第10話 牛乳味の血液(血原 月の過去②)

「パパって他の人の血…飲んだことある?」


「あぁ、あるよ」


「どんな味だった?」


「う~ん…そうだな…鉄臭かったな」


 あの時、私が感じた味と似た感想だった。本来人間の血なんて飲むものではないのだから。


「でも…ママの血はすごくおいしかったよ」


「もう…何言ってるの」


 三人でテーブルについて夕食を食べている。ママは恥ずかしそうにパパを片手で小突いた。


「月…吸血鬼はね、好きになった人の血を吸いたくなるんだ…」


 パパは急にまじめな顔をして話始めた。いつもはヘラヘラしていることが多いパパがまじめに話すのは珍しい。


「…月に好きな人が出来た時に分かると思うけど、その人の血を吸いたいと思ったらその人の事が好きってことなんだよ」


「っ!?」


 一瞬ドキッと胸が鳴った。あの時、あの教室で飲み込んでしまったあいつの血がどんなジュースよりもおいしく感じてしまった。


 もしかしたら私はあいつのことを無意識に…


「どうした?月」


「なんでもない」







「あっ…おはよう」


「……お…はよう」


 挨拶を返そうかどうか少し迷ったが一応返しておく。彼は満足したような顔を浮かべて自分の席に戻っていった。


 何故だろう。彼の顔を見ていると昨日の出来事を思い出してしまい、顔が熱くなってしまう。二人だけの秘密のような……


「大丈夫?月ちゃん…顔が赤いけど…」


「大丈夫…」


 友達である愛美まなみちゃんが話しかけて来る。愛美ちゃんは私と同じで本を読むのが好きらしく、いつも面白い本などの感想などを言い合ったりしている。


「あぁ~愛美バケモンと話さない方がいいぞ」


「うるさい!田中」


 愛美ちゃんと田中は家が近いため家族同士での付き合いもあるくらいの仲らしい。でも愛美ちゃんは田中の事が嫌いらしい。


 まるで後頭部をいきなりぶっ叩かれたかのような気分になる。嫌な気分だ…


「おい、田中…もうやめろよ。いい加減先生に言うぞ」


「な…なんだよ、真」


 田中は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。自分に意見する人間などこのクラスに居ないと思い込んでいたのだろう。


「そうだよ…藤原君の言う通りだよ」


「愛美…」


 愛美ちゃんも藤原真の意見に賛同する。それを皮切りにクラスのみんなも田中に向かって「謝った方がいいよ」などと言い始めた。


「な…なんだよ…お前ら」


「…田中」


「くっ…そ…」


 それだけ言って田中はバツが悪そうに教室を出ていった。教室はしばらく沈黙していた。






 その日以降、田中が私に対して話しかけることは無くなった。その取り巻きのような奴らもその日以降は私と関わらなくなった。


 それからも藤原は特に変わらず私に接してきた。私も次第に心を開き始めていたんだと思う。時間が経つにつれて妙な感情が芽生えて来た。なぜか彼の首筋に惹かれる。



「ねぇ…月は外で遊ばないの?」


 給食終わりの昼休みの教室、室内には肌の白い少女と黒髪の少年のみ。他の生徒はグラウンドや体育館で遊んだりしている。


 少年の手には本がある。図書室で借りることが出来る少年漫画の表紙が見える。


「遊ばない」


「なんで?」


「日光に当たると肌がヒリヒリするから…」


 小さい頃から外出する際は日傘が必要なくらい肌が弱い。ママとパパは吸血鬼の特性だから、成長すればみんなと同じようになると言っていた。


「あぁ…だから…帰るときも傘持ってるんだ」


「うん…外で遊べないからいつも本読んでるの」


「へぇ~」


 そういうと彼は私の席の隣の椅子に座って来た。彼は前と同じようにこちらを見てくる。


「何?」


「俺も本読もうと思って」


 そういって漫画を開いて読み始める。ふと隣を覗くと彼の姿が見えた。


 黙って漫画を読む彼の首筋は一切傷などない美しいものだった。


 ごくっと唾飲み込む。なぜか彼の首に惹かれてしまう。思いっきり噛みついて溢れ出てくる血を吸いたいと思ってしまう。



 体温が高くなっていくのを感じる。息が荒くなり、吐息が漏れる。我慢できない…




「えっ?どうし…」


 気づいたときには彼の首に噛みついていた。自分でも何をしているのか分からない。頭がふわふわと浮いているよな気分になる。


「痛っ!」


 口元に力を入れる。子供の首筋の柔肌は簡単に破れ、中から血があふれ出してくる。体温よりもわずかに暖かい血が口の中に流れ込んでくる。


 もう今ではサビ臭いなどとは感じなかった。この世のものとは思えない興奮と快感が彼の血液と共に喉を通って体に流れている。


「……んあ」


 どのくらいの時間が経ったのだろうか。おそらく一分も経過してなかったが、私は一時間くらいに思えた。


「………どうしたの?」


 彼はいきなり噛みつかれたにも関わらずケロッとした顔でこちらを見ている。首を抑えてはいるがもう既に血は止まっている。


「…私……なんで…」


 口の中には先ほどまで飲んでいた血が残っている。給食の時に飲んだ牛乳の味と彼の血の味が混じり合って変な感じになる。正気に戻り、現実を認識し始める。


「…大丈夫?」


 今まで心地よかった気分が急激に落下していく。自分のしたことを再認識して、後悔する。恥ずかしさよりも後悔の方が大きい。上がっていたはずの体温が急激に下がっていくのを感じる。


「あっ…ちょっと…」


 空気に耐え切れず、教室を飛び出す。後ろから彼の声が聞こえるが無視して廊下を走っていく。






「ただいま…」


 今日は体調不良ということで学校を早退した。家には母親がいるので事前に連絡がされている。


「どうしたの?月…朝は普通だったのに…」


「ママ…なんか変な感じなの…」


 そういってママの顔を見るとママの顔はみるみるうちに青ざめていった。


「…っ!?」


「どうしたの?ママ」


 今度は私がママに同じような質問をした。ママは絞り出すような声で聞いてきた。


「る…月、目が……あなた他の子の血を…」


「えっ?」


 ドキッとする。なぜバレたのか…口元に血はついてないはずなのに…


「パパに相談しないと…」


 そういってママは家の電話の受話器を持ってどこかに電話し始めた。








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