第46話 三日月

「それで…」


 個室の病室には俺と月と美香の三人だけ、窓の外からは強めの太陽光が差し込んでいて気温も高い。そのためか、室内の気温はかなり低い。


「お前は…俺のスマホに勝手に入れたGPSを辿ってここに来たってことでOK?」


「OK」


 親指を上にあげてこちらに突き出してくる。何一つとしてOKとは言えない。


「いや…まぁ…いつかやりかねないとは思ってたけど…すでに手遅れだったとは…」


「本当は盗聴器付の方が良かったんだけど…値段がね」


「聞いてねぇよ」


 一旦美香はベッドの上に戻って、俺と美香は隣の椅子にそれぞれ座っている。明らかに美香は不満そうな顔をしている。


「何しに来たの?」


「真が病院に居るからちょうどいいかなって思って…」


「違うでしょ?」


 いきなり美香が口を開いた。今のは俺ではなく、月の方に話しかけているように聞こえた。


「そうだったね。実は美香さんに呼ばれたんです」


「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。なぜこの二人が呼び合うような仲にあるんだろうか?俺が知る限り、二人は一度しか会ったことがないはずだ。


「えっ…なんで…」


「実は、前に話をした時に連絡先を交換したんだよ」


「マジか…」


「その日からちょくちょくメッセージでやり取りしてて、そろそろ来ても病院に来てもいいって言ってくれたから」


 驚いた。二人が連絡先を交換していたという事にも驚いたが、何より美香が俺以外の人間とコミュニケーションを取っていたことに驚いている。美香は別にコミュニケーションが苦手というわけではないが、俺以外の人間とあまり会話しようとしない。


「そうね…月さんがどうしても会いたいって言うから…仕方なく…」


「あぁ…それで……ん?じゃあ…GPSの事って…」


 一つだけ疑問が浮かんでくる。美香に呼ばれたのなら、GPSを付けているというのは冗談なのだろうか?


「あっ…それは本当だよ」


「あっ…本当なのね…」


 あっさりと本当の事をしゃべった。俺にGPSを付けているという事自体は冗談とかではないらしい。どのような仕組みなのかは知らないが、おそらく聞いても答えてくれないだろう。


「それで?…なんであんなに会いたがってたの?」


「う~ん…ただ単にお話がしたいって言うのと、真のことをもっと知りたいので…」


「別に貴方に教える義務は無いですよね?」


「えぇ…良いじゃないですか。私、知らないんですよ真がどんな中学生だったのか…初めての彼女とどんなことをしてたのか…」


 顔は笑っているのに目元はしっかりと美香を見据えている。俺は美香のベッドと月の椅子の間に座っているのでこのヒリついた空気に耐えられない。


「ちょ、ちょっと…」


「「どこ行くの?」」


「えぇ…」


 見事に二人の声が重なった。2人は俺のことを逃がしてはくれないらいしい。美香は左手、月は右手の袖をそれぞれ掴んでくる。


「えっと…トイレ?」


「ダメ」


「我慢して」


「えぇ?」


 二人は俺の服の袖を掴んで離さない。二人とも黙って隣に座ってろと言わんばかりの目をしている。


「はい…」


 返事だけして元の席に戻る。


「それで…何しに来たの?」


「だから~美香さんのこと見に来たの」


「さっきと言ってることちげぇし」


「何?」


「なんでもない」


 危うく小声で行ったことがバレるところだった。右手には月、真正面には美香、左手には白い壁、背後には机などがある。どこにも逃げ場がない。


「ねぇ…」


「いっ…」


 いきなり左の手の甲を思いっきり抓られる。美香の細い指が俺の手の皮を摘まんでいる。


「あんまりイチャつかないで…そうやって女の子と話すときだけ…」


「いやいや…イチャついてない。ホントに」


「うそ…女子と話すときだけ右の口角が少し上がってる」


「えっ…嘘」


 急いで右の頬を自分で触る。自分ではそんな癖ないと思っていたので今更ながら驚いた。


「あっ…やっぱりですか」


「やっぱり…ってどういう…」


「私も思ってたんだよ。あと、嘘をつくとき絶対に鼻を触る」


「そう…それ!」


「うわっ…びっくりした」


 美香が急に大きな声で月の言ったことに反応する。美香は入院し始めたころからあまり大きな声を出さなくなったため一瞬ビクッと体が震えてしまった。


「急に大声出すなよ」


「本当にこいつはね…付き合ってても他の女に気安く話しかけに行くし…」


「確かに!」


 女子って言うのはこういう話で盛り上がることがあると聞いたことがあったがこれを見る限り、案外間違いではなさそうだ。


「俺…そんな風に見られてたんだ…」


「何?本当の事でしょ?」


「いや~…別にデレデレとかはしては無いし…」


「いや…してるよ」


「うん、してる」


 二人は淡々と俺に言ってくる。正直、この二人以上に仲のいい女子はいないと思う。難癖をつけられている気分になってくる。


「はぁ?いつだよ」


「この前のスポーツ大会でも中島さんと仲良く話してたし…」


「誰それ?」


 美香はこっちに首を向けてじっと黒い瞳で見てくる。いつもより目を細めて睨むように…


「いやいや…同じクラスの女子なんだから、普通に話すでしょ?」


「えぇ?どう思います?」


 月は美香に意見を求める。口調は敬語なのだが、なんだか少しずつ仲良くなっている気がする。


「アウト。真だって私が他の男子と話してたら嫌でしょ?」


「う~ん…いや…まぁ…仲良すぎるのは嫌だけど、普通に話すだけだったら何とも思わないかな」


「でも~普通に手…繋いでたよね~」


 月はニヤニヤとしながら、まるで悪い事をした奴を先生にチクるような小学生のような口調で美香に報告をする。


「はぁ?」


「そういうのじゃないって。ただ軽く触られただけだって…」


「タッチアウト」


「同じこと言ってるし」


 いつか月にも言われたことをもう一度聞かされる。こいつら同じ思考回路してんのか?


「そうですよね?さすがにボディタッチはアウトでしょ?」


「ホントに真は…」


「はいはい」


 そこからも何故か俺のダメなところをお互いに話しあっていた。お互いに話し合って、言ったことに共感しあっている。


「ねぇ…マジでトイレ行っていい?」


「いいよ」


「ん?行ってくればいいじゃん?」


「さっき、行くなって言ってただろ…」


「行くなとは言ってないよ。待ってって言っただけ」


「はいはいそうですか」


 何が違うのか分からないが、どうやら二人はお互いに話に夢中らしい。


 椅子から立ち上がって病室のドアから廊下に出ていく。トイレは廊下の端にあるのでそっちの方に向かう。


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