第55話 狂っているのは少年か少女か

「おはよう」


「……」


 彼女はあくまで演技を続ける気らしい。朝、学校に登校して席に着いてボーっと外を見ていると、後ろから声を掛けられた。


「どうしたの?暗い顔してるよ」


「……気分が悪い」


「そっか~、具合悪くなったら保健室に行くんだよ」


「…」


 他の奴ならいきなり殴りかかっててもおかしくない状況だ。昨日、いじめの真犯人だと自白したはずの彼女は特に何事もなかったかのように明るく話しかけて来た。彼女はそのままいつも一緒にいる女子のグループに混ざっていった。


「はぁ…」


 昨日から頭がグラグラしている。クラスで一番かわいい女子と仲良くなったかと思ったら、実はイジメてたやつらの親玉でしたって……漫画でもそうそうないような設定だ。


「よ~陰キャ、よく学校これるな」


「うるさい」


「はぁ?今なんつった?おいっ」


「あっ…いや、何でもない」


「てめぇ…放課後、マジ覚えてろよ」


 ボーっとしていたせいで余計なことを言ってしまった。これはいつもよりめんどくさそうな予感がする。







「おい…調子乗ってんじゃねぇよ!」


「うっ…」


 思い切り膝蹴りが飛んでくる。普通に痛い。


「いい加減にしろよ!!」


 壁を背にして、横からも前からも蹴りが飛んでくる。いつもなら一人ずつ殴るはずなのだが、今日は全員でボコボコにされている。


「おらっ!」


「はぁ…はぁ…」


 人を蹴るという行為は想像以上に体力を消費するらしい。三人はかなり息が上がっている。こっちも腹を中心に痛みが響いているが、徐々にそれが引いていく。


「おい、これなんだか分かる?」


「あ?」


「ライターww」


「おっ…焼いちゃうww」


「根性焼じゃんw」


 正面にいるリーダー格の男の手には市販の安っぽいライターが握られていた。カチカチと音を鳴らしながら、火を付けたり消したりしている。


「どこにする」


「目立たない所にしとけよ、バレるからww」


「腹にしようぜ」


 笑いながらどこを炙るか吟味している。もはやいじめとかではなく、犯罪の領域に片足を突っ込んでいる。しかし、そんなことを言ってもこいつらは止まらない。自分より立場の弱い人間をただの動物としか見ていないような奴らだから。


「服は焼かないでね」


「うるせぇよ!」


 思い切り顔面に拳が飛んでくる。ヒリヒリと当たった部分が痛む。


「ほらっ、熱いか?」


「…っ」


 奴らは何の躊躇もなく俺のお腹のあたりを炙り始めた。小さい頃にストーブに指を突っ込んでやけどをした事があるが、その時と同じくらいかそれ以上の痛みが伝わってくる。皮膚が焼けて爛れ始める。


「うしっ…こんな感じか?」


「へへへ…やっべ~」


 俺の両腕を抑えていた二人が離れて俺の腹を見る。笑っているが二人は若干引いているようにも見えた。


「そ…そろそろ帰るか?」


 二人のうちの一人がさすがにやばいと感じたのか、離れようとした瞬間…




「おい!撮ったぞ」


 いきなり大声が響いて、俺と三人は一瞬ビクッと体を震わせて声の方を見る。そこには田中がいた。手にはスマホを持っている。うちの中学はスマホの持ち込みは禁止だったはずだが…


「さっきのいじめ、動画撮ったからな」


「はぁ?」


「田中、てめぇ。マジでぶっ殺してやる」


「おい!スマホ取り上げろ」


「うぅ…」


 三人は弦を切ったように、田中の方に向かって行く。田中は逃げようとするが一瞬体が止まる。腹の怪我を抑えるように立ちすくんでいる。


「馬鹿…」


「くそっが!調子に乗りやがって!」


 怒声と罵声が入り混じった声を上げながら田中を袋叩きにして、何とか手元のスマホを奪い取ろうとしている。


「…真!」


「はぁ?」


 田中はいきなり手に持っていたスマホを俺の方に投げて来た。三人の隙間をうまくすり抜けて俺の方に飛んでくる。


「あっぶ…」


 何とかスマホをキャッチした。画面はカメラの動画モードのままだ。さっき撮ったと思われる動画が画面の左下に写っている。三人組は怒りと焦りが混じった顔を俺の方に向けてくる。


「藤原、寄越せ」


「いやだって言ったら?」


「殺す」


 今までさんざんボコボコにされてきたお返しに笑いながら挑発するように煽る。


「ほらっ、取ってみろよ」


「ぶち殺す」


「糞が!」


 三人のうち一番、身長が高い奴がこちらに殴りかかってくる。俺は動かずに彼の拳を顔面で受ける。一瞬、視界が痺れたがすぐにクリアになっていく。そのまま、リーダー格の男が右足でわき腹を蹴ってくる。


「くっそ…」


 先ほど、帰ろうと促していた男は焦りの表情を浮かべながら俺の手からスマホを奪おうとしている。この動画がバレたら、さすがにまずいと分かっているのだろう。


「離せよ!」


「こいつ…力…」


 それはちょうど、さっきのやけどの傷が塞がったタイミングだった。田中が何か言ってる、距離が遠い上に三人に囲まれているためうまく聞き取れない。


「後ろ!!」


「は?」


「うわぁああぁ!!」


 その瞬間、視界が激しく揺れて意識がブラックアウトした。





「な…何やってんだよ」


「だって…こいつが動画を…」


「ど…どうすんだよ」


 真の手からスマホを奪おうとしていた男は焦りからかとんでもないことをしでかした。地面にあった拳ほどの大きさの意志で藤原 真の頭を思い切り殴った。


「ち…血が…」


 3mほど離れた位置に真が倒れている。頭からはかなりの量の血が流れているのが分かる。これだけの量の血を頭から流している光景などドラマとかでしか見たころがない。


「軽く…殴るつもりだったのに…」


「とりあえず…スマホ」


「ど…どうせ、気を失ってるだけだろ。死んでねえよ」


 三人は取り乱しながらも、力が抜けた真の手からスマホを強奪すると辺りを見回し始める。ここは校舎と使われていない倉庫の間にある。意識しない限り視界に入ることすらない場所だが、万が一という事もある。


「に…逃げようぜ」


「おいっ…あいつはどうすんだよ」


 三人は俺の方を向いて何やら会話をしている。この現場を、見てしまった人間は奴らの他には俺だけだ。


「クッソ…」


 まだ、体を動かすとあいつらに殴られた傷が痛む。


「口封じするしかねぇな」


「このことしゃべったらマジであいつと同じ目に合わすからな」


 三人は倒れている俺の前に立ちふさがって脅してくる。リーダー格の男は倒れている真の方を指差して忠告してくる。


「え…」


 真は倒れていなかった。いや、さっきまで倒れていたが、すでに立ち上がっていた。しかし、頭からはまだ出血している。


「はぁ?」


「何だよ…生きてんじゃ…」


「……」


 フラフラと立っている真は目の前にいた三人の中で一番背の高い男を殴った。その男は思い切りよろめいて壁に激突した。殴った瞬間に何故か、ベキッという音がしたのは気のせいだろうか。


「おいっ」


「宮田?」


 壁に激突した男は何故かピクリとも動かなくなってしまった。残りの二人はただそれを呆然と見ていることしか出来ていない。


「……ま…待っ…ぐっ」


 三人の中で一番焦っている男は真に股間を思い切り蹴り上げられた。蹴られた瞬間、うめき声を上げてそのままぐったりと地面に倒れる。口からは泡を吹いていて、明らかにまともな状況じゃない。


「な…何なんだよ」


「……」


 真は何もしゃべらない。ただ無言で三人のうち二人を失神させた。二人に共通しているのは全く動かないという事だ。


「クッソ!!」


「……」


 残りのリーダー格の男はやけくそになり、真を蹴ろうとする。しかし、真はその男の足を掴んで離さない。


「離せよ!」


 真は相手の残った足を払った。両足という支えを失った体は宙に放りだされ、重力によって下に落ちた。


「ぐはっ…」


 何の支えもなく背後から自由落下したためか、相手の男はかなり痛そうに呻いている。真は一切の躊躇をしない。倒れた男の体に馬乗りになり、思い切り顔面を殴打していく。


「……」






「……」


 どのくらいの時間が経ったのだろうか。強い衝撃を受けた後、意識を失って…


「……え?」


 いつの間にか俺はいじめ集団のリーダー格の男に馬乗りになっていた。目の前の男は何もしゃべらない…いや、しゃべれないのだろう。いつも見ているうざい顔は面影が見えなくなるくらいグチャグチャになっている。


「…あれ?」


 周りを見ても同じような感じだ。残りの二人も倒れていて動かない。


「…真」


「田中」


 田中は変わらず、腹を抑えながら座り込んでいた。とりあえず立ち上がり、頭を触る。血は付着しているが、傷はすでに無くなりかけている。傷の治りが早い。


「何があった?」


「え…覚えてないのか?」


「うん」




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