シングルベットで添い寝はヤバい【分岐エピソード】
SS2話 朝陽さんの寝顔も撮っておこうか。【黒瀬√】
…………その後、俺は黒瀬さんのベットにお邪魔していた。流石に二十に満たない女の子が使っているベッドに潜り込むのはどうかと思ったので……
「すぅ……くぅ……」
隣のベットから七葉さんの規則正しい寝息が聞こえてくる。はぁ、気まずいなぁ……
二人に対して背を向けて横になり目を閉じる。今の俺は女の子なんだ……そうだ、女性相手に欲情していたらそれこそヘンタイじゃないか。
今の俺は女の子……いやらしいことは何もしない。うん、何も感じないぞ。何も考えるな、心を無にしろ――
明後日の方を見つめながら自分に暗示をかけるように言い聞かせる。それでも背中にから感じる黒瀬さんの体温に集中してしまうわけで……くそぉ……邪な考えは捨てるんだ。無になれ無になれ――ッ!
「眠れないか?」
「ふぁあ!?」
突然耳元で囁かれ変な声を出してしまう。背中から聞こえる彼女の声がこそばゆい。
「……く、黒瀬さん、お、起きてたんですか?」
彼女に背を向けた状態で会話を続ける。こんな歳になって言うのも情けないが、黒瀬さんみたいな人と密着して向き合うなんて俺には無理だ。
「私は普段から眠りが浅いんだ、君の身じろぎが気になってな……ベットが狭くて寝にくいのか?」
「い、いえ……そんなことないですよ? 大丈夫ですから気にしないでください」
平静を装いつつ返すも内心ドキドキが止まらない。背中越しに彼女の呼吸を感じるだけで緊張してしまう。落ち着けぇ……落ち着くんだ……今の俺は女の子、相手は大人、冷静になれ……冷静にな――……
そう自分に言い聞かせている中、ヒタァ――ッと彼女の脚が脚に触れてきて思わず体が跳ねそうになる。
「ひ、ひぃ……っ!」
「むぅ、やはり緊張してるのか? 体が強張ってるぞ?」
肩あたりを手で揉まれながらそう尋ねられる。こ、こんな状況じゃ眠れるわけがないだろうが……!
「ちょ、ちょ……! 黒瀬さん、大丈夫だからやめてください……!」
思わず振り返って訴える。するとキョトンとした様子でこちらを見ていた彼女が微笑む。
凛とした目元が少し緩み優しげな雰囲気を醸し出していた。カーテンから僅かに漏れ出る光を反射して揺れ動く瞳。その奥に吸い込まれそうになるほどだ。
高い鼻先と薄い唇、長い睫毛や艶のある黒髪など彼女の顔立ちは非常に端正だった。
「む? どうした?」
「い、いえ……き、気にしないでください……」
ここまで密着して至近距離で顔を拝んだことがなかったが、見れば見るほど彼女は改めて美人であることが分かる。普段の言動や態度からは考えられないほど美しかった。
「そんなにガン見しないでくれ、少し照れるじゃないか……」
そんなことを考えていたらジッと見つめすぎてしまったようだ。視線を逸らすようにしてそっぽを向かれる。
……むぐぅ、これだから向き合うのは嫌だった。絶対に見ない自信がなかったから。そんな俺の思いを知る由もなく、向き合ったままそのまま彼女は話し始める。
「なあ、一つ聞いていいか? どうしてそこまで絵を描くのが嫌なんだ?」
「返事をする前から言ってますね……」
七葉さんを起こさないように小さな声で少し呆れたような感じで返答するが、構わず続ける彼女。真剣な眼差しだった。
「答えたくないのなら答えなくてもいい。どうも君の反応を見ているとトラウマみたいなものがあるような気がしてな……心配してるんだ」
「別に話すのはいいですけど、聞いても楽しいものじゃないですよ? むしろ不快にさせてしまうかもしれないですし……」
自分の絵に関する話をするのは好きじゃない、だってあんなもん人に話しても面白くも何ともないから。
「ふっ、問題ない。どんな面白い話を聞けるのか楽しみだよ」
俺の気も知らないくせにそんなことを平気で言う彼女、まったくいい性格してるよ、ほんと。
「相変わらずですね。いいですよ、大した話はできませんけど」
「ふむ……」
ここまで来たら言ったほうがいい気がした。ここで話してフッと気持ちが楽になるかもしれないし……そう思い、俺は語り始める。
トレパクのこと……絵を描いてSNS上でバッシングされたこと、それが元で絵から逃げたこと……男であることと事件の詳しい詳細を省いて話す。
「なるほどな……」
黒瀬さんは終始茶化すことなく聞いてくれた。真剣に相槌を打っている彼女の表情は真剣そのもの。こういうところは年上だなぁと思わされる。
「そういうことがあったのか、一つ聞くが君は本当にトレパクはやってないんだな?」
一通り聞き終えると確認するように尋ねてくる黒瀬さん。その問いに対する答えは当然――
「はい、それは断言できます」
即答する。俺は絶対にやってない…、やった覚えはない、やるわけない。これは事実だ。俺が嘘をつく必要も意味もない。真実なのだから。
「……ふっ、当たり前か。朝陽さんがそんなことをするはずがない」
安心したのか柔らかい微笑みを見せる黒瀬さん。その言葉に少しだけ救われた気がする。
「やってないのならそれでいいじゃないか、自分が悪くないのなら無理に卑下して縮こまることはないさ」
「そう言ってくれるだけでも救われます……」
「私は絵に関しては何も分からないが――絶対に君の腕前は盗みものじゃない、昨日店で君のイラストを見たときにそう思った」
真っ直ぐこちらを見つめたままそう告げる黒瀬さん。
「それに君は他人から絵を盗むような子じゃない。私には分かるよ」
「……ありがとうございます」
面と向かって言われるとちょっと恥ずかしい。だけど悪い気分ではなかった。胸の奥に温かさが染み渡るような感覚。
「そうそう、その表情……そんな顔に出やすい子……すぐに分かるさ。君が盗みなんてできない人間なのは」
そう言うと黒瀬さんは優しく微笑んだ。そして、視線を天井へと向けると――
「昔私も君のように大きなトラウマを引きずってたんだ」
突然のカミングアウト。俺の話を聞いてもらったこともあるので遮ることはしない。大人しく耳を傾けることにする。
「――私はここから離れたとある島で生まれ育ってな、春は穏やかな気候で島一面が花々で景色が埋まる。夏は東南アジアのように暑く、秋は涼し気な潮風と紅葉が広がり、冬は雪がたくさん降り宝石のようなダイアモンドダストが見られる――自然豊かな場所で生まれ育ったんだ」
「ほえぇー……そうなんですか」
初めて聞いた彼女の過去の話。静かに続きを待つことにした。
「そこの島には非常に校風が自由な高校があってな――まあ、単刀直入に言うとそこでいじめられてたのさ」
「……意外です。黒瀬さんなら全員倒しちゃいそうですけどね」
率直な感想を告げると彼女は苦笑いを浮かべる。確かにそうだなと呟いた後に話を続ける。
「――昔の私は弱かったからな。常にビクビク怯えていて誰かに頼ることしか知らない、ただの雑魚だったのさ」
懐かしむように遠い目で語る彼女。その瞳にはきっとかつての自分を見ているのだろうと思う。
「そんな時だ。文を書くという行為に興味を持ったのは……最初はただ純粋に興味が湧いただけだったんだが次第にそれに傾倒していった」
「それで今のように大作家になったんですか……?」
「そうだ、それでデビューして色んな先輩作家たちに出会ったりして……そこからだったな、私の価値観と生活が変わったのは、いかにいじめでくよくよ悩んでいたのか恥ずかしくなるぐらいにな」
当時のことを思い出しているのか、自嘲するように笑う彼女。しかし、その笑顔は晴れやかで後悔の色はなかった。
「夢中になるものを見つけ、自分の芯がしっかりと定まったおかげでいじめにも立ち向かえるようになったんだ。それからはもう怖いもの知らずだよ……世界の危険地帯を周り歩いて旅したり、本を書いてみたり、ゲームを作ってみたり……色々なことにチャレンジするようになった」
「……危険地帯は七葉さん可哀想なんでやめてあげてくださいね?」
「ふむ、彼女と中央アフリカで現地部族と接触をはかったり時は七葉さんは泣いて喜んでたぞ?」
「……たぶんそれ喜んでないですよ?」
いや、マジで何してんのこの人? やっぱりいじめられっ子って気が全然しないんだけど……?? なんでポジティブな思考できるんだろう……メンタル化け物かなにかですか?
そう思っていると、彼女は俺に背を向けて寝転ぶ。小さな声でボソリと……
「大丈夫だ、君には夢中になれるものも芯もちゃんとある――自分を卑下するな。胸を張れ……おやすみ」
こちらを向かず背中を向けながらそう言ってくれた。そんな彼女に俺は一言――
「……おやすみなさいです」
それだけ返すと彼女の背中に背中合わせになる。胸にあった重みが軽くなったような、不思議と安心する気持ちになったのだ。
そっか……うん、頑張ってみようかなぁ――俺も、七葉さんも……黒瀬さんにもねーさんにも恥じないような自分に――
ゆっくりとまぶたを閉じると自然と意識が薄れていくのを感じた。
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