第48話 話すにも覚悟がいる

「はぁ…死ぬかと思った…」


 何故か俗に言われるポ〇キーゲームを二人のポ〇キーが無くなるまで繰り返しさせられた。ただのポ〇キーゲームではなく、必ず毎回唇を吸われるためいろいろ疲れた。


「結局、ちょっとしか食べれなかったね」


「お前ら…普通に食えばいいじゃん。なんでわざわざ…」


 まだ少し二人の柔らかい唇の感触とチョコの味が残っている。思い出すたびに少しずつ恥ずかしくなってくるのでなるべく思い出さないように、思考を切り替える。


「あっ…そろそろ、面会時間終わりですね」


「もうそんな時間か…」


 部屋の時計の短針はすでに6の数字に近づいている。親族以外の面会時間は18時で終了なのでそろそろ帰らなければいけない。


「……帰るの?」


「まぁ…時間だし…」


「……」


 美香はチラリと時計を一瞥して再びこちらに向き直す。寂しそうな顔をしたと思ったら、そのまま下を向いてしまった。


「そっか……」


「まぁ…また、連絡してくれれば面会に来るし…」


「じゃあ…明日も、明後日も…来て」


「えぇ…っと、さすがに毎日は…学校もあるし」


 いくら時間を持て余している高校生とは言え、さすがに放課後に毎日この病院に通うのは無理がある。今日も先輩たちがみんな用事があるため、部活は休みになったため来たのだ。


「週一とかじゃダメ?」


「毎日来てほしい」


「うぅ~ん…毎日か…さすがに毎日は…」


 俺が厳しいという前に美香は口を開いた。


「…そうだよね」


「ごめん」


「謝らなくていいよ。来てくれてるだけでありがたいから」


「……」


 謝ることを封印された俺は沈黙することしかできない。いつもの美香ならこんなことは言わない。


「じゃあ…」


「うん、また」


 美香の病室から月と二人で出る。軽い別れの挨拶だったが、月は病室を出るまでは無言だった。






「真とさ…美香さんって付き合ってたんだよね?」


「ん?…まぁ、そうだね」


「どこを好きになったの?」


「え?…それは……」


 人もいない廊下を歩いてエレベーターに向かっている途中で月は口を開いた。いきなり妙なことを聞いてくる。答えに躓いて言葉が喉でストップしている。何と答えればいいか分からない。


「藤原君…」


「……あっ」


 夕暮れ時の廊下で人とすれ違った。いや、すれ違うはずだったが向こうの女性が自分の苗字をつぶやいて足を止めた。それが聞こえたので一瞬足を止めて女性の方を見る。


「…お久しぶりです」


 黒髪の30代ほどの女性がこちらを見てくる。


「美香の…お見舞いですか?」


「…はい」


「いつも…ありがとうございます」


「いえ…俺に出来るのはこれしかないんで…」


 相手の女性は少しだけ頭をこちらに傾けて感謝の意を示している。手にはかなり大きな荷物を抱えている。


「あなたが居なかったら今頃、美香は…一人に…」


「その話はもういいですよ」


「ごめんなさい」


 今更掘り返しても大して面白くない話になりそうなので話題を逸らした。重たそうな荷物を持っているので長い時間立ち話はしてられないだろう。


「じゃあ…俺達、帰るんで」


「すいません。引き留めてしまって」


「いえいえ…それじゃ…」


 去り際に会釈をしてそのまま行こうとしていた道を歩き始めた。エレベーターの扉が見え始めた時…


「あの人って…」


「美香のお母さん」


「……」


 お互いに正面を向いたまま会話をする。相手の顔を見る気にはなれなかった。





「じゃあ…また、明日…」


「うん…」


 病院から自宅までは30分ほどあったが、その間会話はほとんどなかった。普段から俺は話しかけられでもしない限り自分から話すことがあまりない。月と一緒にいると、沈黙でも気まずくはならなかった。


「あっ…待って…」


「…ん、何?」


 自宅の前で月に別れを告げて、玄関に向かおうと振り返った瞬間に引き留められた。


「いつも…美香さんの話になると…顔が暗くなるよね」


「え?…そうか…?」


「うん、わざとらしく明るい顔を作ろうとしてるせいで余計に暗く見える」


「そうかな…?」


 自分では意識していない癖があることをさっき学んだばかりなので、完全に否定できない。


「…あっ…危ないよ」


 俺の家と向かいのアパートには一方通行の細い道路が間に挟まっている。自動車が俺から見て左手側からゆっくりと走行してくる。月の腕を掴んでこちら側に引き寄せる。


「…」


 月の背後を自動車が通り過ぎていく。月を引き寄せた分、さっきよりもお互いの距離が近い。


「……あの…もう行ったよ、車」


「うん」


「いや…うん、じゃなくて…」


「何?」


 車を避ける為に月の体を自分側に引き寄せたが、車が通りすぎても月は至近距離で固まったまま動こうとしない。それどころかさっきよりも距離を縮めて密着してくる。


「そんなに嫌なの?私よりあの子の方がまだ好きなの?」


「いきなり…何…」


「私は…!」


 少しだけ上ずった声で何かを言いかけて急に黙ってしまった。しばらく黙ったままだったが、深呼吸する声のすぐ後に月はまた口を開いた。


「私は真の全部を知りたいの」


「えっ?…あぁ…そうなの…」


「だから…教えてくれない?」


「何を…知りたいの?」


 月は何を知りたいのか、俺はほとんどわかっていたがそれでも月に聞いてしまう。誰にも話してこなかったことなので、今回も何とかしてはぐらかしたいという気持ちがある。


「なんで…暗い顔をするの?」


「暗い顔…」


 暗い顔をする理由…何とか言い逃れられる言い訳を考えたが、一瞬の思考時間では大したものは思いつかない。


「…言わなくちゃ…ダメ?」


「うん…私は言いたくないなら言わなくていいなんて言うほどやさしくないから」


「…分かったよ」


 これは逃れられないと自分に言い聞かせて決意を決める。

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