SS2話 朝陽さんの顔、すごく色っぽいです……【七葉√】

 …………その後、俺は七葉さんのベットにお邪魔していた。流石に大人の色気に耐える自信がなかった。それに彼女の方が親しみやすいし。


「ぐぅ……すぅ……」


 隣のベットから黒瀬さんの規則正しい寝息が聞こえてくる。イメージと違っていびきは静かなんだなこの人。


「すぅ……すぅ……」


 隣からは七葉さんの寝息が聞こえてくる。気まずいな……明日は本番だし絵を描くことに対する不安もたくさんあるってのに……


「……あー、眠れん」


 寝ようにも目が冴えてしまってなかなか眠れない……これはダメだ、一旦トイレに行って心を落ち着けよう。別にそんなに催してないけど……そう思って音を立てないようにそっと上半身を起き上がらせる。


 すると突然、隣で寝ていた彼女がもぞもぞと動く気配を感じる。隣を見ると眠たげな目をした彼女と目が合う。


「……朝陽さん……?」

「あ、ごめん。起こしてしまって……」


「……眠れないんですか?」

「うん……」


 トイレに行くのはやめてベットに上半身を再び預けて天井を見上げる。気まずさから彼女に背を向けていたいが、話をするのにそれは失礼過ぎるし……



 二人の間に微妙な空気が流れる。お互い喋らずに静寂だけが部屋を包んでいた。時計の針の音がチクタクとやけに大きく聞こえる。


「……私もです」

「え……?」


「私も明日の配信、すごく緊張しています……」


 沈黙を破ったのは彼女だった。まさかの発言に驚きつつ寝返りを打って彼女に向き合う。


 普段は良く言えば落ち着いている。悪く言えば無表情な彼女が不安そうに顔を歪ませていた。


「意外です、てっきり平気だと思ってた……」

「……そんなことないです。昔からのずっとです配信を初めてから毎回こうなります。今でも緊張で体が震えてしまいます」


 毛布を強く握り締めながら震える声でそう言う。お昼頃にやった雑談配信のときは全然そうは見えなかったのに。


「ふふっ、驚いちゃいました?」

「ええ、むしろ自信満々というか、とても頼もしく見えましたよ」


「そんなわけ無いじゃないですか。私だって緊張しますよ。ただ表情に出にくいだけです」


 そんなやり取りをしながらクスクスと笑う。こうして喋っている分には、さっき言った風には見えなく、彼女は至って冷静そうに見える。


「本当に全然そういう風には見えませんでしたよ」

「ええ、こう何年もやってると慣れるといいますか、上っ面だけでも取り繕うことができるようになったんです。それでも内心はずっと心臓がバクバクいってますけどね……」


 そう言って苦笑いを浮かべながら彼女は天井を眺める。遠い目で何かを思い出すかのようにしばらくぼーっとしていると不意に口を開いた。


「それにあのときの怯えている朝陽さんの前で弱音なんて吐けませんよ。嫌がってるの巻き込んでいるのにこちらがビビっているだなんて情けないですからね。迷惑をお掛けして改めて申し訳ありませんでした……」

「い、いやぁ、あれは黒瀬さんの口車に乗っちゃった私が悪いんですから」


 深々と頭を下げる彼女に恐縮してしまう。実際悪いのは俺だ、黒瀬さんに騙されてたとはいえ、ちゃんと断るべきだったのだから。


「いえ、私たちの方に非があります」

「いやいや、こっちが……」


「いえいえ、絶対にこっちのほうが……」


 謝罪合戦が始まりそうになって思わず笑ってしまう。彼女も釣られて笑い始める。静まり返った部屋に響く二人の笑い声。さっきまで感じていた妙な雰囲気は既にどこかに行ってしまったみたいだ。


「――ふぅ、なんだか変な気分になってしまいましたね」

「そうだね……あ」


 気が付けば横向きに向き合っていて互いの顔が近くにあった。こうして七葉さんの顔を見るのは初めてだ……整った顔に白い肌に艶やかな唇。


 青色の綺麗な髪は月明かりに照らされて綺麗に輝いている。真っ赤な紅色の瞳に吸い込まれそうになるほど見惚れてしまっていた。


 体が密着しているせいで温もりや鼓動までも伝わってくる。ドクンドクンという心臓の鼓動が妙に心地良い――って、いかんいかん……もわもわと込み上がってきた変な意識を振り払う。色目ダメ絶対……!


「どうかしましたか?」

「ううん、何でもないよ!」


 首を傾げてこちらを見る彼女。その仕草可愛すぎるやめて、逃げるように視線を天井に戻す。



 よく思えば人気Vtuberの中の人と添い寝してるんだよな……そう思うととんでもないなこれ……


「朝陽さん、一つお尋ねしたいことが」

「な、何かな……?」


「どうして絵を描くのがそんなに怖がってるんですか?」


 不思議そうな様子で尋ねてくる彼女の質問にドキッとする。やはり気になるよな……あれだけ拒否していたのだから当然か……


「気になります?」

「はい、絵が上手なのになんでそこまで嫌がるのか……私には怖がって逃げている。そういう風に見えました」


「逃げてる……か、まあ、そうだね」

「もしかして、何か困ったこととか嫌なことでもあるんですか?」


「……聞いてもあまり耳の良い話ではありませんよ?」

「いいですよ、話してください」


 彼女の有無を言わさない言葉に口を開くことにした。不安がってても仕方ないし、思えばこうして身内以外の人にトラウマ話を打ち明けたことはなかった。


 少しでも気が楽になれば……そう思いポツリポツリと語り始める。トレパクのこと……絵を描いてSNS上でバッシングされたこと、それが元で絵から逃げたこと……男であることや事件の詳しい詳細を省いて話す。


「……そんなことがあったんですね……」


 彼女は真剣な面持ちで俺の話を聞き終えたあと静かにそう言った。その表情はとても悲しそうで辛そうだった。同情されているんだろうなと思うと複雑な気分だ。


「ごめん、やっぱり嫌な気分にさせちゃいましたか……?」

「いえ、そんなことはないです。むしろちゃんと話してくれてありがとうございます……」


 そう言うと彼女は体をこちらに向けてきたかと思うとジッとこちらの瞳を覗き込んでくる。宝石のように輝く赤い瞳に覗かれる。


 ……? いったい、何を――……え?


「……な、七葉さん……!?」


 急にギュッと抱き締められる。柔らかく温かい感触が全身を包みこむ。


「うえぇ!? ちょっ!?」


 突然のことに理解が追い付かない。女の子特有の甘い香りと優しい感触で頭が真っ白になる。


「……ちょ、ちょっ――!」

「辛かったですよね? もう大丈夫ですよ……」


「きゅ、急にどうしたんですか……?」

「びっくりさせてすいません。実は炎上事は他人事ではないので……」


 優しい声色で囁かれて困惑する俺に七葉さんは続ける。


「実は私も一時期ですがネット関係で揉め事がありましたので……」

「七葉さんも……?」


「ええ、まだ始めたての頃にファン同士の衝突に巻き込まれまして……そのときは私のせいでもありましてね……」


 悲しそうな表情で淡々と語っていく七葉さん。どうやら昔にあった炎上騒ぎについての話のようだ。彼女の過去を知り興味深々になりつつ耳を傾ける。


「あの時は辛かったです。してもいないことを本当のことのように言われ、誹謗中傷を受けて精神状態がおかしくなっていましたからね……今思い出すだけで吐き気がします」

「分かる、どれだけ弁明しても勝手な憶測で進むし、煽る連中が出てくるから本当に嫌になっちゃうんですよね……」


 身に覚えがある経験談だったのでつい頷いてしまう。


「そうなんですよ……! 自分のことじゃないからって適当なことばかり言いますし、本当に厄介です」


 ネットで活動する者同士、辛い思いをしている点に関して互いに愚痴り合い始める。


 思えばこうしてリアルで愚痴を言い合うなんてことは今までなかったかもしれない。毒を吐くたびにスッと胸が軽くなっていくような気がする。


「――ふふっ、分かります。ああいう人たち本当にどうにかして欲しいですね……!」

「モラルがなっていないというかああいうのが……」 


 気が付けばお互いに密着していることも忘れて熱く語っていた。気付いた頃には緊張なんてものはどこかへ吹っ飛んでしまったみたいでさっぱりとしただけの透明な感情しか残っていなかった。


「……はぁ、すっきりしました。 あ、ごめんなさい朝陽さん……ついつい熱くなってしまいましたね」

「いいよ、気にしないでください。こっちもすっきりしたので」


「そうですか……よかったです……!」


 安心したような表情を浮かべたのち、体を離し、間を置いて再び話し出す。


「とにかく、気に病む必要はありません。朝陽さんがやっていないというのなら後ろめたさなんて持たなくていいんです。胸を張っていきましょう」

「……ありがとう七葉さん……」


「どういたしまして。良かったです力になれて本当に……」


 優しそうな笑みを浮かべる彼女を見て思うことがあった俺は意を決して聞くことにした。


「そういえば、七葉さんの名前ちゃんと聞いたことなかったけどなんていう名前なんですか?」

「教えてなかったでしたっけ? 円城寺七葉といいます」


「えんじょうじ……」


 聞いたことのない珍しい名字だ。考えていたことが顔にも出てたようでクスリと笑うと彼女は言った。


「ええ、珍しい苗字なのでよく驚かれますね。実は私の家――ちょっと歴史ある家でして、代々続く由緒正しいお家なのですよ」

「なんかかっこいいですね、お嬢様って感じですか?」


 確かに言われてみれば育ちの良さを感じるなとは思ってたけどまさか……


「いえ、そんなことはありませんよ。もしも、私が男の子に生まれてたらそうなってたかもしれませんね」

「どういうことです?」


 そう尋ねると彼女は苦笑いしながら答えてくれた。


「我が家には歴代から守られてきた家訓があってそれは――男子、古郷に住まえ我が家の後を継ぐべし、女子、古郷の血を捨て新天地にて他家へ嫁ぐべしというものなんです」

「凄い時代錯誤というかなんというか……」


 要するに男子なら古郷に残りこの家を継げ、女性なら別の土地に行き他家へと嫁いでいくってことか……


「その掟故に私は古郷を追い出され、実家で過ごすことを禁じられたのです。両親と家で暮らしたのも12歳まででしたし、中学からは親と家から離れ都会で暮らしていました」


 13で知らない土地で一人暮らしかぁ……きっと苦労したんだろうなぁ。そう考えると凄い家だなと思ってしまう。


「きっと大変でしたね……」

「ええ、右も左も分からず戸惑いましたし、色々とありましたけど今となってはいい思い出です……そういえばこの頃でしたね、黒瀬さんと初めてお会いしたのは」


 そう言うと彼女は静かに目を瞑った。


「……そう思えば黒瀬さんもかなり苦労してきた人ですね。あの人にはもっと感謝しなければいけませんね……」


 そう言うと規則正しい寝息が聞こえてくる。チラリと時計を見るともうそろそろ日付が変わるところだった。


「俺も寝よう……おやすみ、七葉さん」


 もう寝てしまった彼女にそっと呟いて目を閉じる。


 そっか……明日も一人でやるわけじゃない。こうして今のように七葉さんが隣にいてくれるんだ……それならなんとかなるかもしれない――……


 彼女の優しい温もりを感じながら静かに眠りに落ちていった――

 

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