微かな思い
「「「ほぉ~」」」
ゴシェさんの新作スイーツにフォークを入れた三人は揃って声を上げた。
ノームさんが温めてくれたそれは一見するとカップケーキサイズのガトーショコラ。でもフォークをいれたら中からトロリとチョコレートがこぼれてきた。
これはフォンダンショコラだ!
「なるほど。温めろとはどういうことかを思ったが、こういう仕掛けじゃったのか」
ノームさんの深緑の目が嬉しそうに細められる。
早速、一口。
「「「ん~」」」
これまた三人で悶える。まだちょっと肌寒い早春のお昼前。トロリととろける濃厚なチョコレートにしっかりとしたチョコレート生地。見事なチョコレートのコラボ。ゴシェさん、さすが!
「このお茶も美味しいです」
フォンダンショコラに合わせてだしてくれたお茶からはオレンジの香りがして、チョコレートの濃厚さにぴったり。ノームさんもさすが!
「うまっ。なぁ、これってタキの町で買えるの?」
そうたずねるスイ。口の端についたチョコレートが可愛い。
「まだ試作品だと思うからお店に並ぶのは少し先かな」
「そっか。母ちゃんのお土産にしようかと思ったんだけど、残念」
可愛いな、おい。本当にお母さん思いのいい子なのよね。
「お店に並んだら連絡しようか?」
「本当に? あっ、でも俺、タキの町に住んでるわけじゃ」
「あっ、そうか」
この世界、不便なことに電話が存在しない。連絡方法は手紙が主流なんだけれど。
「我に教えてくれればスイに伝えておこう」
「じいちゃん、いいの?」
「構わんよ」
どういうこと?
不思議そうな顔をしていたのだろう。ノームさんが、あぁ、とうなずく。
「我らには我らの通信手段があるんじゃよ」
「へぇ~」
さすがはファンタジー。便利なものだと感心しながらお茶をいただいた。
「さて、ではやりますか」
お茶も終わり、今日のメインイベント。宝飾合成の準備に取り掛かる。
「ノームさん、宝飾合成にお借りできる場所ってありますか? 石板は持ってきていますから」
「そうじゃな。爆発されても困るしの~」
「えっ! 爆発?」
「ちょっとノームさん! それ、いつの話ですか! スイ、今はもう爆発なんてしないからね」
驚きの声をあげたスイを見て、慌てて否定する。
もちろん宝飾合成は爆発なんてしない。もしそうならマダムの店みたいに二階に作業場を作るはずがない。
ただ、私の場合は前科が……実はある。でも、それは本当に宝飾師になりたての頃。しかも一度きりの話だ。
まぁ、そのせいでしばらくは領主様のお庭にある河原で宝飾合成をさせていただいていたのだけれど、それだってもう何ヶ月も前の話。今は私もマダムの店の作業場を使わせてもらっている。
「爆発したことはあるんだ」
スイがテーブルから一歩離れる。
「そうじゃな。河原を卒業して久しいものな」
「そうですよ」
「あれは確か去年の秋の終わりか。いつ爆発してもいいように河原で宝飾合成していたものの、さすがに河原は寒いとマダムが作業場を使わせるようになったんじゃったな」
「はい。もちろん、作業場で爆発なんてしてませんからね!」
そんなことしたらマダムに何を言われることか。そもそも河原を借りていたのも、あくまで念のためだし。
「いや、去年の秋って結構最近じゃん」
あれ? スイがどんどん遠くなってない?
「ふぉっふぉっ。冗談じゃよ。宝飾合成ならこのテーブルを使うといい。広さも十分じゃろ」
「えっ? いいんですか?」
「もちろんじゃよ。ただ、テーブルは吹き飛ばさんでくれよ。これがなくなるとお茶ができなくなるからの」
「当たり前ですよ!」
にやりと笑うノームさんに呆れ顔で答える。
「いや、ホタル。河原があるんなら、そこにしないか? 別に俺、歩くのは全然構わないよ」
「ほら、ノームさんが変なこと言うから! 爆発なんて本当にしないよ。大丈夫だから」
さっきより更に距離をとったスイが木の影から声をかけてくる。
もう、絶対に宝飾合成を危険な作業だと思っちゃってるじゃん。
「これは悪戯が過ぎた様じゃな。すまん、すまん。スイ、大丈夫だからこちらに来なさい。お前が素材を持ったままでは、それこそ何もできんよ」
「本当だよな?」
「あぁ、我が保証しよう」
いや、保証する、って元はと言えばノームさんのせいでしょ。
ノームさんの言葉におずおずとテーブルに戻ってきたスイから木片の包みを受け取る。テーブルに石板をセットして、魔鉱石の残量もチェック。受け取った包みから木片を取り出して、そっと石板にセットする。
紆余曲折してしまったけれど、いよいよ宝飾合成だ。
「では、宝飾合成します」
木片にそっと手をかざして意識を集中する。木片の周りが淡く輝きだし、次第に白い光が強くなり木片を覆い隠す。息をつめて見つめること十数秒。……あれ? おかしい。いつもならこの段階で素材から何かしらのイメージが伝わってくるのだけれど、何も感じない。
「おい。どうしたんだよ?」
「ごめん。静かにして」
もう一度素材に意識を集中する。より深く素材のイメージを探す。と、微かにイメージが浮かんでくる。お守りとかに近いような感じが伝わってくるけれど、本当に僅かで弱々しい。
徐々に木片を包んでいた光が収まっていくけれど。
「やっぱり」
想像どおり石板の上には木片がそのままの姿で残っていた。
「おい、どういうことだよ!」
スイが私に詰め寄る。
「ホタル、これはどういうことじゃ?」
ノームさんも険しい顔で私に問いかける。
私もこんなことは初めてだ。でも、おそらく。
「木片に込められている力が弱いんだと思います」
「どういうことだよ! 父ちゃんの思いが弱いってことかよ!」
苛立った声を上げたスイに私は首を横に振った。
「そうじゃなくて、木片の生命力、みたいなものが弱いんだと思う」
「生命力?」
「これは雷に打たれるまでは生きていた桜の木でしょ? 木そのものの力みたいなものが失われつつあるんだと思う」
「木そのものの力……」
スイが石板の上の木片を見つめてスイが呟く。
「ホタルよ。そうなると時間を置けば置くほど思いも感じ取りにくくなってしまうんじゃないか?」
ノームさんの言葉にうなずく。木片の生命力が原因なら、時間がたつにつれて思いは失われていく。増えることなないだろう。つまり。
「今の時点で宝飾合成できるだけの思いを感じ取れないと言うことは、この木片で合成を行うのは難しいと思います」
私の言葉にスイがうつむく。
「ただ、方法がないわけではありません」
「本当に? できることなら何でも言ってくれ!」
バッと顔をあげてスイが私に詰め寄る。
「私もこんなことは初めてなの。絶対とは言い切れないんだけどいい?」
「もちろん」
スイがうなずくのを見て私は言葉を続ける。
「この桜の木の根元の部分はまだ地面から生えた状態であるよね?」
「あぁ。でも少ししか残らなくて切り株状態なんだ。桜は傷に弱い木だから、多分枯れてしまうと」
「でも、今はまだ枯れてないよね?」
「うん」
「なるほど。そういうことか」
ノームさんの言葉に私はうなずく。
「はい。地面と繋がった部分なら生命力は木片より強いはずです」
「そっか! そっちなら宝飾合成ができるかもしれないってことか!」
「うん。でも」
「でも?」
「掘り起こしてしまったら木片と一緒になってしまうから、私がスイの住む村に行って宝飾合成したいんだけれど、時間がかかると成功率は下がると思う。スイの住む村ってタキの町からどのくらい?」
この世界の移動手段は馬が基本。乗馬のできない私の場合、乗合馬車か、誰かの馬に乗せてもらうしかない。
「ホタル、それならば心配は無用じゃ」
「えっ?」
「精霊の通り道を開いてやろう」
「本当ですか?」
ありがたい。だったら早速、と石板をしまい始めた私にノームさんが呆れた声を上げる。
「ホタル、ちょっと待ちなさい。いくら精霊の通り道を使うと言っても、タキの町は出るんじゃ。マダムに一言断っていった方がいいじゃろ」
「いや、でも急がないと」
「いくら桜の木が傷に弱いと言っても、一日二日で枯れることはない」
「じいちゃん、本当に? 今すぐ来てもらった方が」
「スイも落ち着きなさい。森の精霊の我が言うんじゃ。間違いはない。それにお前だって母親にホタルを連れていくことを話しておいた方がいいじゃろ」
ノームさんの言葉にスイと私は渋々うなずく。
「明日の朝、我がホタルをスイの所まで送ってやろう。二人ともきちんと話をしておくんじゃよ」
「「はい」」
こうして出発は明日の朝と決まったのだった。
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