第25話 吸血少女は抑えられない
目を開けると俺は暗闇にいた。背中には柔らかい感触、おそらくベッドの上にいる。まだ少し眠いがとりあえず電気をつけるために起き上がる。
ガチャッ
「え…」
金属がこすれる音?
体を起こそうと……手が動かない。動かないというより何かが引っ掛かっている?いや…手錠だ。両手共に動かせない。動かすたびに金属音が鳴るだけ。
「そういえば…どこ行った?」
月がいない。部屋は暗闇と静寂に包まれているため、自分以外この部屋に居ないことが分かる。
なぜ自分が拘束されているのか?月はどこに行ったのか?今、何時なのか?
疑問は尽きないが、とりあえず問題は今、俺の自由を封じているこの手錠を何とかしなくてはならない。
「…くっ…そ」
何度か力を込めて引っ張ってみる。ダメだ。
指をまとめて細めていく、手錠の穴から抜けないか試してみる。ダメだ。
足は特に拘束はされていないがそれでも両手が使えないと立ち上がることも出来ない。
「どうする?」
小さく呟いて考える。部屋にはやはり俺以外いないため返答はもちろん物音もない。
「……」
ガチャッ
ドアノブが回る音と共に扉が開く音がなった。玄関で靴を脱ぐ音が聞こえる。廊下の電気がついて影が見える。その人物はこちらに近づいてくる。
「あっ、起きた?」
部屋の電気が点灯し、闇が消えた。部屋に入って来たのはまだ制服姿の月だった。手にはコンビニのロゴが入った小さな半透明のビニール袋を持っている。中身は分からない。
「な…なんで…これ」
「ちょっと待っててね」
月は俺の言葉を無視して袋から買ったものを取り出している。彼女の体のせいで何を買ったのかは見えない。
「…よいしょっ」
中身を出し終えると月はこちらに振り向いて、いきなり俺の上に馬乗りになって来た。
「お、おい…」
「シー」
月は人差し指を口の前で縦に立てる。静かにしろと言葉ではなく仕草で表現してきた。彼女のピンク色の唇と白い牙が目に写った。
「ちょっと…静かにしててね」
「…っ」
月は俺の顔の左に顔を近づけて耳元で囁くと、首に噛みついてきた。いつもより力が強くかなりの激痛が体を駆け巡る。
ブチっっという牙が皮膚を貫く音、クチュッという血管を噛む音、中から垂れ流れる俺の血液を口に含んでそれを飲み込むゴクッという喉の音。
「んっ…んん」
そして…時折聞こえてくる彼女の吐息なのか喘ぎなのか分からない声。
すべてが耳元から近いため生々しく聞こえてくる。
「くっ…やめ…ろって!」
彼女の体を引きはがしたいが、如何せん両手が手錠でベッドの隅に拘束されているため動かせない。足を使おうと思っても彼女が馬乗りになっているため、ろくに動かせない。
「ぷは~……はぁ…こんなに飲んだの久しぶり…」
「お前…」
十数秒で彼女は一度俺の首から離れた。彼女は俺の首に噛みついている間、ずっと息を止めていたのか息が上がっている。興奮状態なのか、まるで酔っている人のように顔が赤い。いや…それ以上に瞳が血の色に光っている。
「こんなに早く目が覚めるなんて……即効性は高いけど持続性はないんだね。効き目が薄かったみたい」
「お前…なんか盛ったのか」
「うん…睡眠薬をちょ~とね」
血が付いた口でケロッと白状した。しかし、料理をしている最中は大体近くで見ていたので何か盛る余裕なんてなかったはずだ。
「…ど、どうやって」
「君の飲んだ水に盛ったんだよ。睡眠薬をね」
「はぁ…はぁ…それだけじゃねえだろ。他にも何か盛りやがったな、てめぇ」
体が異様に熱い。部屋ではなくて自分自身の体が熱くなっている。少しだけ発汗もしている。これはさすがにおかしい。
「へぇ~、気づくんだ」
口元に血を付けながら月はニッコリと微笑んだ。まるでホラー映画などで殺人鬼などがするようね不気味な笑顔。
俺は小さな頃からどんな大怪我を負ってもすぐに治るため滅多に命の危機なんかも感じたことはない。ホラー映画や怖い話を聞いていても怖いと思うことは少ない。しかし、彼女の笑顔は俺の本能的な恐怖を呼び覚ました。
「へへ…実は~カレーに~媚薬を入れちゃいました~」
「はぁ?」
彼女は酔っているのか、それともただ単にテンションが上がっているだけなのか語尾が伸びている。いや…こいつもカレーを食っているんだ。つまり…
「何?そんなに見つめられたら恥ずかしいよ~」
「…くっ」
だんだんと月が顔を下げて俺の顔に近づいてくる。接近してくる彼女の赤面から目を逸らすように横の向くと先ほど月がコンビニの袋から取り出していたものが目に入った。
机の上には500mlのペットボトルが二本と何やら黒とピンクの色をした箱がある。0.02㎜?なんだありゃ?
「ねぇ…こっち見て」
横を向いている俺の頭を両手で掴んで正面に向け直した。無理やり彼女の顔の前に顔を向けさせられる。赤面し息が荒くなった顔が目の前まで迫ってきている。
「…なんだよ。つか、これ外せよ」
「……」
「おい」
「……」
返答がない。月はただ潤んだ瞳でこちらを見つめているだけだ。
「…ん!」
いきなり唇を重ねてくる。俺に防いだりする手段はないのでされるがままだ。柔らかな感覚が唇から伝わってくる。顔というか彼女の瞳が眼前まで迫っている。
「ん…はぁ…んん」
何度も執拗に唇を重ねながら舌を絡ませてくる。ザラザラとした舌の表面の感触が伝わってくるほど念入りに何度も舌が触れる。
「んっ」
「…ンぐ!」
いきなり喉の奥に異物が当たる感覚がした。反射的に喉が反応してしまう。月の舌が喉の方まで伸びてきた。反射的に軽くえずいてしまう。
「はぁ…はぁ…」
「…はぁ…はぁ…お前…」
「へへへ…キスしちゃった~」
錆びた鉄のような風味の味が口の中に広がっている。飲んだ血がまだ月の口の中に残ったままキスをされたので俺の口にも自分の血が付着した。
「お前…早くこれ…外せよ」
「え~だって…外したら君、逃げちゃうじゃん」
「逃げないよ」
「う~ん…いや、これは外さない」
一瞬、月は思考していたがすぐに返事が帰って来た。どうやら俺をここから帰す気はないらしい。
「じゃあ…」
「は?おい」
いきなり俺の来ているシャツのボタンを上から外し始めた。少しずつシャツの下に着ているインナーが見えてくる。
「あは…良い匂い~」
「おい…頭くっつけんな」
シャツの下のインナーに顔をうずめて彼女が鼻で息をしている。熱い吐息と呼吸が交互にやってくるのを薄い肌着越しに感じる。
「はぁ…なんか…もう…いいや。好きにしろ」
なんだかもう抵抗する気力もなくなってきた。さっきまで何とか抜け出そうと両手に力を入れていたが、両手の力を抜いて目を閉じる。もういっその事、寝てしまえば終わるんじゃないかと思えて来た。
「いいの?じゃあ…チュッ」
彼女の唇が首というか鎖骨のあたりに触れた。柔らかいような…むずかゆいような感触だ。
なんだか…もはや、あきらめているので特に何も思わない。
「ねぇ~寝ようとしてるでしょ?」
「外してくれないなら、もう寝かせてよ」
「ダメ。今夜は寝かせないから」
月はいろんなとことにキスしてきた。いや、キスというより甘噛みに近い。体のいろんなところから痛みが生じる。
「痛いって」
「どうせ治るんでしょ?」
「治るけど痛みはあんの」
「へぇ~」
月は俺の言葉を意に介さず、最初に噛みついてきたところにもう一度噛みついてきた。先ほどの傷はすでに消えているが、再び彼女の牙が俺の皮膚を貫いた。
さっきよりも痛みを感じない。痛みに慣れて来たのか…いや、なぜか痛みが快感に変わっている。もしくは吸血鬼に血を吸われているため体に異常が起きているのか?
「んん…あむ…ん」
月はさっきよりも吸血する力が強い。ゴクゴクとすごい勢いで血を飲んでいく。俺の体は傷を修復するだけじゃなく体に不足したものも自動的に生成する。どれだけ血を吸っても自動的に生成されるので死ぬことはない。
「お…おい、ちょっと長くない?」
「…ん…」
いつもよりしつこく食いついてくる。頭を月が噛みついている方に向けて月の顔を見てみると月の目は少し見開かれて瞳が赤く光っている。
「…おい、お~い」
ハッキリとは見えないが、月は憑りつかれたかのように血を吸っている。明らかに正常な状態じゃない。
「おい、月!」
「……」
返事をする気がないといった感じで変化がない。少し血が抜ける感覚が強まっているため徐々に焦りがこみあげてくる。
「くっ…」
何とか右手に力を入れて手錠を外そうとするが、当然外れることはない。力いっぱい引っ張っているため、親指と小指の側面の皮膚が手錠に引っ掛かって痛むが気にしない。どうせ治るのだから。
「っく…ぐっ…」
力を込めて引っ張り続けると段々、皮膚が裂けて血が出てくる。しかし、力を抜くことはない。どうせ治るのだから。
「ぁあああ」
肉を引き千切る耳障りな音を立てて手が手錠から抜けた。痛みはあるがアドレナリンが出ているためか思ったよりもひどくはない。手錠から引き抜いた右手で左手の手首を掴んで思いっきり引っ張る。右手に比べて左手は思ったよりすんなり抜けた。
「!?…つよっ」
月の頭を首元から引きはがそうとしたが思ったより力が強い。
「おい!」
月の両肩を掴んで押し倒すかのように自分から離す。
「…どうしたの?何でそんな顔してるの?」
「…さすがにあそこまで吸われると困る」
「あれ…私…何してた?」
「何してたって……ずっと俺の首に噛みついてゴクゴク飲んでただろ…血」
月は何をしていたのか本当に分からないという顔をしている。ふと彼女は俺の手に注目してきた。
「あっ…手錠は外れてるじゃん」
今気づいたのか。口には出さず心の中で呟く。
「まぁ…いいや」
月は俺のインナーをたくし上げて素肌にくっついてきた。彼女の頬が胸のあたりに当たっている。
「へへへ…温か~い」
赤面しているため火照っているはずの彼女の体は冷たく、密着している部分はひんやりとしていた。
どうやらこれは長い夜の始まりに過ぎないらしい。
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