第35話 この兄妹、狙われてます

 石崎中学校、俺が今年の三月まで通っていた中学校だ。生徒の数は市内の他の中学に比べたら多い方だろう。校門の傍にいる俺の隣を多くの生徒が通り過ぎて帰宅していく。おそらくは部活に入っていない人たちだろう。


「あれ…藤原か?」


「ん?」


 最初は俺ではない別の苗字のひとを呼んでいるのだと思ったが、念のため確認として後ろを振り向くと、男性教師が立っていた。髪をオールバックにした若い教師。名前は大谷。去年の俺の担任教師で数学を教わっていた。


「うすっ…こんにちは」


「久しぶりだな~。なんだ部活に顔出しに来たのか?それとも先生に挨拶か?」


「いや…妹の迎えに…」


「ん?…なんで妹の迎えに?」


 そりゃそうかと思ったがこの件に関しては妹に言って良いか聞かなければいけないので少し濁しておく。


「まぁ…ちょっといろいろあって、家庭の事情です」


「そうか…まぁ、いいや。二年生もそろそろ来ると思うぞ」


「あっ、はい」


「どうせならもうちょっと校舎に近いところで待ってたらどうだ?まだ卒業したばっかで、後輩に知り合いもいるだろ?」


「えぇ…まぁ…」


 後輩といっても仲のいい奴なんて陸上部の後輩くらいだ。部活以外で後輩と関わることなんてほとんどなかったな。


「じゃあ…先生は部活行くから」


「はい、さよなら」


 大谷先生はそのまま校舎の方に行ってしまった。あの人はどんな生徒でも気さくに話しかけてくれるので話しやすくて助かる。


「ふ~、もう10分か」


 この中学校に着いてすでに10分が経過していた。校門を通っている生徒もかなり少なくなっている。高校と違って中学は授業が終わった後に掃除の時間があるため時間がかかるのは分かるが少し遅い気もする。


「まぁ…俺はほとんど掃除何てしてなかったな~」


 俺は正直、早く部活に行きたいがために適当に掃除を終わらせていた。


「もうちょい見てみるか」


 俺は校門から駐車場を通って学校の敷地内に入り校舎に近づいていく。少し前まで見飽きるくらい見ていたのに、久しぶりに見ると少し懐かしく思ってしまう。それと同時に制服が違うだけで疎外感も感じる。


「やっぱ…校門のとこで待つか…」


「あっ…ごめん、待った?先生にあの事、相談してたら遅くなっちゃった」


 昇降口の方から妹が来た。しかし、それに付属して変なものも来た。


「あっ!先輩じゃん」


「げっ…」


 妹の隣にはやはり変な奴がいた。一個下の後輩、妹から見れば一個上の先輩にあたる朝霞あさかだ。こいつの相手は一番疲れるためなるべくなら相手にしたくない。


「先輩~、久しぶりっすね」


「あぁ…」


「なんすか?元気ないですよ。高校って大変なんですか?」


「まぁ…少なくともお前の相手をするよりは楽だよ」


「ひどいっす、先輩」


 朝霞は俺の体を掴んで揺さぶってくる。こいつはいちいちリアクションが大きい上に声もデカい。おまけに何かと距離が近い。


「朝霞先輩、そろそろ部活に行かないと心晴先輩に怒られますよ」


「まぁ…心晴ちゃんなら許してくれるって。いや、先輩と話してたって言ったら怒るかな?」


「怒りそうですね」


 二人が何やら話している。朝霞の方はおそらく部活に行く途中なのだろう、すでに練習着に着替えている。


「そういえば…先輩。学校でお姉ちゃんどうですか?」


「どうですかって言われてもクラス違うしな…」


 こいつの姉は俺と同じ高校にいる。確か、月と同じクラスだったはず。しかし、別のクラスだと接点もほとんどなくなってしまうので、必然的に関りも薄くなる。


「なんか…お姉ちゃん言ってましたよ。先輩に彼女が出来てたって」


「え?」


「なっ?おに…兄さん本当なの?」


 何故か妹が俺を呼ぶ呼び方が家とは違うことに少し疑問が生じるがそれよりも朝霞の発言の訂正に入る。


「いやいや、出来てないよ。勘違いだって」


「えぇ…お姉ちゃんが高校生になれば自動的に恋人が出来るって言ってましたよ」


「出来るわけないだろ。何嘘ついてんだよ、あいつ」


「本当ですか?」


「本当だって…」


 何を根拠にそんなこと教えたのだろうか?朝霞姉は。


「えぇ…私にも彼氏が出来るかもって思ってたのに~」


「お前には一生彼氏できなそうだな」


「普通に悪口なんですけど…先輩、彼女居たことあるからってマウント取らないでください」


「いや…マウントとかじゃなくて…」



「…そろそろ、行こう?」


「あっ…うん」


 会話の途中で千紗に間に入りこまれる。ついつい会話に夢中になって、本来の目的を忘れるところだった。


「先輩もこれ以上遅れたら心晴先輩に言われますよ」


「あっ…やべっ。これ以上遅れたらマジで怒られる。じゃあ先輩、また」


 そういって朝霞は走って行ってしまった。陸上部の本気走りだ相当スピードが出てうるため一瞬で見えなくなってしまった。


「行くか…そろそろ」


「うん、早く帰ろう」


 体を180度回転させて校門の方を向いて歩き出そうとした瞬間…


「ちょ、ちょっと待って千紗ちゃん」


「げっ…」


 今度は千紗が嫌そうな顔をした。たぶん、さっきの俺とそっくりな表情をしているだろう。兄妹なので顔は少し似ていると思う。


「ん?誰?」


「ヴェ…油断してた…」


「はぁ…はぁ…」


 結構な距離走って来たかのように肩で息を切らした男子生徒が俺たちの方に来た。身長はかなり高く、俺と同じくらい下手したら俺よりも大きいくらい。顔はかなりのイケメンで如何にもファッション誌のモデルがしてそうな髪型と顔だ。


「ち、千紗ちゃん…その男の人って誰?」


「あんたには関係ないでしょ?」


「いやいや、そんなこと言わないで…」


「えっと…俺は…」


「黙ってて…」


 珍しく千紗がイラついているような、見たことのない顔をしている。俺の言葉を遮って話始める。


「なんであんたが居んの?さっさと水川達のところに行けばいいじゃん」


「僕はただ、千紗ちゃんが心配で…」


「その心配がきもいんだよ!!」


 家でも滅多に見ないような顔と声で千紗が叫んだ。相手の男子生徒も意表を突かれたのか驚いた顔をしている。


「……千紗ちゃん」


「この人…私の彼氏」


「…!?なっ…はぁ?なんで?どうして?」


「え?」


 俺とその男子生徒はほぼ同時に驚いて千紗の方を見る。そんなことなど気にせず千紗は話を続ける。


「私、年上にしか興味ないから。分かったらもう関わらないでね」


「え?おい?」


「…行こう」


 千紗は俺の手を掴んで校門の方に引っ張っていく。振り向きざまに男子生徒の姿が見えたが、実際に膝から崩れ落ちる人間を始めて見た。


「良いのか?あのまま放置で…」


「いいの。あんな奴ほっといて」


「えぇ…」






 千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん 千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん 千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん 千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん 千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん 千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん 千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん 千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん 千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん 千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん千紗ちゃん…なんで……


 彼女の意識には常に僕が居たはずだ。彼女が他の女どもに嫉妬されていじめられる。そしてそれを僕が心配して、彼女の意識に僕のことを残させる。それを見たほかの女どもはさらに嫉妬する。


 他の生徒は巻き込まれるのを恐れて手を出そうとしない。なので徐々に彼女はクラスで孤立していき、それを助ける僕は彼女の唯一の癒しになれる。



 なれる…なれるはず…だったのに…


「あ…の…男が…糞…が、邪魔しやがって…ぶち殺してやる」


 まるで親の仇のような…いや、そんな生ぬるいものではなく、この世のものとは思えない顔で彼は藤原 真のことを瞳に映している。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 誰にも聞こえない小さな声で彼は呪詛を吐き続けた。その呪詛も愛という呪いも、あの兄妹に届くことは決してない。

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