第47話 キスはチョコの味

 トイレを終えて白い廊下を歩きながら外を見る。気温は毎日20後半を記録しているくらい熱い日が続いている。病院の中は空調が聞いているため快適だが、外はまさに夏ッといった感じだ。


「それでね…」


「えぇ?ほんとに?」


 美香の病室に戻っても二人は仲良さそうに会話している。月の方はともかく、美香の方は入院してからあまり笑っているところを見ていなかったので少し胸がホッとする。


「何の話してんの?」


「……」


「えっ…何?」


 急に二人は黙ってお互いに顔を見合わせる。少し間を置いて急に笑い始める。


「う~ん…秘密」


「そうだね」


「あっそ」


 まぁ…どんな話をしていてもあんまり興味は無いのでこれ以上追及することはしない。


「あっ…そうだ」


 月は急に自分の荷物を漁り始めた。しばらく漁ると赤色の箱を取りだした。


「ポ〇キー食べる?」


 取り出したのはお菓子だった。サクサクとした棒にチョコがかかった有名なお菓子だ。


「えぇ…ここ病院だぞ」


「病院でも食べてる人いるでしょ?」

 

「あっ…私も食べたい」


 美香は月の手元にある赤い箱を凝視している。美香は甘いものや味が濃い食べ物が好きなので無理はない。


「いいのか?食べちゃって、怒られない?」


「だって…病院食って味薄いし、量も少ないから…物足りないんだもん」


「そりゃ…病院食だもんな」


「ホントはラーメンとか食べたいのに…」


 逆に病院食で油マシマシのこってりとした二郎系ラーメンが出てきたら怖いだろ。口では言わないが心の中でツッコミを入れる。


「はい、美香さんにも上げる」


「ありがとう」


 箱を開けて中身の袋を取り出す。その一つを月は美香に手渡した。


「ん?俺のは?」


「これ、二つしか入ってないよ」


「えぇ…マジか」


 てっきり俺も分けてもらえると思っていたが、どうやら二袋しか入っていないようだ。仕方ないのであきらめてスマホの画面でも見ようとすると…


「はいっ」


「ん?何?」


「…口開けて」


 美香は細長い袋からポ〇キーを一本取り出してこちらに向けている。言われた通りに口を開けると、美香はそのポ〇キーを口に突っ込んで来る。


「うまい」


 ポ〇キーを真ん中のあたりで一度噛み折り、咀嚼する。普通に美味い。


「え?」


「何?一口だけよ」


 俺がもう一度ポ〇キーを食べようとすると美香は取り上げるかのように腕を引っ込ませた。


「えぇ…」


 普通なら一本くらいくれてもいいとは思ったが、美香は付き合っていた頃から食い意地があったので仕方ないとは思う。


 美香は俺の食べかけのポ〇キーをそのまま食べてしまった。


「何?」


「なんでもない、ベッドに零すなよ」


「分かってるって…子供じゃないんだから」


 子供みたいな扱いをされたのが気に入らなかったのか、そっぽを向いてそのままポ〇キーを食べ続けてしまった。


 少し口の中にあるチョコの味を噛みしめながらスマホに向き直そうとした時、肩を二回ほど突っつかれた。


「何?」


「んっ」


「…えっ?」


「んっ」


 隣に居た月は何故かポ〇キーのチョコの付いていない持ち手の部分を口に咥えてこちらを向いている。首を傾げるたびに月は顔を前に出してくる。


「えぇ……食えって…こと?」


「んっんっ」


 月は首を小さく縦に二回振った。ポ〇キーを咥えているため声を発せていない。


「ンッ!」


「分かったって…」


 喉を鳴らして、「喰え」っと言わんばかりに顔を突き出してくる。仕方なく顔を近づけていく。


「ちょ…ちょっと…」


 美香は止めるかのように肩を掴んで来るが、取り合えず3分の1ほどのあたりまで食べる。


「んっ」


 ポリポリと咀嚼しているとまた同じように月は顔を近づけてくる。これ以上食べようとすると顔の距離が近づくので恥ずかしいのだが。


「…んっ」


 月は姿勢を前に倒して、少し前かがみになる。顔を少し上に向けて、上目遣いになる。顔もわずかに赤くなっている気がする。


「……はぁ」


 顔をサッと近づけて、月が咥えているポ〇キーを食べようとさっき自分が噛み折った部分を口に入れる。


「…!?」


 俺が食べた瞬間に月は咥えていた部分をリスのように食べ進んで来る。さっきまで10㎝くらいあった距離が一瞬で縮まってしまった。


「……」


 俺が咥えていた部分までポリポリと近づいてきてそのまま嚙み切ってしまった。最後の一瞬、唇が確かに触れてしまった。


 モグモグと口を動かしている月は俺と美香をチラッと見ると少しだけニヤッとした。


「痛っ…何?」


 肩を掴んでいた美香は爪を立てながら力を込めてくる。爪が皮膚にめり込んで来るのが分かる。


「口を出しなさい。ほら、食べさせてあげるから」


「いやいや…食べさせてあげるって顔じゃないだろ」


「良いから…ほらっ」


 目を見開いてこちらの肩を掴んでもう片方の手でポ〇キーを持って突き刺そうとするかのように構えている。明らかに食べさせてあげるという顔ではない。


「んっ!」


 美香は手に持っていたポ〇キーを口に咥えて、俺の顔を両手で掴んで顔を近づけてくる。喉を鳴らして口を開けろと指示してくる。


「……」


「ンン!」


 こちらの顔面は美香に掴まれてしまっているため、拒否すれば何をされるか分からない。


「…っ!?」


 美香は俺が口を開けると、瞬時にポ〇キーを咥えて口をこちらの口に近づけてきた。そのまま俺は口に入って来たポ〇キーをポリポリと食べるが、美香の顔は止まらない。


「んっ」


 そのまま美香は俺の唇に自身の唇を重ねてくる。柔らかい感触と甘いチョコの風味が同時にやってくる。


「んん」 


 月は軽く唇が触れただけだったが、こちらは明らかにこっちが目的だと分かるくらい深い。


「…はぁ」


 美香は唇を離した。チョコが解けた茶色の唾液の糸が口から引いている。


「美味しい?」


「……」


 美香は唇を舌で一周舐めて聞いてくる。まだ口の中に残るポ〇キーの破片を噛みしめながら、俺は沈黙するしかなかった。


「真…」


 今度は月が肩を掴んで揺すって来た。嫌な予感がするのでなるべくだったら隣を見たくないが、ゆっくりと隣を見た。


「二秒…」


「はっ?」


「二秒キスしてた…だから…私も…」


「え…」


 月は片手にポ〇キーを持っている。


 お分かりいただけただろうか?

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