そうだスイカだ!

「触ってみてもいいですか?」

「あぁ」


 スイの返事を待ってから、テーブルに置かれたかたまりに手を伸ばす。

 やっぱりそれは焼け焦げた木片だった。

 思ったよりもずっしりとした質感で、よくみると焼け焦げているのは半分だけ。しかも表面しか焦げていない。ということは、生木が焦げたものなんだろうけれど、焦げている部分はほぼ炭。触るだけでパラパラと崩れてしまうような状態だ。

 素材になるかどうか以前の問題として、こんな風に焦げるって一体何があったのだろう? 火事? でも家の柱に生木は使わないし。山火事なら生木が焦げてもおかしくないけれど、こんなに酷く焦げるもの? しかも、木片だし。

 

「ホタル、どうじゃね?」


 木片を持ったまま黙り込んだ私にノームさんが心配そうな顔で声をかけてくる。

 う〜ん、なんて答えたものか。

 思いがこもっていれば素材にはなるけれど、これにこもる思いが想像つかない。

 そんなことを考えながら手元の木片に目をやった私は、慌ててそれをテーブルに戻した。


「やっぱり無理かの?」

「あっ、いえ、そういう訳ではなくて」


 木片を元のとおりに慎重に布に包みながら答える。


「焦げている部分の状態があまりよくないので。できれば保存瓶に入れておきたいところなんですけれど、持ってきたものには入らないので」

「で? どうなんだよ?」


 ぶっきらぼうにたずねてくるスイの目は、乱暴な言葉とは裏腹に不安そうだ。そんなスイに私は慎重に言葉を選んで返事をする。


「私が素材にするのは物ではなく、そこにこめられた思いです。どんな形でも、そこに思いがあれば宝飾合成はできます。でも」

「でも?」

「まずは事情を聞かせてもらえませんか?」

「なんでだよ? 物にこめられた思いが素材なんだろ? アンタが知る必要ないんじゃねぇの?」


 あからさまに嫌そうな顔をするスイ。

 なんだろう? 最初から感じていたんだけれど、この子、やたら警戒心が強くない?

 確かに思い出を語るのをためらうお客様はいるけれど、それって照れくさいとかなんだよね。そもそも宝飾合成しようと思うくらいなんだから、良い思い出なわけだし。

 でも、スイから感じられるのはそういう微笑ましい感じじゃないんだよなぁ。

 とりあえず私の場合は事情がわからないことには仕事にならない。

 

「ノームさんからお聞きかもしれませんが、私が宝飾合成できるのはルース、つまり石だけです。アクセサリーに仕上げるのは手作業になります」


 この世界の宝飾師は素材からアクセサリーを合成する。でも、今のところ私が合成できるのはルース(裸石)だけ。それが私が日本人だからなのか、それとも単に修行不足なだけなのかはわからない。いつかアクセサリーが作れるようになるかもしれないけれど、おそらく今回もできるのはルースだろう。幸い元の世界で彫金を学んでいたから、できたルースを使って手作業でアクセサリーに仕上げているのだ。


「なので、アクセサリーのデザインを考えるためにも事情は知っておきたいんです」

「別に石だけでいい」

「えっ?」

「だからルース? よくわかんねぇけど石だけでいいよ。だったらすぐ出来るんだろ?」


 はぁ? ルースだけ? この世界にはアクセサリーを手作業で作るという概念はない。ルースだけじゃ、どうしようもないし、そんな依頼きいたことがない。

 それに百歩譲って観賞用のルースが欲しいって話だとしても事情は知りたい。っていうか、そんな変な話、ますます事情も知らずに宝飾合成なんてできない。


「あの、だとしても、宝飾合成するときに事情を知っていた方が素材から思いを引き出しやすいんです」


 いや、別にそんなことはないんだけれど。というか事情も知らずに宝飾合成したことなんてないから、本当のところどうなのかわからないけれど。とりあえず何とか事情を聞き出したい。


「えっ?」


 私の話にスイが無言のまま急にテーブルの包みに手を伸ばす。そしてさっさと鞄にしまってしまった。


「あの!」

「もういいよ。じいちゃんの紹介だからと思ったけど、アンタも結局は村の奴らと同じなんだろ」

「はい?」


 何の話? 確かにちょっとしつこかったとは思うけれど、村の奴ら、ってどういうこと?


「スイ、なんでことを言うんじゃ!」

「じいちゃんもじいちゃんだ。なんでこんな奴!」

「いや、あの、どういうこと?」


 急に怒り出したスイにびっくりしつつも、どうやら何か誤解されていそうってことだけはわかった。とりあえず話を聞こうとしたのだけれど。

 

「うるせぇよ! さっきからごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ。どうせ宝飾合成なんてするつもりなかったんだろ! 」


 やばい。火に油だったらしい。これは一旦時間をおいた方がいいかも。

 そう思ってノームさんに仕切り直しを提案しようとしたその時。

 

「どうせアンタも物珍しかっただけだろ! ばかにしたかっただけだろ! そんなに見たいなら見せてやるよ! ほら! どうだ! これで満足だろ!」


 そう言ってスイが長い前髪をかきあげた。


「えっ」


 前髪の下に隠れていたものに私は息をのむ。

 そこにあったのは煌めくピンク色の双眸。深緑の髪と鮮やかなピンク色の目のコントラストの美しさに見惚れてしまった。もともとこの世界は美形だらけではあるのだけれど、色白の整った顔にこの鮮やかな色合い。

 今までのバタバタを忘れても仕方ないくらいの美少年がそこにはいた。

 と、ふとどこかで同じことを思った気がして記憶を辿る。

 あれは多分こっちではなくて元の世界での話。いや、でも、元の世界でピンク色の目はないよねぇ。それに人じゃなかったような気が。猫とか? いや、そうじゃなくて……。


「ホタル?」

「はっ! 気が済んだかよ! じゃあ」

「あぁ! スイカだ!」

「「はぁ?」」


 私の叫び声にノームさんとスイの素っ頓狂な声が続く。


「スイカよ! あっ、だからスイとか?」


 私の言葉にノームさんが心配そうな顔をスイの眉間には深い皺がよる。

 

「ホタル、どうしたんじゃ? 今はまだ春じゃよ?」

「バカバカしい。俺は帰る!」


 あっ、そうだよね。意味がわからないよね。

 私は慌てて二人に説明をする。


「スイの髪と目、深緑とピンクでしょ? ウォーターメロントルマリンみたいですごく綺麗だなって。で、ウォーターメロンってスイカって意味なのよ。もしかしてスイカだからスイなのかなって」


 そこまで言ってノームさんとスイが黙り込んでしまったことに気が付く。

 しまった。子どもの名前をスイカからとる親なんていないか。そもそもこっちの世界でスイカってウォーターメロンかもわからないし。ってか、多分違うよね。


「あっ、あの……」


 この状況で私ってば何言ってんの〜。いくら思いついたからって今言うことでは絶対ない。

 何とかこの場を取り繕おうとするも焦りすぎて全然頭が回らない。


「きれい? 俺の髪と目が?」


 さっきまでの剣幕はどこへやら。スイがポツリと呟くようにたずねる。


「えっ? うん。すごくきれい」

「髪と目?」

「う、うん」


 戸惑いつつもうなずくと、前髪をかき上げたままだったスイの目が大きく見開かれるのがわかった。煌めくピンク色に吸い込まれそう。

 と、一拍おいてスイが叫んだ。


「ばっかじゃねぇの! 見るところ、そこかよ!」

「はっはっはっ! さすがはホタルじゃ!」


 同じタイミングでノームさんが大爆笑する。

 えっ? 何? 私、何か変なこと言った?


「スイ、我の目に狂いはなかろう?」

「知らねぇよ。こんなばか」


 おいおい、よくわからないけれど、ばかって言いすぎじゃない? 少なくとも年上だぞ。


「まずは落ち着いてお茶にしよう。ちょうどお菓子もあるでな」


 えっ? 今? このタイミングで?

 でも、スイは不貞腐れた顔をしつつもノームさんの言葉にうなずいている。ってことは、お茶なのね。

 あっ、そういえば。


「ノームさん、そのお菓子、温めて食べて欲しいそうです」


 モルガからの伝言を慌てて伝える。と、ノームさんがうなずく。


「では、お茶も入れ直すことにしよう。ちょっと待っておれ」


 言葉とともにノームさんの姿が消えて、テーブルにらスイと私ときまずい沈黙だけが残された。

 え? 嘘でしょ? 私、どうしたらいいの? 

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