春の雷

「俺さ、ハーフエルフなんだ」


 ノームさんが消えて二人きりになったテーブルでスイがポツリと呟いた。


「こっちの方がわかりやすかったな」


 そう続けるとスイが今度は髪を耳にかける。そこにはぴんと尖った耳がのぞいていた。元どおり前髪をおろしてしまったスイの表情はうかがえない。

 

「なるほど」


 スイが見せたかったのは鮮やかなピンク色の目ではなく耳の方だったらしい。

 う~ん、でも、いるよね。そりゃ、ハーフエルフも。だって精霊がいて、ドワーフもいるし(会ったことないけれど)、魔法使いもいる(これまた会ったことないけれど)んだもん。


「で?」


 多分、驚くところなんだろうけれど、目の前のスイはどうみても普通の少年。まぁ、つけ足すとしたら美少年っていうくらい。インパクトでいったらノームさんに初めて会った時の方が数倍驚いた。だって三十センチメートルくらいの小さなおじいさんだよ。森の精霊だよ。二度見どころか三度見くらいしたよ。

 さて、どうしよう。驚いたふりをしてもいいけれど、絶対わざとらしくなるだろうしなぁ。と、しばし悩んだ結果、随分と素っ気ない反応になってしまった。そんな私をスイが呆れた顔で見る。


「怖くねぇの?」

「怖いの?」


 正直言って、ハーフエルフについてはエルフと人間のハーフなんだろうなぁ、程度の知識しかない。小さい頃に読んだ本や遊んだゲームにでてきたような気もするけれど、怖い存在だったっかの記憶がない。重ね重ね申し訳ないかぎりなのだけれど。


「怖くないよ」


 質問に質問で返してしまった私にスイが苦笑いしながら続ける。


「少なくとも俺はほぼほぼ人間。特別な力といったら植物を育てるのが得意なくらい」

「植物?」

「そう。俺の母ちゃんは人間、父ちゃんは桜の妖精なんだ。父ちゃんの血なんだろうね」

「すごいじゃん!」


 なるほど、だからノームさんと知り合いだったのか。ノームさんは森の精霊だもんね。

 

「あとは、もしかしたら寿命が長いかもしれないくらい」

「もしかして?」

「そう、もしかして。俺以外にハーフエルフなんて見たことないからね」


 あら。ハーフエルフってそんなに珍しい存在なの?

 私の驚きを他所にスイの話は続いていく。


「村の長老たちの話じゃ、ハーフエルフには人間より寿命の長い奴もいるらしいよ。俺は今のところ人間と同じ速度で成長しているけれど、この先どうなるかはなってみてのお楽しみってわけ」

「それは、辛いね」

 

 自嘲気味に笑うスイを見て、気が付く前に言葉がこぼれていた。

 だって、そんなのどう考えたってすごい不安だ。見た限りスイはまだ十代始めくらいだろう。その年齢で、いつ周りと違う時間を生きることになるかわからない、なんて、そんな不安を抱えるのはどれだけしんどいことだろう。


「変な奴」

「えっ?」

「やっぱり面白いわ。アンタ……じゃなくて、ホタル、だっけ?」

「へっ? あっ、うん」


 急に名前を呼ばれて変な声がでてしまった。

 そんな私を笑いながら、スイがもう一度鞄から白い包を取り出す。


「半月くらい前に季節外れの雷があったの覚えているか? こっちも結構ひどかったってじいちゃんからは聞いたんだけど」


 それなら覚えている。もう春だというのに昼過ぎから急に空が暗くなって雷まで鳴った日があった。


「うん。あった。雷が落ち着くまでお客様も帰れなくて大変だった……って、まさか」

「俺んちの庭に雷が落ちてさ。これはその雷にあたって倒れちまった桜の木の欠片なんだ」


 なるほど。雷が直撃したってことなら、生木なのに表面だけがあそこまで焼け焦げているのもうなずける。

 でも、待って。今、桜の木って言ったよね? スイのお父さんって確か。


「安心して。庭の桜の木は父ちゃんが植えたってだけで、別に父ちゃんの本体とかじゃないから」

「よかった」


 スイの言葉にほっとしたのも束の間。


「父ちゃんは俺が生まれる前に死んじまったから」


 全然良くなかった!


「ごめん! 無神経なことを」


 慌てて謝る。そんな私にスイが手を横にふる。


「気にしないで。ホタルは今知ったんだし」

「ごめん。ありがとう」

「まぁ、んで、庭の桜っていうのが父ちゃんの形見みたいなもんだったんだ。母ちゃんと今の家で暮らし始めた時に記念で植えたんだって」

「それがこの前の雷に打たれてしまった、と」

「うん。んで、桜の木自体は枯れちゃったんだ」

「そうだったんだ」


 確か桜はあまり丈夫な木ではないって聞いた覚えがある。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿、なんてことわざがあるくらいだしね。


「俺は生まれた時から父ちゃんがいなかったから、そこまでショックでわけでもなかったんだけど。母ちゃんが落ち込んじゃってさ」

「そっか。それで私に宝飾合成を」

「最初は残った欠片で置物でも作ろうかと思ってじいちゃんに相談したんだ。そしたら、置物もいいけど、知り合いに思い出の品でアクセサリーを作る宝飾師がいるって言われてさ」


 なるほど。この焦げた木片はお父さんの形見、かつ、今までの生活を見届けてきた桜の木の欠片ってことなのね。


「で、どうかな? アクセサリーにできそう?」


 口は悪いし、やたらと警戒心強いし、なんだこの子って思ったけれど、お母さん思いのいい子じゃん。


「もちろん、宝飾合成させていただきます。っていうか、むしろさせてください」


 こんな素敵な依頼、断るなんてありえない。思い出を素材にする宝飾師の腕の見せ所ってやつでしょ。


「ありがとう。よろしくお願いします」


 私の返事にスイが嬉しそうな声を上げる。


「さて、話は済んだかの? ゴシェ殿の新作をお供にお茶をしようかの」

「ノームさん」

「じいちゃん」


 どうやらノームさんは私たち二人きりで話ができるように待っていてくれたみたい。

 気が付いたら結構な時間話していて、スイも私ものどがカラカラだった。緊張もしていたんだろうね。

 という訳で、宝飾合成の前にまずはお茶になったのでした。

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