられたストレートの髪。まっすぐこちらを見つめる目は髪と同じ深緑。凛とした佇まいのかなり格好いい女性なのだ。桜の木が雷に打たれて落ち込んでいると聞いていたから、もっと儚げな女性を想像していたので少しびっくりしてしまった。
リシア君も最近背が伸びたし、私も長身ではないにしても平均的な身長。結果、一番小さいのはスイ。まぁ、スイの場合はこれからぐんぐん伸びるところなんだから、気にすることではないんだけれど、気になるんだろうねぇ。
リシア君の言葉にスイの顔が真っ赤になる。
「サイズだけならじいちゃんが一番だろ!」
いやいや、スイ、さすがにそれは無理があるよ! そこ計算にいれます?
「おやおや、我も入るのかい?」
スイの言葉に怒るでもなくにこにこと返すノームさん。さすが長い時間をいきているだけある。と思ったその瞬間。
ヒュンッ!
何かが空気を切る音がした。
「このばか息子! 何、しょうもないこと言ってんの!」
「イテテッ! 母ちゃん、やめろよ!」
あっ、やっぱりお母さんだったのね。気が付くとスイのお母さん(確定)がスイの頭をわしづかみにして無理矢理頭を下げさせているところだった。
嘘でしょ。まさかさっきの空気を切る音って、スイのお母さんがスイの頭を掴んだ音だった?
「……!」
スイのお母さんの豪快さに私が慄いている横でリシア君が息をのむ気配がした。
「リシア君、どうしたの……って、あっ!」
リシア君の視線の先を追った私は同じように息をのんだ。お母さんがスイの頭をわしづかみにしたことで、スイの髪が乱れて尖った耳が露わになっていたのだ。
「あっ、あのリシア君」
「そうっすよ! わざわざタキの町から来たんすよ!」
「えっ? ……あっ」
何事もなかったかのように、いや、かなりわざとらしく話をそらすリシア君。その姿に疑問の声を上げかけて、私は慌てて言葉を飲み込んだ。
「リシアも良い子じゃの」
私にだけ聞こえるくらいの小さな声で呟いたノームさんの言葉に私もうなずく。
ノームさんの話によるとハーフエルフは数が少ないそうだ。リシア君も実際に目にするのは始めてなのかもしれない。そして、リシア君はこの世界の人間だ。ハーフエルフが禁忌の存在であることも知っているはず。なのに今、リシア君はスイがハーフエルフであることを指摘することはしなかった。
本当にいい子なんだよね。
「ありがとうね。……ほら! ばか息子! お客様を庭にご案内するんだよ!」
お礼を言ったその声は明らかにお母さんのそれだった。でも、しんみりする暇もなくスイを追い立てるお母さん。不服そうな顔ながらも、ありがと、と小さく呟いたスイの案内で、私たちは今日の目的地、庭の桜に出会うことができたのだった。
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