第56話 Re:最悪の出会い

「…なんで、呼ばれたか分かるか。藤原?」


「いいえ」


「そうか、反省してないな」


 授業終わりの放課後に教師に呼び出された。相手はほとんどの生徒に恐れられている生徒指導の教師、大塚だ。しかも、生徒の寄り付かない生徒指導室に二人きりだ。


「なんで、同じクラスの奴らを殴った?」


「正当防衛です」


「最大で全治2か月の奴もいるが…」


「向こうが先に手を出してきたうえに、あっちは三人ですよ?」


 さすがの大塚先生も難しい顔をしている。ただの喧嘩ならまだ俺が悪いだろう。しかし、大塚先生には昨日撮った動画を見せた。あの動画を見せた後だと、いくら俺が悪いと言っても言い切れないだろう。


「…うぅ~ん、確かに藤原の言い分も確かだが…」


「お腹も焼かれました」


「…じゃあ、その傷は?」


「治りました」


 嘘は言っていない。確かにライターでやけどを負ったが、家に帰るころには跡形もなくなっていた。大塚先生も判断をしかねている。


「治りましったって…お前なぁ…」


「小さい時から治りが良いので」


「いや…いくら治りが早いって言ったって…その…やけどは一日じゃ治らないだろ」


「でも証拠ありますよね」


「ん~…まぁ…とりあえず、この件は他の先生たちと話し合って決めるから」


 いくらいじめられていた証拠があるとはいえ、さすがにやりすぎたらしい。お咎めなしの無罪放免とはいかないようだ。





 その後、30分ほどかけて昨日の事を含めて今まであったことを細かく大塚先生に伝えた。まるで事情聴取のような雰囲気だったが、大塚先生は特に言い返すこともなく聞くことに徹していた。


「今日は帰っていいぞ」


「部活には行っちゃだめですか?」


「まぁ…今日くらいは休んでおいたほうがいいんじゃないか」


「分かりました。失礼します」


 一言だけ添えて、生徒指導室の扉を開き外に出る。


「あっ」


 外からは野球部の声出しの声が聞こえてくる。しかし、それに相反するかのように校舎の中はとても静かだ。


「どうだった?」


「色々聞かれたけど…分かんない。他の先生と話し合うって…」


 廊下の隅には田中が居た。俺が大塚先生と話している間、ずっと待っていたらしい。


「何だよそれ。悪いのはあいつらだろ」


「でもまぁ…証拠は動画だけだしな…」


「いやいや、動画だけでも十分だろ」


「まぁ…どうなるかは先生次第だな」


 そう言って荷物を持ち直し、昇降口の方に向かう。田中も帰るために同じ方向に歩き始める。


「これで諦めてくれると良いんだけどなぁ…」


「もしかしたらあいつら、仕返しに来るかもしれないぞ」


「まぁ…そうなったらその時考えればいいよ」

 

 あいつらに復讐をするほどの気概があるとは思えないためそこまで大事として捉えていない。


「お前が良いなら良いけど…」


 ふと窓の方を見るとグラウンドが見えた。グラウンドでは硬式野球部、軟式野球部、サッカー部、陸上部が活動をしている。窓越しに部員たちの声が小さく聞こえてくる。


「そういえば、部活は?」


「今日はダメだって言われた」


「そうか…」


「田中は?」


「俺は明後日から部活に参加できるよ」


「やっとか」


「あぁ」


  会話が途切れたが、お互いに特に話すことも無くなったので無言で昇降口に歩いていく。放課後の生徒のいなくなった校舎というのは少し不思議な雰囲気がある。


「ふぅ~」


「なんか今日…寒くね」


「確かに」


 靴を履き替えながら田中は鳥肌が立っている肌を寒そうに擦っていた。まだ10月だが、今日の気温は10℃ちょっとしかないらしい。10月にしては低すぎる。


「夏休み明けは全然、暑かったのになぁ」


「もう秋だな」


 校門の傍にあるイチョウの木は黄色と緑の葉を纏っている。


「じゃあ…俺、自転車だから…」


「あぁ、じゃあな」


 そういって田中は校門の方に歩いていく。中里さんと一緒に帰っていた時は歩きで学校まで来ていたが、それももう終わったので今日は自転車で来た。


「……」


 自転車を押しながら校門まで歩いていく。一瞬、校舎の入口の方を一瞥した。誰も居ないことを確認して自転車に跨り、ペダルを漕ぎ始める。


「やっぱ、さむっ」


 学ランは鞄の中にあるが、今更止まって着るのも面倒なのでそのまま寒さを我慢して家の方に向かう。





「ただいま」


 家の中からは何の返事も返ってこない。玄関には妹の靴がない。おそらく友達の家にでも遊びに行ったのだろう。母親も今日はママ友達と出かけていると言っていた。当然、父親も7時くらいまでは帰ってこない。


「一人か…」


 まずは荷物を二階の自分の部屋に放り投げる。家には家庭用ゲーム機があるはずだが、今日は無くなっていた。妹が友達と遊ぶために持ち出したのだろう。特にやることもないため一階のリビングに降りて行ってテレビをつける。


「そういえば…」


 母親が良く見ているドラマの録画があることに気づいてリモコンを操作する。ドラマはまだ5話ほどしかないが、時間を潰すには十分だろう。


「……」


 ドラマの一話から見始める。





「…ねぇ…ねぇ…お兄…」


「んん…何?」


 横になった体を起こしながら目を擦る。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。外はすでに暗くなっていて部屋の電気がついている。


「…私も見たい」


 そういって俺の体が大半を占めているソファのわずかな隙間に座り込んで来る。テレビの方を見るとドラマが途中で停止している。


「あぁ…んんっ」


 ソファから立ち上がって背伸びをする。妹はさっきまで俺が寝ていた所に重なるように寝転がった。俺は台所の方に向かって水道水を一杯飲む。


「母さんはまだ帰ってきてないの?」


「うん」


 妹は横になりながら返事をする。さっきの俺と同じ体制でクッションに頭を預けている。


「そっか…」


「お兄、お菓子取って」


「えぇ…」


 パシリにされていることに少し疑問を抱くが、台所のすぐそばにある棚からポテトチップスを取って妹の前にあるテーブルに置く。


「千紗、俺ちょっと走って来るから」


 今更ゲームをやる気にもなれず、テレビも妹に奪われてしまったため今日部活が出来なかった分、外に走り込みに行くためにそれを妹に伝える。


「うん」


「母さん帰ってきたら言っておいてな」


「うん」


 本当にわかっているのかよく分からない返事を聞きながら自分の部屋に向かう。制服からいつも着ているTシャツとハーフパンツに着替える。今日は寒いので上のジャージだけを着て、財布と家の鍵を持って玄関の方に向かう。


「俺が出たらちゃんとカギ閉めろよな」


「分かった~」


 今度はちゃんと返事が返って来た。家の玄関の扉を開けて外に出る。


「寒いな」


 気温は低いがどうせ走りこんでいるうちに体温が上がるため特に気にしない。


「よしっ」


 いつもは近所の川の堤防の傍のランニングコースまでは歩く。そこから3キロほど走って川に跨っている橋を渡ってもう3キロほど走ってから来た道を戻っていく。最近は財布を持って行って帰り駅前のコンビニに寄るのが習慣になっている。


「はぁ~」


 一回深呼吸をしてから走り始める。時刻はおそらく6時半くらいだろうか。近くに人は全然いない。






「はぁ…はぁ…くっ…はぁ」


 全身から汗がにじんでいるのを感じる。タオルを持ってくるのを忘れたので仕方なくジャージの袖で汗を拭う。


「ふぅ~」


 深呼吸して鼓動を落ち着かせようとするが、なかなか落ち着かない。呼吸も荒いままだ。


「腹減ったな」


 家に帰ってきてから現在まで何も食べていないのでさすがにお腹がすいた。いつもはコンビニで買うのは飲み物だけだが、今日はおにぎりくらい買って食べながら帰ろう。そんなことを思いながら川から離れて駅の方に行く。




「……」


 駅前は会社帰りや学校帰りの人たちが多くいる。大通りを通るのはめんどくさいのでマンションとマンションの間にある小道からコンビニに向かう。


「…ん?」


「…ちょっと…離してください」


「こっちは散々、貢いでやったのに…なんだその態度は!」


「警察呼びますよ。」


 何やらマンションの裏口のようなところで誰かが喧嘩しているようだった。面倒なので来た道を戻って別の道に行こうとしたが、喧嘩をしている人を見て驚く。


「あ、あの…」


 白い髪…見覚えのある声


「え…」

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