第27話 …本当に何もしてない?
目を覚ました時、外は明るくなっていた。閉じられたカーテンの隙間からは陽光が差し込んでいる。
「……ん?」
目をこすりながら上半身を起こす着ていたはずのシャツとインナーが無くなっていて上裸だった。制服のズボンもなくなっていて着けているのは下着だけだ。
「っ!?」
寝ぼけていたためなんでこんな格好をしているしているのか分からないかったが、徐々に昨日の記憶を思い出し冷や汗が流れる。
「…んん…おはよう」
静寂の中にあった部屋に女の声が聞こえた。首がちぎれるくらいの勢いで横を向く。そこには怪しげに微笑んだ月がいた。
「…そろそろ起きないと遅刻しちゃうかな?」
「何で俺、パンイチなの?」
「ふふ…なんでだろうね~」
寝起きの声でへらへらと笑っているが、とにかく服を着たいのでベッドから降りようと毛布を退けようとすると
「ねぇ~寒い」
「は?」
俺と同じ毛布を被っている月は下着すらつけていない全裸の状態だった。自分はパンイチ、隣に寝ている女は全裸。良くない考えが頭をよぎった。
「お前、何した?」
「んん?何もしてないよ。ただ二人でくっついて寝てただけ」
「じゃあ、なんで来てたはずの服がないんだよ」
「邪魔だったから脱がしたの」
何に対して邪魔なのだろう?よくわからないがほとんど信用がないのであまり信じられない。
「…本当に何もしてない?」
「してないって。…何?変なこと…しててほしかった?」
「そうじゃない。お前の言葉は信用ならないから…」
「もう…仕方ないな。はい」
「ちょっ…何やってんだよ」
月は被っていた毛布を退けて自らの肢体を晒してきた。柔らかそうで白い肌が目の前に広がっている。ついつい胸のあたりの豊満な脂肪に目が行ってしまうが、何とか理性を振り絞って目線を逸らす。
「あは、恥ずかしがってる」
「……」
月が馬鹿にしてくるが俺は壁の方を向きながら黙る。朝ということもあるが、俺だって健全な男子高校生だ。たつものはたつ。
「早く服着ろ。つか、俺の服は?」
「シャツと下着は昨日の間に洗濯して乾燥も終わってるよ。ほら、あそこに畳んでおいたから」
月が指差した方向には俺のものと思われる白いシャツと下着がきっちりと畳まれている。
「は?じゃあ…俺が今履いてるのって誰の下着?」
「え?それも真のだけど…」
ん?意味が分からない。昨日履いていた下着を洗濯、乾燥させたのなら俺が今履いている下着は誰のものだ?
「どういうこと?」
「だから真の家から持ってきてた下着だよ」
「持ってきてた?」
「前に真の家にお邪魔した時にもらってきたの」
「お前…それ…窃盗…」
「ちがう…もらってきただけ」
いや、犯罪だろ。普通に人の家に入ってきてものを盗っていくって…確かに今俺が履いているのは自分の下着だ。見覚えもある。だからこそ最初は違和感に気づけなかった。
「お前なぁ~」
驚きと呆れが両方押し寄せてくる。しかし、どこかこいつならやりかねないと納得してしまっている自分に嫌気が差す。こいつとの付き合いに慣れてきている。
「他に何か盗ったものは?」
「え~と、他には靴下とか、ハンカチとか…かな?髪の毛とかももらってくればよかったね」
「なんで気づかなかったんだ…」
「大丈夫だよ…もらった分だけ君の部屋に私のものも隠して置いておいたから」
「…何言ってんの?」
「君の下着をもらったんだから、私も下着をあげなきゃ対等じゃないでしょ?」
「………何言ってんの?」
聞き直したが理解が出来ない。これを他の人間に聞いても理解不能という答えが十中八九返ってくるだろう。
「もう服着てくれ、いい加減」
「しょうがないな~」
まだ少し眠そうに眼を細めながら月は裸のままベッドから起き上がって洗面台に向かって行く。
「マジかよ…あいつ」
まだ少しぬくもりが残ったベッドから降りて自分の制服を手に取る。いつもと同じように制服を着ていく。
「あれ、スマホどこ置いたっけ?」
キョロキョロと部屋を見回してみると、充電器に刺さった俺のスマホが部屋の隅のコンセントの付近に置いてあった。
「うわっ…母さんかな?」
スマホの画面を見るとメッセージアプリの通知が二十件ほど溜まっている。
「あれ?」
母親から何故か「了解」というメッセージが来ていた。その直前に俺は送った覚えのないメッセージがある。
(今日は友達の家に泊まる)
俺が送ったのは夕食を食べるというメッセージだけのはず…つまり、犯人は一人しかいない。
「あいつか………ん?」
藤原 千紗(妹)
(今どこにいるの?)
(帰り遅くない?お母さん心配してるよ)
(ねぇ、返信してよ)
(無視しないで、どこにいるの?)
(もしかして友達って女?)
(おい、無視すんな)
(不在着信)
(不在着信)
(不在着信)
(不在着信)
(不在着信)
(不在着信)
「おいおい…こわ…」
溜まっていた通知のほとんどが妹からだった。今まで見たことないくらい量のメッセージが送られてきている。日常でも必要事項以外ではあまりやり取りをしないのでこの量は初めてだ。
(やっと既読ついた)
(何してたの?心配したんだけど?)
メッセージを確認したので相手にもおそらく既読の表示が出たのだろう。妹がさらに追加でメッセージを送って来た。
(友達の家に泊まってた)
(あっそ)
あんなに大量にメッセージを送って来たのにも関わらず妹からの返信は意外と淡白な内容だ。
まぁ、とりあえず家族への連絡は済んだので時刻を確認してから洗面台の方を見るとちょうど月が廊下に顔を出していた。
「ねぇ…これどう思う?」
彼女はすでに全裸ではなかった。しかし着用しているのは全体的に黒く所々に紫の装飾があしらわれたランジェリーだった。下は同じような下着を付けている。
「どうって…いいんじゃない?」
「エッチな気分になる?」
「あ~はいはい。なるなる」
適当に返しながらスマホの画面を見ていると手首を掴まれてスマホを手から離しそうになった。
「ねぇ…ちゃんと見て」
いつの間にか月はすぐそばまで詰め寄ってきている。顔を洗っていたのか、顔と髪が若干濡れている。
少しずつ視線を下げていくと彼女の豊満な体と妖艶な下着が目に入ってしまう。白い肌と黒い下着なんてエロいと思わない男子はいないと思う。圧倒的な光景を前にして無意識に生唾を飲み込んでしまう。
「んっ…まぁ…エロいとは…思う」
「よろしい…じゃあ、これ着けて学校に行こうかな」
「さすがにそれはやめとけ」
「冗談だよ。これを君以外に見せる気はないから」
少し心のどこかで安心してしまう俺がいた。月のあの姿を他の奴に見られたくないと思っている自分がいるのか?
「次、一緒に寝るときはこれ着けるから」
「次はねえよ」
「どうかな?」
そういって月は洗面台の方に行ってしまった。月の姿を見て高ぶった気持ちを静めるためにベッドに腰かける。
「ん?」
ふとある物が目に入った。部屋の棚にはいくつか本が置かれている。その端に隠すように黒い箱が隠すように置いてある。近づいて手に取ってみると確かに昨日、テーブルに置いてあった箱だ。表には0.02mmと大きく表記されている。
「んん?」
何故か蓋が開いていて中身が不自然に切り取られている。4個つづりのものと3個つづりのものがある。明らかに使用された形跡だ。
「何してるの?」
「えっ…何も…スマホの充電を確認してた」
後ろから不意に声をかけられビクッと体が震える。手に持っていた黒い箱を瞬時に元の場所に戻しておく。月は制服を着た状態で後ろに立っていた。
「ふ~ん」
少し怪しすぎたかもしれないが、何とか言い訳をすることには成功した。月はキッチンの方に向かった。
「真、朝ごはんどうする?」
「あ~、どうしよう…」
「食パンしかないけど…食べる?」
「…食べる」
そこから二人で食パンを焼いて、目玉焼きを乗せた簡単な朝ごはんを作って食べた。水を飲むかと問われたが、怪しいので自分で水道水をコップに注いで飲んだ。
諸々の準備をして家を出る時間になってしまった。荷物を持って忘れ物がないかと確認した後で玄関の方に向かって行く。
「なぁ…もう一回聞いていい?」
「何?」
「本当に昨日の夜、何もしてないんだよね」
「……ふふふ、どうかな」
何故か彼女は自分の腹、いやもう少し下の方をさすりながらそう答えた。
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