第39話 唐突だね
「あっ…お疲れ」
「…疲れた~」
体育館でバスケの試合が終わったので月は観戦していた俺の方に向かってきた。月は若干、汗が出ていてTシャツが肌に張り付いている。いや…それは俺も同じか。
「ちょっ…おま、汗かいてんだからくっつくなよ」
「え~だって真だって汗かいたんだからいいじゃん」
「嫌だよ。俺はちゃんと汗拭いたって…」
「じゃあ…頑張ったご褒美に褒めてよ」
月は頭を突き出してきた。サッカーの試合を終えて、少し時間を空けて暇になったので体育館でやっているバスケの試合を見に来たら…これだ。
「ちょっ…汗かいてんのに、擦りつけんな」
「ん…ふふ…」
「うわっ、せっかく着替えたのに…」
サッカーの試合のせいで汗でずぶ濡れたTシャツを着替えて、クラスTシャツから普段体育の授業で使っているTシャツに着替えたのだが月の汗が付着してしまった。
「す~は~」
「どさくさに紛れて人のにおいを嗅ぐなよ。まだちょっと臭いから」
「ん…いや、いい匂い。落ち着く」
何言ってんだ、こいつ。……どさくさに紛れて頭だけでなく、体の方もくっつけて来た。
「ちょっと…他の人も見てるから…」
いくら体育館の隅といっても今日はスポーツ大会なので多くの生徒が体育館に集まってきている。周囲の人間は自分たちの事をただのカップルなどと思っているのか、チラチラ見て来るだけだ。
「関係ない」
「えぇ…」
サッカーの試合が激しかったのでだいぶ疲労が溜まっている。そのせいで彼女の抱擁を引きはがすことが出来ない。今だけはされるがままだ。
「頭、撫でてよ…」
「だって……汗付いてんだもん」
「いいじゃん…私、頑張ったのに…」
サッカーの試合が終わって少し休憩した後に体育館に来たため、途中からしか見ていないがバスケの試合での月の活躍は凄まじかった。ほぼ一人で大半の点数を捥ぎ取っていた。
「まぁ…凄かったな。だいぶ…」
「だから…ねっ?」
「はいはい…」
ゆっくりと月の頭に手を置いて左右に擦るように動かしていく。彼女の黒髪は汗で湿っていたが、その分艶やかさも増していた。
「ちょっと汗臭い…」
「だっから、言ったんだよ。お前なぁ…」
「でも…すごい、落ち着く」
「ねぇ…ちょっと鼻息荒くなってない?」
「だって…」
さっきから胸の上と首の中間地点に彼女の顔があり、彼女の鼻のあたりから熱い息が当たっているのが分かる。
「俺、友達とお昼食べる約束してるんだけど…」
「へぇ~、そう…」
今日はスポーツ大会なので多くの生徒がグラウンドに出てきている。昼食は一斉に取るわけじゃなく、学年ごとに時間をずらして昼食の時間を分けている。
「おっ、何イチャついてんだよ」
「……邪魔しないでよ、乃愛」
「だって~、試合終わっても外に出てこないんだもん。あたし、ずっと外で待ってたのに~」
「すぐ行くからもうちょっと待ってて」
「あっ、彼氏さんじゃん」
「いや…俺、真です。藤原 真」
そういえば名前を名乗ってすらいなかったことに気づき今更ながら自己紹介をする。乃愛さんはショートボブを揺らしながらこちらに近づいてくる。
「へぇ~、じゃあシンさんだ~。いや?シン君、それともシン?」
「まぁ、君付け以外なら何でも良いです」
「じゃあ…シンさんで~。ていうか、かっこよかったですよ。サッカーの試合」
「あぁ…見てたの?」
「乃ぉぉ愛ぁぁ」
まるで暗闇の深淵から鳴動するような低い声で呻くように声を上げた。まるでホラー映画の怨霊のような声だ。
月は一旦、俺の体から抱きしめていた両手を離した。片方の手で乃愛さんの体を押しのけている。まるで牽制するような動きだ。
「そんな怖い顔しないでよ~」
「あとで試合の映像、見せてよね」
「はいはい…ちゃんと見せるって…」
「もう…先に行ってて」
「じゃあね~。ルナ~、シンさん~」
乃愛さんは両手を上げてそのまま体育館の外に出て行ってしまった。体育館に居る
生徒もどんどん少なくなっている。一年生はすでに昼食の時間なので、みんな校舎に行っているのだろう。
「ねぇ…そろそろ、お腹すいたんだけど」
「じゃあ…一緒に食べる?」
「いや…俺、友達と…」
「食・べ・るよねっ?」
「……うん」
「んっ?どうした?」
「真…他の奴と飯食うって…」
「……」
二人は沈黙する。右手にある箸の動きも止まっている。
「……」
「…彼女…だな」
「…彼女…だね」
「ほら…ここ、誰も来ないよ」
「そりゃ…来ないでしょうね。ここには」
月が俺を連れて来たのは教室から一番近い物理室だった。今日はスポーツ大会のため、授業はない。当然、授業で使う教室に人が来ることはない。物理室はカギが古いので強く引っ張ると簡単に開いてしまう。
「はい…これ」
「何…これ」
「お弁当だよ。君の分」
「えっ…いや…さすがにこの量は…」
弁当を作ってきてくれるなんて聞いていなかったので、自分の分の昼食をコンビニで買ってきてしまった。おにぎりを二つと菓子パンを一つ、パックのカフェオレが入ったコンビニ袋を持っている。
「しょうがないな…これは私が食べるよ」
「えっ?二人分食べるってこと?」
「ううん。元々これしかお弁当、持ってきてないよ」
「いや…でも、さっき俺の分って」
「うん。君に食べさせるつもりだったけど…さすがに午後の部が残ってるのに、この量は無理だもんね」
訳が分からない。もしこの弁当を俺が食べてしまったら彼女は何を食べるつもりだったのだろう。俺の昼食だろうか?
「私は君の血を飲むつもりだったんだけど…」
「マジで?そんなんで満腹になんの?」
「満腹になるまで飲めばいいんだよ。だって君、いくら飲んでも減らないじゃん」
「いや…たぶん限界があるだろ。いくら再生するって言っても、無限じゃないだろうし…」
自分でも一回試したことはあるが、高い所から飛び降りたとしても即死さえしなければどんな傷でも治ることは分かっている。
「じゃあ…試してみる?どのくらい再生するのか」
「いや…もう試したことある。中学の時に…」
「……それって、誰と?」
「一人で」
何やら変な疑いの目で見られているが、もし誰かと一緒に実験していても別に何の問題も無いと思うんだけど…
「ほんと?」
「ホントだって、俺の体の事を知ってんのお前と家族くらいだし…」
「……美香さんは?知ってるの?」
「……知ってる」
「へぇ~」
何やら横目でこちらを見てくる。瞼をいつもより下げたジト目で。
「いや…そりゃ、元カノなんだからプライベートで会う機会も多かったし、さすがに隠しきるには無理があるって…」
「じゃあ…私は二番目の女なんだ」
「…言い方」
何やら妙な言い方をしているのが少しだけ鼻につく。一瞬、月の方を向くが彼女は弁当のふたを開けていた。おれもコンビニの袋に手を伸ばして中身を探る。
お互いに黙ると、教室が静寂に包まれる。外のグラウンドからは歓声や話し声、放送部のアナウンスなどが聞こえてくる。
「真って、みんなでワイワイするよりも静かな方が好き?」
「何?いきなり」
「スポーツ大会とかの行事ってみんなでワイワイするじゃん…」
「そう…だね」
またもや妙なことを聞いてくる。時々、目的も意図も分からない質問をしてくる。何だか少しだけ懐かしく感じるのは気のせいだろうか?
「こういうの苦手?」
「まぁ…得意じゃないけど、こうやって話すのは嫌いじゃない」
古い教室に二人きりでいるとなんだか変な雰囲気になる。そのためか少し恥ずかしくなってくる。
「ん…いや、悪くない。お前と話すの…」
「へっ?」
彼女の顔は少し赤くなっていた。唇も震えている。何か言いたげなのか?
「それって…」
「何?」
「ん…何か…むかつく」
「はぁ?唐突だな」
まぁ、月の唐突に感情が変わるのはよくあることなので特に気にしたことはないが…
「ねぇ…今、」
「ん?」
「吸っていい?」
「唐突だな」
彼女は俺の方に顔を向けて、首元に口を近づけてくる。吐息が肌に当たるこの感覚にもだいぶ慣れて来た。唇と唾液の暖かさが心地よく感じてきた。
「好き」
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