第54話 秘密って何だろう

「何のことかな?あたしが君をいじめてるって…」


「さっき聞こえて来たんだ。君があいつらに頼んで、俺の事を…」


 距離もかなり離れていたが、他の生徒はほとんどおらず物音も少なかったためか微かに聞こえた。しかし、聞き間違いではないことは確かだ。


「君が指示してたんだね」


「……」


 彼女は黙っている。いつものように明るい態度はどこにも見当たらない。お互いに沈黙したまま時間だけが過ぎていく。もう既に10月だ。体に当たる風も冷たくなり始めている。


「…聞かれちゃったか」


 先に口を開いたのは彼女だった。わずかに笑みを口元に浮かべている。いつものような笑顔だが何かが違う。いつもあるはずの独特の雰囲気が無い。いや、最初からどこにもなかったのかもしれない。


「なんでか…理由を聞いても良い?」


「ん~特にないな~なんとなく?」


「なんとなくって…」


「あっ…でも、君に邪魔されちゃったからかな。あの日」


 あの日。かなり抽象的だが、俺には何の日か分かる。何故か屋上にいたあの日の事だ。彼女はあの日の理由を教えてはくれなかった。


「なんとなくイラついてたのかも…」


「……」


 脳裏にはさっきの会話が反芻している。少ししか聞こえてこなかったが、それでもいつも俺の事をいじめてくるリーダー格のあいつとの会話は明らかに俺のいじめを指示するものだった。


「……自分勝手だね」


「そうだよ。そういう人間なの、私」


「なんとなくそんな気はしてたよ。君みたいに顔が良くてクラスの中心にいるような人がわざわざ俺なんかと仲良くするわけないって」


 現実でラノベや漫画みたいなラブコメ展開があるわけがない。現実は非情だ。一軍は一軍と三軍は三軍と仲良くすることしか出来ない。一度、階級が決まってしまえば変えることはほぼ不可能だ。


「がっかりした?」


「うん…でも、それ以上に…何となくわかった気がする」


「何が?」


「君がなんでこういうことをするのか…」


 最初に会ったときは何の気力も感じなかった。教室にいるときや俺と話していた時をどことなく演技臭い感じがした。


「何も思ってないだろ。人と話すときも何も感じてない。だから、簡単に人をだませる」


「…そうかもね。ちょっとおかしんだよ。私」


 さっきとは違う意味の笑顔を彼女は浮かべていた。はにかむような、自嘲するかのような笑みを…


「そろそろ帰ろうか。もう暗いし…」


「…そうだね」


「じゃあね…」


「……」


 彼女の別れのあいさつに俺は沈黙で返答した。彼女は気にしていないのか、そのまま後ろを向いて歩き出した。彼女の家は駅前のはずだが…


「まぁ…良いか」


 思考を切り替える。彼女の事を何とか頭からはじき出そうとする。


「はぁ…疲れた」







「ただいま」


 いつもは帰ってきても「ただいま」なんて言わない。すぐに自分の部屋に行って荷物を置くはずなのだが、今日は何故か自室のある二階にまで上がるほどの元気は無かった。


「おかえり」


 リビングで部屋着姿の妹がテレビを見ながら返事をする。テレビにはバラエティー番組が映っている。


「母さんは?」


「お隣さんのところに行っちゃった」


「ふ~ん」


 大方、回覧板でも届けに行ったついでに世間話でもしてるのだろう。母は話が長い。


「…疲れた」


 荷物をリビングの隅に放り投げて、ソファーに背中を預ける。制服姿のまま天井を見上げてグラグラになっている思考を元に戻そうとするが、どうもうまくいかない。


「お兄」


「ん?」


「目元…赤くなってるよ。擦った?」


「あぁ……あぁ…ちょっと目にゴミが入ったから…」


「へぇ~」


 妹は大して興味などないのだろう、こっちを見ていた顔を再びテレビに向けてしまった。数秒間、リビングにテレビからの音のみが響く時間が続いた。しかし…


「あら、おかえり真」


「うん」


 玄関のドアの開く音がしたと思ったら母がリビングの入口に立っていた。手にはジャガイモが入ったビニール袋を持っている。


「永田さんのお母さんからジャガイモもらっちゃった」


「多いな…」


「すぐにごはん作るからちょっと待っててね」


 母は急いで台所に向かい、夕食の準備をし始めた。


「あっ!先にお風呂入っちゃっえば?」


「うん」


 このままテレビを見るより、風呂に入って気分を切り替えたほうが幾分かマシだろう。


「風呂入ってくる」


「えっ?お兄が先?」


「先、入りたい?」


「う~ん、いいや。お兄、お先にどうぞ」


「サンキュ~」


 抑揚なく感謝の言葉を投げて風呂場に向かう。妹はまだテレビを見ていた。






「ふぅ~」


 10月始めの少しだけ肌寒い空気を紛らわすように大きく深呼吸する。すでに辺りは真っ暗で街灯を頼りにしなければ道に迷いそうだ。


「う~ん、こっちかな」


 ただでさえ土地勘のない場所だ。スマホの地図アプリを使ってある住所に向かう。


「…ここか」


 学校から十分ほど歩いた場所に割と大きな一軒家が建っている。暗くて良く見えない表札の下にあるインターホンを押して数秒待つ。


「ミカで~す」


「あ~、入っていいよ。カギ開いてるから」


 門のカギを開けて庭は通って玄関に向かう。は割と当たりの部類だと思う。黒い玄関ドアを躊躇なく引いて扉を開ける。


「こんにちは、お邪魔しま~す」


「写真よりもかわいいね」


「え~ホントですか?うれしいです」


「奥の部屋、空いてるから自由に使っていいよ」


「ありがとうございます」


 玄関で待っていたのは3、40代くらいの男性だった。SNSのDMでは奥さんと子供とは別居中と言っていたが、嘘ではないのだろう。ここまで大きな家は一人で住むには広すぎる。


「ごはん食べる?」


「良いんですか?」


「あぁ。出前でも取ろう」


 これはいつもの事だ。ここ最近はネットで知り合った大人の家に泊まるのを繰り返している。さすがにこんなことが学校に知れたら、注意では済まないだろう。それでもあの家に帰るよりかはマシだろう。


「お寿司がいいです」


「ハハハ、じゃあ寿司しよっか」


 本来の私とはかけ離れた明るい人格。素を出す時間より演技をしている時間の方が多くなってきているのでもはやこっちのほうが板についてきた。


「……」





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