第26話 不死身少年は眠りたい

「ていうか…いつの間に薬なんて盛ったんだよ?」


「君が見てない隙に入れたんだよ」


 確かに水を注いでもらったときはキッチンの方を見ていないが、カレーの時はほぼ目を離していなかったはずだ。


「媚薬の方はどうやって…」


「あれは事前に仕込んでおいたの。君が家に来た時のために」


「そこまでするか…」


 驚きよりも呆れが先に来てしまう。よくそこまで出来るなと感心してしまう。


「なぁ…なんでそこまでするんだ?なんで俺のことが好きなんだ」


「…そ…それは……秘密」


「なんでそこは恥ずかしがるんだよ」


 月は視線をずらして恥ずかしそうにしている。人の事を拘束したうえ、薬まで盛って馬乗りになっている奴がなぜ好きな理由を聞いただけで恥ずかしがるのか分からない。


「はぁ…じゃあいいや。今何時?そろそろ帰らないと……うわっ」


「帰さないって言ってるでしょ」


 ベッドに横になったままだったので上半身を起こそうと両手をベッドに立てる。しかし彼女に両手の手首を掴まれて、おでこで胸のあたりを押されてもう一度ベッドに押し倒される。


「大人しく…しな…さい!」


「く…そ…」


 俺は腕を上げようと力を込めているが月は押さえつけようと全体重を乗せて押さえつけてくる。中学の時は陸上部で体を鍛えていて、今でも筋トレはしているので平均より筋肉はついているはずなのだが…


「…つよ」


「吸血鬼はね、本来人間なんかより身体能力が高いの。末裔でもそこそこ力はあるんだよ」


 お互いに力が拮抗しているため、小刻みに震えている。必然的に上に乗っている月の方が俺の手をベッドに押し付けている。掌だけでなく月は全体的に体温が低いように感じる。


「これから既成事実を作るから」


「はぁ?」


「写真でも撮っておけば言い逃れ出来ないでしょ」


「何言ってんだ」


 いきなりこんなこと言われたら誰だって困惑すると思う。チラリと月の目がテーブルを見た。あれが何なのか何のために買ったのか、今理解できた。


「君だって媚薬で興奮してるでしょ?」


「…お前、やめろ」


「何を?」


 月はニヤニヤと微笑みを浮かべている。彼女の犬歯は鋭く伸びているのが下から見える。


「えいっ」


「ちょっ」

 

 月は俺の左手を握っていた右手を離して制服のズボンのベルトに手を掛けた。ベルトを外すというより引き千切ろうとしている。何とか腕を伸ばして阻止する。


「このままじゃ…埒…明かない」


「君がおとなしくすればいいんだよ」


「ふざけんな…やられっぱなしでたまるか」


「きゃっ」


 思いっきり体を捻って半回転する。先ほどまで俺の体に馬乗りになっていた月が下に、ベッドに寝そべっていた俺が月に覆いかぶさる形になる。俺の体は月の足に挟まれている。


「俺は帰るからな…」


 体を回転させたときに月の手が一瞬ゆるみ俺の手を離した。このままベッドを降りようとした時……体が動かない。


「逃がさないよ」


「しつけーぞ」


 月は両足で俺の腰のあたりをがっちりとホールドしてきた。反動で上半身がグラついて倒れかけた。太ももの柔らかさからなのか締め付けられている苦しさはない。


「離せよ」


「どうしようかな~」


「くそっ」


「あんっ」


 足の拘束を解くために月の太ももを掴み、手に少し力を込めるとビクッと体を震わせて嬌声をあげた。


「変な声出すな」


「だって~敏感になってるから」


「じゃあ、離せばいいだろ」


 う~ん、と月が考えるような仕草をしたと思ったら口を開いた。


「じゃあ……キスして」


「は?」


 俺は足の拘束を解くために下を向いていたが、顔を上げると月は目を閉じている。


「なにいって…うわっ」


 月はホールドしている足で自分の方にグイッと引き寄せて来た。そのせいでもう一度月に覆いかぶさるように倒れかける。


「キスしてくれたら離してあげる」


「さっきしてただろ」


「君からしてほしいの」


「……」


 一回のキスで離してくれるなら仕方ないのか?いろいろ考えながら顔を近づけていく。月の鼻息がかすめるくらいの距離まで来たがその位置で停止する。さっき喉の奥まで舌を入れられたのを思い出して躊躇してしまう。


「…っ!?」


 月の顔の前で止まっていると胸ぐらをつかまれて、下に引っ張られた。そのせいで俺と月の唇は重なった。唇に柔らかい感覚が襲ってくる。さっきよりも血の味は薄くなっていたが、それでも若干鉄の味がした。



 カシャッ



 ふと自分の頭の後ろでカメラのシャッター音が鳴った。微かに聞こえたその音の方を見るため唇を離す。


「ぷはっ…何を…」


「うん…ちゃんと撮れてるね」


「お前…まさか…」


「ん?見たい?」


 月が俺の方にスマホの画面を向けてきた。その画面には俺と月が写っている。写真の俺は月の上に覆いかぶさって彼女にキスをしている。


 左手でスマホを持って自撮りの要領で写真が撮られている。俺の胸ぐらを掴んでいた右手は俺が体で隠れてしまっている。そのせいで俺の方から月にキスをしたように見える。


「お前、それ消せ」


「ダメだよ。証拠なんだから」


「くそっ」


 月からスマホを取り上げようとするがうまく躱されてしまう。


「スマホのデータはちゃんとバックアップされるから消しても意味ないよ。君が変なことをしたら指が滑って拡散しちゃうかもね」


「何をすれば消してくれるんだ?」


「ん~君が付き合ってくれたら消してあげようかな」


「はぁ~」


 なんかもういろんなことに疲れた。月にホールドさてたままだが彼女のそばに倒れるようにして横になる。


「どうしたの?」


「なんか…もう…疲れた。眠い」


 今何時なのかは分からないがどうせ夜も遅い。明日親に友達の家に泊まったとか言えばいいか…


「寝るの?」


「あぁ…もう寝かせて」


 そういって目を閉じるとどんどん周りの音が遠のいて意識が薄れていく。








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