領主様のお庭

「おはようございます。ホタルです」


 領主様のお庭についた私は誰もいない原っぱでそう声をかける。すると。


「よく来てくれたな」


 返事の声とともに誰もいなかったはずのそこに小さな老人が現れる。


「ノームさん、こちらこそお客様を紹介していただいて、ありがとうございます」


 真っ白な髭に三角帽子。何を隠そう。ノームさんはその名前が示すとおり森の妖精なのだ!


 すごいでしょ? 妖精だよ!

 初めてお会いした時には本当にびっくりした。ノームさんの話によると妖精は他にもたくさんいるらしい。火とか水とかね。それに鉱山にはドワーフもいるし、魔法使いも存在するらしい。

 ファンタジーでしょ? テンションあがるでしょ?

 とはいえ、お会いしたことがあるのはノームさんだけ。いつかは会ってみたい。ドワーフなら鉱山に仕入れにいくときについていけば会えると思うんだよねぇ。


「はい、お土産です。いちじくパンとゴシェさんの新作スイーツです」

「なんと新作とな。これは楽しみじゃ」


 手に持った紙箱を持ち上げて見せるとノームさんの深緑の目がキラリと光る。甘いものに目がないんだよね。


「では行くかの。ほれ、ホタル、手を」


 そう言ってこちらに手を差し出すノームさん。

 ん? これって手をつなごうってこと?

 いやいや、領主様のお庭なら何度も来ているし、さすがに迷子にはならないけれど。

 困惑が顔にでていたのだろう。ノームさんが、あぁ、と何かに気がついた顔をする。


「そうか。ホタルは初めてじゃったな」

「へ?」

「今日はちょっと急ぐでな。早道を使うのじゃ。さぁ、我の手を離さんようにな」


 そう言ってノームさんの小さな手が私の指をしっかりと握る。と、急に視界がぐにゃりと歪む。そして数秒後。


「えぇ〜」


 周りの風景が一転した。原っぱにいたはずなのに緑のトンネルの中にいたのだ。緑の葉で編まれた壁にはところどころに壺型の小さな白い花が咲いている。


「うわぁ、きれい」


 馬酔木かと思った白い花はよく見ると一つ一つが仄かに光を帯びている。柔らかな光に照らされたトンネルの中は微かに甘い香りもして、その可愛らしさに不思議さも忘れて歓声をあげる。


「さぁ、行くぞ」

「あっ、はい」


 ノームさんに手をひかれて慌てて歩き出す。


「あの、ここは?」

「ここは精霊の通り道じゃよ。ちと急ぎたいときに使うのじゃ。ほれ、ついたぞ」

「えっ? えぇ〜!」


 さっきと同じように視界が一瞬歪む。と、数秒後に目の前に現れたのはいつもノームさんがお茶を出してくれる森の中のテーブル。


「嘘でしょ! なんで? さっきまで原っぱにいたのに!」


 そうなのだ。森の中のテーブルまでは歩いて十五分はかかる。こんな一瞬でくることなんてできるはずがない。


「じゃから、ちと急ぐと言ったじゃろ」

「ちょっとじゃない! えっ? どうなっているんですか!」

「ふぉふぉ、それは内緒じゃよ」

「えぇ! 精霊の通り道って一体何なんですか!」


 詰め寄る私を見て面白そうに笑うだけのノームさん。

 えぇ、すごい気になる! 絶対聞き出してやる!


「ノームさん! 教えてくださ……」

「うるせぇな」

「えっ?」


 急に聞こえてきた不機嫌そうな声にびっくりする。と、そこには深緑の髪をした少年が立っていた。目が隠れるほど長い前髪のせいで表情はわからない。でも、それを補って余りある不機嫌オーラを全身から放っている。


「あっ、もしかして」

「じいちゃん、こいつが宝飾師とか言わないよな?」


 お客様ですか? の言葉はとてつもなく不機嫌そうな少年の声に遮られた。

 しまった。第一印象、最悪だ。


「こら! わざわざ朝から来て」

「ノームさん」


 申し訳ないのだけれどノームさんの言葉を遮らせてもらう。ここは自分できちんとしないと。

 

「お見苦しいところをお見せしました。宝飾師のホタルです。この度はお声がけいただきありがとうございます」


 今更だけれど精一杯落ち着いた雰囲気をだしてそう言うと少年に向かってお辞儀をする。


「お、おう。俺はスイ。よろしく」


 ぺこりとお辞儀を返してくれたスイは、やっぱり十代そこそこに見える。服装も私たちとあまり変わりないし、お付の者もいない。貴族様ってことはなさそうだし、となると今回の依頼は誰かへのプレゼントかな。お母さん? それとも彼女とか? と、そこまで考えたところでノームさんが声をかけてくれる。


「立ち話もなんじゃ。座ろうかの」


 ありがたくテーブルの周りの切り株に腰掛ける。


「スイ、こちらが宝飾師のホタル。マダムの弟子じゃ。見た目はともかく良い宝飾師じゃよ」


 いやいや、ノームさん。見た目はともかくって……まぁ、今回に限って言えば自業自得か。

 お茶をだしてくれたノームさんに頭を下げつつ、ちょっと微妙な顔になってしまう。


「ホタル、こいつがスイ。口は悪いが悪い子ではないんじゃ。大目にみてやってくれ」

「なんだよ、その紹介の仕方!」


 私とは違ってしっかりノームさんに文句を言うスイ。でも、そんな言葉は華麗にスルーされて話は続く。


「宝飾合成を頼みたいそうなんじゃが、思い出の品とのことでな。だったらマダムではなくホタルじゃろうし。それにな、ちと難しそうな品でな」

「難しそう……ですか?」

「あぁ。色々話すより見てもらった方が早いじゃろ」

「わかりました。では、早速、ご依頼の品を見せていただけますか」


 私の言葉にスイの肩がビクッと跳ねる。 

 

「あっ、それなんだけどよ。本当に思い出の品ならなんでもいいんだよな?」

「もちろんです」


 急に不安そうな顔になったスイの言葉に私は大きくうなずく。

 こういうお客様は結構多いのだ。依頼をしたものの、いざ素材を出すときになってためらってしまう方。

 宝飾合成の素材って色々あるのだけれど、花とか鳥の羽とか貝がらとか、基本的にきれいだったり貴重なものが多い。

 でも、思い出の品ってそうじゃないときもあるでしょ。古びたぬいぐるみやおもちゃとか、折り紙でできた記念メダルとか、あとは彼女が初めて作ってくれたお菓子の包装のリボンとか。自分にとっては大切な宝物だけれど、人に見せるのはちょっと恥ずかしい、みたいな。

 本当に宝飾合成の素材になるのか? って不安になってしまうみたい。

 でも、もちろんそこに思い出があればきちんと素材になる。だから、少しでも安心してもらえるようにこの質問には速攻で大きくうなずくことに決めている。


「そっか」


 少しホッとした顔でスイが鞄から何かを取り出す。ラグビーボールくらいの白い布に包まれたそれは、テーブルに置かれたときにコツンと軽い音を響かせる。

 予想外の大きさに驚いたものの、慌てて平静を装う。ここでまた不安にさせてしまったら台無しだ。


「これなんだ」


 緊張した面持ちで白い布をほどくスイ。この時、変な声をあげずに済んだことを私は神様に感謝した。


 現れたのはなんの焼け焦げた木の破片だったのだ。 

 

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