第37話 てめぇだけは絶対に殺す

「行け!凪」


 うちのクラスは凪をワントップに置いた布陣、相手のクラスは吉田と……誰だ?かなり大きな体格の男とのツートップの布陣だ。


「行かせねぇよ、涼風」


「邪魔だよ、熊谷くまがや


 藤原 真のクラス、二組とその相手である三組の大男、熊谷が凪の前に立った。凪は軽くボールをタッチして、華麗に熊谷を抜き去っていく。


 しかし、その後ろにいる敵ディフェンダーたちが凪の方に集まってきてしまう。いくら凪が上手くても一人で11人には勝てない。


「くそっ…パス…出来ねぇ」


 両チームほとんどが初心者なのですぐボールに群がってくる。いわゆるお団子サッカーになってしまう。


「凪!こっち…」


 隼人が凪のすぐ後ろでボールを寄越せと待ち構えている。凪は踵でボールを後ろにパスする。しかし…


「あめぇんだよ」


「やばっ!」


 吉田がその短いパスをカットしてその勢いでこちらに攻め込んでくる。隼人はボールを受け取るための姿勢だったが、ボールを盗られたため体勢を崩しそうになる。体勢を直して吉田を止めようとした時には、もう既に二人抜かされた。


「止めろ!」


 あとは二枚、これを抜かされたらキーパーと一対一になる。何とかして防がないといけない。


「はぁ?」


 吉田はわざわざ右に大回りして俺の方に向かってきた。わざと俺と勝負する気らしい。横をチラリと見るがサッカーコートの外は他の生徒が見ている。


「やってやるよ」


「てめぇは絶対に殺してやる」


 何やら物騒な言葉を口に出しながら、こちらに向かってくる。


 隼人に教わったディフェンダーのコツは一人で止めようとせず、時間を稼いで複数人で止めることと、相手を前に進ませないようにすることだと言っていた。


「くそっ」


 右足を出してボールをカットしようとするが、うまく躱されてボールを俺の股の間に通されて抜き去られた。体は動かさず足だけでフェイントをかけられたせいで上手くタイミングが合わない。


「滑稽だな。そのまま倒れてろ、カスが」


 俺は慣れない動きのため足がもつれて転んでしまった。日差しに暖められた地面に叩きつけられる。


「死ね」


 物騒な言葉を吐きながら、ボールをゴールの方に蹴り出した。そのボールは右の方に反れながら進んでいく。キーパーはわずかに届かずボールがネットを揺らす。


スコア 二組 0—1 三組



 同時にコートの外で見ている観客から歓声が上がった。ほぼ一人でボールを奪ってゴールまで決めたのだからすごいと感じるのは当然だろう。


「はぁ…マジか…うめぇな、あいつ」


「お前じゃ俺には勝てない」


「はっ…ほざいてろっ」


 ゲームが始まってまだ10分も経っていない。まだ点差は一点だ。全然取り返せる。地面に手をついて倒れた体を起こす。


「折れるまで叩きのめしてやるよ」


 本当にマジで俺に対して殺意むき出しなんだな。ん?吉田はコートの外側を見てにやけている。


「はぁ…見てるし」


 コートの外では月がこちらを見ていた。他の生徒に紛れるように見ている。その隣には乃愛さんもいる。


「しっ、しっ」


 月の方に向いて、手を払う仕草をする。無様に俺が倒れていた場面を見られていたと思うと少し恥ずかしい。月は俺が見ていることに気づくと、小さく手を振って来た。いや、手を振ってたわけじゃないんだけどな。



「まだ始まったばかりだ!…行くぞ!」


「おっしゃ~」


 さっきとは違い、隼人たちは攻め方を変えている。隼人と凪はパスを回しながら徐々に前線を上げていく。相手も攻め方が変わったのを見て、少し対応が追い付いていない気がする。


「やべっ…隼人!」


 凪は相手のディフェンダーに三人がかりで止められそうになったが、瞬時に隼人にパスをして避ける。ボールが遠くに行ってしまったため突っ立ている敵ディフェンダーの間を縫うように敵陣に突っ込んでいく。


「行かせねぇよ」


 ボールを持った隼人の前に吉田が現れた。何故か前線にいたはずの奴ががディフェンスラインにまで下がってきている。


「邪魔」


「お前らの得点方法は凪だけだ。それを封じるかそれ以外を封じれば、お前らに点が入ることはない」


「へぇ…そう」


 すると隼人はボールを少し浮かせて思いっきり蹴り出した。ボールは人の胸ほどの高さのままゴール前の凪のところに向かって行く。かなり回転がかかっているためか高さが落ちない。


「ナイスパス」


「させねぇよ」


 凪とボールの間に大男が挟まってくる。凪はボールに対して背を向けているためボールを受け取るには一度、振り向かなければならない。


 しかし、熊谷が凪の体に自身の体を密着させているため凪は自由に振り向けない。



「ふ~ん……で?」



 しかし、そんなことお構いなしに凪は足を後ろに伸ばして飛んで来たボールを踵でワンタッチした。ボールは勢いと回転を落とすことなく熊谷の体を飛び越えていく。


「なっ?」


「まずは一点」


 そのまま、一度地面に触れてワンバンしたボールを相手のゴールに叩き込んだ。キーパーですら、今の曲芸のようなテクニックに唖然としていて体が動いていなかった。


スコア 二組 1-1 三組



 サッカー部の天才、涼風すずかぜ なぎは本物だった。


「しゃっあ~ナイス凪」


「ナイスパス」


 二人で手を叩いている。本来なら他の奴も駆け寄ってゴールの喜びを分かち合いたいが、スポーツ大会のゲームはボールがコートの外に出ても、得点が入ってゲームが再会するまでの間も制限時間の時計は止まらない。


 そのためすぐにゲームを再開しなければ不利になってしまう。


「くそっ…」


 吉田は悔しそうにボールを持ってコートの真ん中に立っている。何やら隣の大男と何かを話し合っているが、当然会話の内容は聞こえない。


「再開するぞ!」


「っしゃ、来いよ」


「調子に乗んな」


 テンションが上がっているためか隼人が吉田を煽っている。隼人は普段はあんなことしないんだが、正直吉田にはむかついているので俺も煽りたい気持ちはある。


「いくぞ、熊谷」


「おう」



 吉田が熊谷にボールを渡してゲームがリスタートした。熊谷はボールを足元でキープしながらジリジリと前線を上げていく。さっきとは違い、吉田は俺の方ではなく真っすぐゴールの方に向かって行く。


「ほら、抜いてみろよ」


「邪魔だ」


「デカ男が!」


 熊谷には隼人が付いて、吉田には初心者三人でマークしている。これではろくにパスは出せない。


「ちっ…前に出せ」


 熊谷は傍にいたクラスメイトにパスを出して、自分は前に出て隼人のマークを振り切ろうとするが、隼人もそれについていき簡単には抜かせない。


「うぉっ…」


 パスを受け取った奴は少し驚いた様子だったが、熊谷の指示通りに前の方にパスをして熊谷がそれを受け取る。熊谷はこちらのゴールから見て左側に向かって行く。


「ちっ…しつけぇな」


「なっ!?」


 熊谷は大柄の体を反転させて大きくボールを蹴り上げた。そのボールは大きく飛んで反対の方…つまり俺の方に飛んでくる。


「俺が取る」


「退け退け」


「はぁっ…」


 ボールの落下地点に俺を含めて多くの人数が集まってくる。俺もボールを奪うために思いっきりジャンプして体のどこかに当てようとするが…


「邪魔だ!」


「くっそ…」


 ジャンプしようとする俺の体を腕で妨害し、吉田が飛び込んでくる。俺は肩の部分を吉田の腕で邪魔をされているため、うまく跳ばせてもらえない。


「がはっ!」


 俺は飛び込んできた吉田の体が当たり空中で体勢を崩して上手く着地できずに地面に転んでしまった。背中というより腰のあたりで地面に叩きつけられる。


「これで二回目だな」


 ファウルの判定は無い。そもそもスポーツ大会はそこまできっちりとしたルールがあるわけではない。見かけだけの審判はいるが相当のラフプレイやレッドカードレベルの事をしない限りファウルなどは無いだろう。


 吉田はそのままボールを足に収めたままゴールに向かう。ゴールの前にいた俺以外のディフェンダー二人をフェイントで軽く抜き去っていく。


「キーパー前、出ろ!」


「うぉっ!」


 隼人の声でキーパーがゴール直前まで迫った吉田の足元のボールをキャッチするために前へ出る。


「なっ!?」


 吉田はボールを横に蹴った。そこには大柄の男が突進してくる。


「決めろ」


「ふんっ」


 熊谷は吉田から出されたパスを思い切りゴールに叩き込んだ。ゴールのネットが激しく揺れると同時に周囲から歓声が上がった。


スコア 二組 1-2 三組



「……」

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