不意打ちはだめだって
「ホタル、スイのこと、ありがとうな」
「いえいえ。まだ成功するとは限らないので」
スイを見送ったあと、領主様のお庭の入り口まで歩いていた私はノームさんの言葉に首を横にふった。帰りも精霊の通り道を開いてくれると言ってくれたのだけれど、折角だからノームさんに早春の花を教えてもらうことにしたのだ。
「いや、宝飾合成のことではなく、ハーフエルフのことじゃよ」
「えっ?」
そう言えばスイはハーフエルフなんだっけ。その後のバタバタのせいですっかり忘れてた。
でも、何でお礼?
「ふぉっふぉっ、ホタルは良い子じゃの」
えっ? 急に褒められたけれど、だから何が?
「ハーフエルフは数が少ないんじゃよ」
「そう言えばスイも自分以外のハーフエルフを知らないって言ってましたね」
「なんでだと思う?」
なんで? う~ん、そもそものエルフの数が少ないとか? 精霊もタキの町ではノームさんしかいないし、少なかったりするのかな。
「禁忌の存在じゃからだよ」
「はい? きんき?」
大阪? って、違うよね。ここは異世界。
あまり日常では聞くことのないノームさんの言葉に理解が追い付かない。
「そう、禁忌。忌み嫌われた存在、という事じゃ」
「えっ」
予想のしなかった事実に言葉を失う。
「エルフも人間も同族意識の強い種族じゃからな。他と交わることを嫌うんじゃ」
「いや、人間はそんなことは」
そこまで言いかけて私は次の言葉がでてこなかった。
だって元の世界では人間は人間同士ですらコミュニティを作り、争う存在だったのだから。
「スイの母親も父親も自分たちの意思で互いを選んだ。周りから疎外されることも覚悟してな。じゃが、スイは違う。最初からハーフエルフとしての人生しか用意されていなかったのじゃ」
「だからスイはあんなに警戒心が強かったんですね」
「あぁ、村でも嫌な思いをたくさんしてきたんじゃ」
「そっかぁ」
「じゃからこそ、ホタルの反応はスイにとって嬉しいものだったんじゃと思うよ」
「えっ? 私、何かしました?」
むしろ宝飾合成を失敗してがっかりされているのでは?
「スイの目と髪を褒めてくれたじゃろ。ハーフエルフであることより、スイ自身を見て、褒めてくれた」
「いや、それはハーフエルフについての知識がなかっただけで」
「じゃあ、知識を持った今、ホタルはスイを嫌うかの?」
「いや、それはないです。生意気だけれど、親思いのいい子だって知ってますから」
「じゃろ? だから、ありがとう、じゃ」
そういうとノームさんは深緑の優しい目でにっこりと笑った。
「さて、入り口についたぞ。明日も同じ時間にまっておるからな」
「はい。じゃあ、また明日」
こうして領主様のお庭を後にしてマダムの店に戻るともう昼。ちょうど店に来ていたマダムの甥のセレスタとその同僚のジェードと一緒に店の三階で昼ごはんとなり、ついでに明日のことをマダムに相談したのだけれど。
「はぁ? あんなことがあったばかりだって言うのにまた出張宝飾合成にいくの?」
「おい、ホタル。お前は馬鹿なのか?」
マダムより先にセレスタとジェードから返事がきた。ちなみに前者がセレスタ、後者がジェードです。
「いや、馬鹿って。その言い方はないでしょ。しかも今回はノームさんの知り合いだし、身元は安心だよ」
「あのね、前回だってレナ様のお知り合いだったでしょ。タキの町の領主様の娘の知り合い。しかもフィアーノの領主様のご息女。身元はばっちりだったでしょうに」
セレスタの言う、あんなこと、って言うのは、少し前に港町のフィアーノに宝飾合成に行ったときの話だ。いろいろあってフィアーノの領主様のお屋敷に拉致監禁されかけたのだ。
「あれはちょっとした行き違いってやつじゃん。最終的には誤解は解けてハッピーエンドだったわけだし」
「ちょっとした? ちょっとしただと? 俺たちがどれほど心配したか!」
ジェードから黒いオーラが立ち上がる。
「うわっ! ごめん! ごめんなさい! その節はご心配をおかけしました!」
慌てて頭を下げる私にマダムを含めてた三人がため息をつく。
「マダム、だめですか?」
恐る恐るたずねる私にマダムの灰色の目がギロリと光る。
「だめと言ったら断るのかい?」
ひぇ~怖いよぉ~。でもここで引き下がるわけにはいかない。
「いえ、行きたいです。お願いします。行かせてください」
「一人じゃだめだ。セレスタかジェードを連れて行きな」
「えぇ~、またホタルさんのお守り? おばさんが思う程、僕たち暇じゃ……フゴッ!」
その瞬間、目の前を灰色の閃光がよぎる。
セレスタって本当に学習しないよね。マダムの前で年齢の話、ましてや、おばさん、呼ばわりするなんて。いつものごとく部屋の隅に吹っ飛んでいったセレスタ。これまたいつものとおりそれを無視して話は進んでいく。
「マダム、すまない。今、領主様のところに客人が来ていてな。俺もセレスタも再来週にならないと時間を作れそうにないんだ」
「えぇ~、再来週なんて絶対無理」
本当なら今日これからでも行きたいくらいなのに。
声を上げた私をマダムがまたジロリと睨みつける。
「一人じゃ許さないよ。さぁ、この話は終わりだ。さっさと食べて仕事に戻るよ」
そう言ってさっさと食事を再開してしまったマダム。これは交渉の余地なしってやつだわ。
さて、どうしたものか、と私も昼ごはんのパンをかじりながら考え込んだ。
「というわけで、お願い! ついて来てもらえないかな?」
「ホタルさん、あんた馬鹿なんすか!」
場所は変わってここはリシア君の道具屋。
ふわふわ、つんつんの黄緑の髪に深緑の目。若干二十歳にして魔力補充型石板を発案した優秀な男の子。こちらの世界にはない彫金の道具とかも作ってくれていて、リシア君なしには私の宝飾師としての仕事は成り立たないと言う物凄くありがたい存在。
この世界でまだ知り合いの少ない私にとって、セレスタとジェード以外で一緒に来てもらえそうな人といったらリシア君しか思いつかなった。というわけで、マダムの店が終わってからリシア君の道具屋に来たのだけれど。
「どれだけ心配したと思っているんすか!」
「えぇ~、そのくだり、お昼に散々言われたよぉ」
「言われたよぉ、じゃ、ないっす! だいたいホタルさんには危機管理意識ってものが」
黄緑の髪がいつも以上につんつんしている。いい子ではあるんだけれど、若干、いや、かなり心配性なんだよね。私、もう三十二歳だよ。大人だよ。いくら異世界とはいえ心配しすぎじゃない?
「ホタルさん! 話を聞いてるんすか!」
「はい! 聞いてます!」
嘘です。聞いてませんでした。
とはいえ、リシア君だってお店はあるわけだし、急に明日一緒に行ってくれって言われても困るよね。見込み薄いけれど、もう一度マダムに掛け合ってみるか。まぁ、ノームさんが精霊の通り道で送ってくれるって言うから日帰りで済むだろうし。
「最悪は置手紙して行けば」
「はぁ! ホタルさん! 今なんて言ったんすか!」
しまった。心の声が。
「もういいっす! 行くっす! 行きますよ!」
「あっ、いや、ごめん。迷惑だろうし」
「で? 一人で黙って行くんすか? 置手紙だけして?」
「いや、それは」
「じゃあ、断るんすね。その依頼。母親のために宝飾合成をして欲しいってわざわざホタルさんを頼ってきてくれたのに」
「それは無理! って、あっ」
しまったと思って口をふさいだけれど、時すでに遅し。
「ホタルさん、本当に心配なんすよ。お願いだから無茶はしないで」
「ごめんなさい」
「俺はあなたの相棒でしょ?」
「あっ、えっと」
リシア君は私がこの世界の人間ではないことを知っている。
この相棒って言うのは、その話をしたときについ言ってしまった言葉で。その時は私が仕事をできるのはリシア君のお陰って意味ででてしまったのだ。我ながら青臭い言葉だったと反省しているのだけれど、それ以来、私が何かしら無茶をしようとするとこうやって言われてしまうのだ。
「相棒でしょ?」
「うん」
深緑の目に真っすぐと見つめられて、つい気恥ずかしくなってしまう。
「だったら、頼って。この前みたいなのはもうごめんだから」
「ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる。と、ふわり、と頭に温かいものが触れる。ぽんぽん、と数度叩かれて、温かさが去る。って、えっ? 何? もしかして、私、リシア君に頭ぽんぽんされた? そう思った瞬間に顔が急激に熱くなる。火が出そうとはまさにこのこと。何してくれるの、リシア君! 本当にこの子は無意識にすごいことするんだから。
「で? 明日は何時に迎えに行ったらいいっすか? って、ホタルさん、どうしたんすか? そこまで落ち込まなくても」
こっちの気も知らずに顔をのぞきこんで来ようとするリシア君の視線を振り切り、道具屋の出口までダッシュ。振り返らずに明日の時間だけ告げてドアを開ける。と、その前に。
「リシア君、ありがとう!」
お礼だけは言わないと。なんだか悪役の捨て台詞のようになってしまったけれど、私はそのまま道具屋を後にした。
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