第38話 まだ、負けてない


「くっそ…」


「悪い…俺がマークしてたのに…」


「しゃーないよ…起こして、隼人」


「ほいっ」


 仰向けに倒れている俺のもとに隼人が駆け寄ってくる。俺は隼人の方に手を伸ばして、その手を隼人は掴んだ。隼人に手を引っ張ってもらい、体を起こした。


「どーすっかな?」


「これ以上取られたら逆転出来ないから、守りに専念するか?」


「いや…どのみちもう一点取られたら……ほぼ負け確だからな…こっちはもう二点取る気で行くぞ」


「了解」


「真も攻撃に参加してくれ。守りは…キーパーとセンターバック達に任せよう」


 隼人もかなり汗をかいている。凪はともかく隼人は攻撃にも守りにも参加しているためかなりの疲労が溜まっているだろう。この状態では攻撃力も落ちるだろう。


「OK、踏ん張れよ」


「あぁ…まだ、負けてないからな」


 俺はまだ体力的には余裕がある。役に立てるかは分からないが疲労困憊の奴よりかはマシだろう。


「隼人~早く~」


「あいつ…マジッで…」


 凪が隼人を呼んでいる。凪は隼人の事など気にしない様子で隼人を呼んでいる。ゲームを再開するために隼人はフラフラとコートの真ん中に向かって行く。


「よしっ…切り替えろ」


 まだ少し腰のあたりが痛むが思考を切り替える。コートの外を見ると、月はいなくなっていた。乃愛さんはまだいるが、何やら友達と話している。


「始めるぞ!」



 隼人が凪にボールをパスしてゲームが再会した。さっきと同じように凪は敵のゴールの方に走り出し、隼人は味方とパスを回しながら切り込んでいく。


「もう一点取っておしまいだ」


「ほざいてろ、吉田」


 隼人の前には吉田が、凪の方には相変わらず熊谷が圧をかけにくる。攻撃はほとんどあの二人で行っている。他の初心者は邪魔になってしまう可能性がある。


「はは」


「くっ…」


 隼人が吉田を抜き去っていく。ボールを後ろに寄せて吉田を誘きよせて、そのまま後ろに下がったボールを一度右足の外側で弾いた。吉田はそれに釣られて右の方に重心がいく。しかし、隼人はもう一度それを右足の内側で切り返す。


 吉田はそれに反応するが重心がすでに右にむいているため、急激に動くことが出来ない。それでも反応して追って来ようとする吉田を、隼人は手を使って妨害する。

急激な切り返しに反応できなかった吉田が苦悶の表情を浮かべる。


「真!」


 コートの右側から走りこんで来た俺に隼人が気づき、パスをしてくる。


「くっ…」

 

 いきなりパスを出されたため驚いたが何とかボールに触りドリブルをしていく。


「しぶとすぎて呆れるよ」


「黙ってろ」


 さっき、隼人に抜かれた吉田が最短距離で俺の方に詰めて来た。かなりのスピードを出しているためボールを持ったままだと追い付かれるだろう。


 一度ボールを足で止めて周囲を確認する。そのすきに吉田が俺とゴールの間に走りこんで来る。


「凪!」


「ちっ」


 時間も余裕もないのでとにかくうまい奴にボールを渡す。吉田は舌打ちをしながら俺から離れた。


「ほっ」


 凪は胸でボールをトラップしてそのまま空中にあるボールをゴールに蹴った。


「ぬおらぁぁ!」


「やばっ…」


 熊谷は腕を後ろに組んで体でシュートを止める、ボールは巨漢に弾かれた勢いで後方に飛んでいく。このまま敵にボールが渡れば終わりだ。全員がそのボールの着地点に注目するが…



「いただき」



 そこに居たのは隼人だった。落ちて来たボールをそのままダイレクトシュートする。ゴールまではざっと15mほどあるがそのボールはキーパーの手を掠めながらゴールに刺さった。



スコア 二組 2-2 三組



「しゃっぁぁ!」


 隼人は拳を握りしめて振り上げた。隼人はこちらに向かって走ってくる。


「ナイスゴール」


 お互いに手を叩いて俺たちはすれ違った。隼人はコートの外にいる他の生徒たちに向かってゴールパフォーマンスらしきことをしている。凪も隼人の方に駆け寄っている。


「くっそ…これで同点…」


「まだ、勝負すんの?」


「黙れ!てめぇはまだゴールすら決めてねぇだろうが」


 怒りが極限に達しているのか大声で罵声を浴びさせられるが、俺の方は特に気にしない。


「はぁ…なんでそこまで怒るかな?」


「もう一点決めて完全に沈めてやる」


「…聞いてねぇし」


 捨て台詞を吐いて吉田は自身のポジションに戻っていった。こっちの話は全然聞いてくれないらしい。あきらめて俺も自分のポジションに戻っていく。




「このまま逆転すっぞ!」


 隼人はみんなに掛け声を出している。体育教師が務める審判が笛を吹いて吉田が熊谷にボールを渡す。向こうのボールでゲームが再開する。


「こっち!」


「パス!」


 試合も終盤、残り時間は10分もない。全員の熱気が最高潮に高まりボールの奪い合いが過熱する。


「邪魔だ!」


「くそっ…抜かれた」


 熊谷の突進力と吉田のボールタッチの技術がかみ合い次々と抜かれている。土壇場で完全に連携しに来ている。当然、初心者では止めることが出来ない。しかし…


「行かせねぇよ」


「ウザッ」


 隼人が吉田と熊谷の間に上手くポジショニングしたため、攻撃の手がわずかに止まる。


「ちっ」


 時間もないため何とかして隼人を抜こうとフェイントとチョップ?と言われる技を使うが隼人の方も紙一重で食らいついている。


「へいへ~い」


「邪魔くせぇ!退けっ!」


 最初に会ったときは今風の髪型で落ち着いた奴かと思ったが、いまではその面影はない。髪を乱し必死の形相で勝ちに来ている。それだけこの勝負に賭けているということなのだろう。


「俺もいる」


「なっ!?」


 俺は吉田の背後に回ってボールをスティールしようとする。吉田はボールを奪われる焦りからか変な方向にパスを出した。


 何とか相手チームの一人がボールを受け取るが、明らかに手馴れていない。味方が2人がかりでボールを奪いに行く。


「ど…どうしよう」


「こっちだ」


 そいつは何とか味方にパスを出して、難を逃れた。そいつは今度、熊谷にパスを出す。


「くっそ…そいつ、マークしろ!」


 隼人は味方に呼びかけて熊谷を警戒させる。この試合を通して見た感じ、あいつの突進力なら内側まで突破できるだろう。


 味方のディフェンダーたちが固まって熊谷をマークし始める。さすがにサッカー部でも人数の有利には勝てないのか攻めあぐねている。


「熊っ!」


 いつの間にか吉田は隼人の裏をついてゴールの前に飛び出している。吉田とゴールまでの距離は10mほどだ。


「決めろ!」


 熊谷はディフェンダーの体を押しのけて無理やりパスを出す。そのボールは敵と味方の間を縫うような繊細なパスだった。


「これで終わりだ」


 回転のかかったボールを左足で受け止め、そのまま左足を軸に右足でボールを蹴った。渾身のシュートはゴールの左側に吸い込まれるように飛んでいく。




「まだだ。負けてない」


 俺はゴールの前に飛び出して右足を突き出す。何とか右足のふくらはぎにボールが当たる。ボールはそのままコートの中心の方に飛んでいく。


「…なっ!?」


 吉田は驚愕の表情を浮かべている。さすがに勝ったと思ったのだろうか、一瞬体が硬直して動かない。


「セカンドボール!」


「上がれ上がれ」


 隼人は声を上げて飛んで行ったボールを取りに行く。


「上がれ、残り二分」


 ボールを持った隼人は何とか味方が上がる時間を少しでも多く稼ぐために溜を作っている。味方が全力で前線に上がっていくが、その分敵の守りも硬くなっていく。


「こっち、出せ」


「ファウルしてでも守れ!」


 熊谷はファウル覚悟で隼人に突っ込んで来る。


「いくぞ!」


 隼人はゴールの前に居る凪に向かってボールをロングパスする。敵も味方も凪に注目している。敵はゴールの前に集まって固まってくる。


「撃たせんな!」


「守れ!お前ら」


「やべっ…」


 敵は凪を最大警戒しているので人数をかけてボールを奪いに来ている。さすがに凪でも今の状況でシュートは撃てない。



「……っ!」



 凪は背後からのボールを空中で右の方に思い切り蹴った。ボールは勢いよく飛んでいく。


「はぁ?」


「何やってんだ、凪!」


 周囲の人間は凪の意図を理解できずに困惑した声を上げている。ボールは二回ほどバウンドしてコートの外に向かって行く。


「これで終わりだ」


 制限時間は残り一分。このまま外に出てもタイマーは止まらない。ボールが外に出てしまえば引き分けになる。どちらかが負けることはない。


「いや、見えてるよ…真」


 涼風 凪はそっと呟く。




「サンキュ、凪」


 なんとかボールに追いつく。ボールをさらに前に蹴り出してさらに加速する。


「なっ…なんで、そこに居んだよ!?」


 先ほどゴールの前で足でボールを弾いて防いでいた藤原 真がなぜが自分よりもかなり前にいることに疑問を持つ。


 自分もボールを全力で追いかけていたのにそれを超えるスピードで走って来たということになる。


「ありえねぇだろ」





「サンキュ、凪」


 凪を全力で警戒していたため中心に集まっている、そのため両端にはほとんど人がいない。


「くっそ…」


 敵は一人、何とか止めようと姿勢を屈めている。


「邪魔だ…」


 ボールを敵の方に蹴る。敵は想定していなかったのか一瞬判断が遅れる。ボールは敵のすぐ横を通り過ぎて、コートのラインぎりぎりで転がっていく。


「はぁ?」


 さらにもう一段加速してボールへの距離を詰めていく。すでに通り過ぎて後方にいる相手のディフェンダーは素っ頓狂な声を上げているのが分かった。


 敵とゴールのわずかな隙間を通せるくらいの精度の高いシュート何て俺には撃てない。だからこそ、これは運ゲーだ。


「入れぇ!」


 思い切りボールをシュートする。敵のディフェンダーとキーパーの間を潜り抜けてボールはゴールネットを揺らした。


 その瞬間タイマーは制限時間を迎えて高い電子音を鳴らした。


スコア 二組 3-2 三組


試合終了

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