第40話 不死身少年、キレた
「頑張れよ、真」
「あぁ」
スポーツ大会の最後の締めの競技であるクラス対抗リレーの参加者がグラウンドの白線のスタートラインに集まっている。
レースに参加しない生徒や職員は各々見やすい位置に集まっている。
「アンカーはこれ着て」
「うん」
クラスの女子から青色のビブスを渡された。ちょうどクラスカラーと同じ色だ。
「じゃあ、第一走者はこちらに集まってください」
クラスの第一走者が集まっていく。うちのクラスも例外ではない。うちのクラスの第一走者もスタートラインの方に向かって行った。
「よいしょっ」
しばらく本気で運動していないので、入念に準備運動をして足の裏を伸ばしていく。さすがにアンカーが足をつって最下位でしたは冗談でも笑えない。
「おい、藤原」
「……」
「無視するな」
「なんだよ」
最初の方は何ともなかったがリレーの時間が近づくにつれて何故か緊張が増してきた。そんな緊張感の中、おかしな奴に構っている心の余裕はない。
「サッカーは負けたが、次はリレーで勝負だ」
「お前さぁ…自分でそんだけ恥ずかしい事言ってるか分かってる?」
「黙れ。お前を倒して血原と別れさせることが出来れば、かっこ悪くてもどうでもいい」
「あっそ…正直お前との勝負はどうでもいいけど。賭けのついでだから喜んで潰してやるよ」
さすがにゴキブリみたいにしつこい。サッカーの試合中も何度も粘着してきて、イラつきが限界まで来ていた。
「藤原君、二組こっちだって」
「あっ、はい」
「忘れるなよ」
「…もう…マジ、うるせぇ」
小さくぼそっと呟きながら呼ばれた方に向かって行く。スタートライン付近にはかなりの人がいる。
「あ…あの…」
「ん?」
二組の参加者が並んでいいる場所に着き、列の最後尾に並ぼうとした時、誰かにTシャツの袖を掴まれた。
「どうしたの?中島さん」
袖を軽くつまむように握っていたのは陸上部の中島さんだった。何やら口をモゴモゴとしている。
「その…頑張ろうね」
「あ…うん…」
「そ…それだけ」
本当にそれだけ言って列に並んでしまった。中島さんは第七走者…つまりアンカーの一つ前なので俺は彼女の後ろに並ぶのだが…
「……っ!?」
「少し目を離したらこれだよ」
「イッテ~」
隣の列、つまり二組の隣には三組の列がある。隣に並んでいた月がいきなり肘のあたりを
「すぐそうやって浮気するんだから」
「赤くなってるし…」
月に強く抓られた部分が赤くなっていた。微かにヒリヒリする。ふと彼女の顔を見たが、瞳が赤く光っている。
「浮気じゃないし…」
「いやいや…アウトだって、タッチアウト」
「誤審です。タッチすらされてません」
「私の判断が最優先です」
「横暴じゃねぇか。審判の意味ねぇだろ」
軽口を交わすとなんだか緊張がほぐれていくような気もする。笑うとストレスが緩和されると聞いたことがある。
「位置に着いて!」
「あっ…始まる」
月と冗談を言い合っているとすでにスタートラインに各クラスの第一走者が並んで走り出そうとしていた。
「よーい」
バンッと火薬の音が鳴る。二連装填式のスターターピストルが一発だけ消費される音だ。
一斉に走者が走り出す。足元からは砂ぼこりが舞う。周りの生徒たちは走者を応援する歓声をあげている。
「頑張れ~」
「行け行け」
各クラス走者は8人、男女それぞれ4人ずつ。一周約400mのグラウンドのトラックを男子は一周、女子は半周の200m走ることになっている。その他のルール自体は普通のリレーと同じ、まぁ…曖昧なところもあるが…
「さぁ…ここで第二走者にバトンが渡りました」
放送部のアナウンスが聞こえてくる。放送部は今回のスポーツ大会の大体の競技の実況をしているらしい。サッカーの試合の時は集中していたので聞こえてこなかったが、割と本格的な実況だ。
「うわっ…マジか」
俺のクラスの二組は4位。一年生は7クラスあるため、ちょうど真ん中。月のクラスである三組は二位にいる。
「ほら~だから言ったじゃん」
「いや…まだ負けてないから」
今ちょうど三番目の走者にバトンが渡った。決まっているのは男子と女子が4人ずつ走るということだけなので、走る順番は各クラスが決めていいことになっている。
「あつ…抜いた」
第三走者が一人抜いてうちのクラスは3位に上昇した。しかし、二位にいる二組の走者との間にはかなりの距離がある。
第三走者から第七走者までは順位が変わらなかった。しかし、中島さんにバトンが渡った瞬間に一気に追い上げ始めた。一位はスポーツ特進クラスの七組、二位は三組、そのすぐ後ろに二組が迫ってきている。
「血原さん頑張って~」
「抜かれるな~」
ちなみに今、中島さんのすぐ前には月が居て全力で走っている。もうすぐ俺の出番が迫ってきている。
「アンカー、並んでください」
「うしっ」
「行ってこい」
「あぁ」
すれ違いざまに隼人に背中を叩かれた。みんな気合が入っている。リレーもラストスパート、大詰めだ。
「さぁ、一位は七組、二位は三組そのすぐ後ろに三組が食いついています」
「頼む」
「おう」
一番内側のレーンに並んでいた七組のアンカーがスタートした。そのすぐ後から月と中島さんが迫ってきている。
「……」
隣に並んでいる吉田は無言で前を見ている。
リレーのルールとしてバトンの受け渡しが出来る範囲が決まっている。そこから出てバトンを受け取ると失格になってしまう。そのため割と近くまで来ないと、バトンを受け取る側は走り出すことが出来ない。
「……はいっ」
「…はぁ……藤原君」
月と中島さんはほぼ同時…いや、中島さんの方がわずかに先にいる。俺は吉田より先に走り出す。
「中島さん!」
「…はぁ……あっ!?」
俺がバトンを受け取るために走り出し、中島さんがバトンを持った手をこちらに伸ばしてきたとき、彼女の足元に影が出て来た。吉田だ。あいつの踵に彼女のつま先が接触した。
それに躓いて中島さんは体のバランスを崩した。わざとだろうか?…いや、今はそんなことどうでもいい。彼女は体を倒して地面に伏せる。
「……大丈夫?中島さん」
「だいっじょう…ぶ、行って!藤原君」
彼女が倒れた姿勢からバトンをこちらに向けてくる。
「……うん」
彼女は膝から血を流している。自分以外の誰かが怪我をしている。基本的に普段怒ったりしないが、今回だけは…
彼女からバトンを受け取り、勢いよく走り出す。
「ふぅ…」
バトンの受け渡しで時間をかけてしまったので今、俺の前の走者は4人に増えていた。
「はぁっ」
大きく息を吐いて足に力を入れていく。耳元を掠める風が勢いを増していく。久々の感覚だった。
「おおっと二組のアンカー速い速い、次々と抜き去…」
徐々に実況のアナウンスも耳から遠ざかっていく。もう何人抜いたかは覚えていない。一人?二人?そんなのどうでもいい。目的は…
「くっ…なっ!?」
先ほどスタートラインで置き去りにし、距離があったはずの俺がいきなり隣に現れて吉田は困惑している様子だった。
「お前…邪魔」
「くっそ…はぁ…はぁ」
俺は走りながらではあるが、こいつを蔑むような眼で一瞥してから、ギアを上げて隣のカスを抜き去っていく。
「まっ…」
「……」
抜き去る瞬間に何か言おうとしていたが、どうでもいい。正直、怒りを通り越して興味もなくなった。
七組の大柄な走者の背中が眼前に迫って来た。しかし、残りはあと100mもない。こいつを抜くにはかなり手間がかかりそうだが、時間はかけられない。
あとはもう全力で走るだけだ。
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