9話 朝陽さんってなんで私たちとお風呂に入らないでしょう……?

「よし……セット完了っと……」


 夜の11時になる頃。俺はワーキングルームで一人明日に備えて配信の前準備をしていた。


 それにしてもとんでもないことになってしまったな。まったく、黒瀬さんのせいで……最悪だ。


 机の上で頬杖を付きながらパソコンの画面を見る。すでにソフトはインストール済みで設定も俺が使いやすいようにせっとしてある。


「はぁ……」


 憂鬱だ。今は黒瀬さんに対する怒りよりも不安が大きい。凄く怖かった、今も利き手が小刻みに震えるぐらいには、あの放送……いや、あの事件がトラウマになっている。


 不安だ、もしかしたら明日の本番に失敗してしまうかもしれない。コメ欄はブーイングの嵐。そうなった場合は七葉さんとついでに黒瀬さんにも迷惑を掛けることになるだろう。そう思うと余計に気が重くなる。


 ――でも、やるしかないか……


 プツッ――画面を消す。真っ黒なディスプレイに不安げで困り顔の少女の顔が映る。


 ……不本意でも引き受けてしまったし……明日、描いて最悪嫌なら丸投げで逃げてしまおう。七葉さんには悪いけど……


 そんなことを考えつつため息を一つ。時計を見るとそろそろ11時半に差し掛かろうとしていた。寝ようか。


 パソコンと液タブの電源を落として後片付けを始める。そんな時だった……


「夜遅くまでご苦労」


 ガチャ――と、音がしたと思えば黒瀬さんが部屋の中に入ってくる。まるで、俺の労うかのようやセリフだけど諸悪の根源はコイツのせいだからなんか腹立つ。


「まったく、あなたのせいで最悪ですよ」


 ジト目で睨みつけると、やれやれと言わんばかりに首を振る。


「悪かった。無理やり出演させ怖い目に合わせたのは悪いと思ってる。でも、どうしても君に参加してもらいたかったんだ」


 恨み言に対して謝罪しつつも譲らないといった様子。ここまで来るとなんでそこまでして俺に絵を描かせたいのか気になってくる。


 作業の手をやめてくるりと椅子を回して彼女の方に向ける。お風呂上がりなのか濡れた髪に少し赤い頬。ラフな格好も相まってより色っぽく見える。


「そんなにじっと見つめないでくれ、化粧をしてないんだから恥ずかしいだろ?」

「あ、す、すいません……」


 苦笑いしながら配信中に七葉さんが座っていた隣の椅子に腰掛ける。シャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。凛とした横顔に対し疑問をぶつける。


「……黒瀬さん、なんでそんなに私に絵を描かせたいんですか?」

「どうしてだと思う?」


「はぐらかさないでください」

「そう怒るな。理由はちゃんとあるが君には言えなくてな」


 脚を組み肘置きに手を乗せながら答える彼女の表情はいつになく真剣そのものだった。その迫力に押されて口をつぐんでしまう。


「なんで言えないんですか……? こっちは無理やりやらされてるんです、せめて納得の行く理由を――」

「すまんが無理だ、こちらも事情があってな……まぁそのうち話すよ。とにかく君が絵を描くことを強要したのは謝る、すまなかったな……」


「すまなかったじゃないですよ。こっちは……あれだけ嫌だって今朝の車から言ってたじゃないですか、挙げ句の果には騙して配信に参加させるなんて……」

「ああ、その通りだな。でも、私にも譲れない理由がある――迷惑を掛けた分は朝言った通りに必ず還元する。だから、私に協力してくれ……『この豚』やらと言って罵って踏み潰してもいい、だから……」


「そこまではしません――……はぁ、もういいです」


 これほど嫌だと言っても引き下がらない――もう思い諦めることにする。折れた……それにあの黒瀬さんが真剣に頭をさげているのだ、余程のことなのだろうと思うことにした。


 そんなことを考えていると彼女はスッと立ち上がる。


「さて、そろそろ寝ないとな。七葉さんにまたまた叱られてしまうからな」


 困ったような顔をして自虐気味笑う。学生の女の子に叱られる社会人とはなんとも情けない図だな。


「……七葉さんと黒瀬さんの関係性が謎でいまいち掴めないです」

「うむ、私と彼女とのか? うーん……複雑だから簡潔には難しいな。まあ、それなりの古くからの付き合いだと思ってくれ」


「具体的にはどのくらいなんです?」

「ざっと五年以上じゃないか? 出会ったときは何事かと思ったよ。大変だったな彼女も……」


 遠い目をする彼女。昔を思い出しているのだろうか? 俺には分からないけど七葉さんも何か抱えてたりするのだろうか?


「――二人とも何してるんですか? 早く寝ないと明日に響きますよ」


 噂をすればなんとやら、ちょうど風呂から上がったであろうパジャマ姿の七葉さんがドアを開けてやってくる。


「今そっちに行こうとしてたところだ」

「もう、こんな時間……まあ、いいです。それよりも朝陽さんが寝るベットが一つ足りませんがどうしますか?」


 ドアの方から顔だけ覗かせて訪ねてくる。今日は家に帰って明日ここに戻ってくるのも手間だからこのホテルの部屋にお世話になることにしたのだが、ベットが二つしかない。


 まあ、女性の布団にお邪魔するわけにはいかないので――


「ソファ――」

「ダメです。万が一風邪でも引いたらどうするんですか? 明日は大事な日なんですよ?」


「え、あっ……はい」


 何かと誤魔化そうと思ったが正論過ぎて反論する隙がない。だけど、女の子と寝るのはさ、流石に中身は男としては抵抗があるというかなんというか……人道的というか道徳的というか倫理的にダメというか……


 心の中でぶつぶつと呟く俺を横目に、黒瀬さんは笑いながら口を開く。


「そんなに頭を抱えるほどか? 同性同士なのだから気にすることはないだろう? それともなんだ、朝陽さんはそういう趣味でもあるのか?」

「ち、違います! そんな趣味はないです……!」


「さっきも入浴をご一緒にとお誘いしましたが顔真っ赤にしてましたよね……いやん、あ、朝陽さん、そんなこと想像してたなんて、きゃー」

「な、七葉さんもやめてください……! 私はストレート直球です! そんなっ気はないですからぁ!」


 慌てて訂正すると何故か納得したような顔で頷き始める二人。


「ふむ、同性愛者なら私の体でお詫びもできそうだ。どうだ? 今ならいくらでも触っても良いぞ? 尻でも胸でもどこでも触るがいい」

「いや、いらないですって、本当に変な解釈やめてください」


「黒瀬さんは下品ですね。パンツ脱ぎ散らかしさんには色気の欠片もないですから残念ながら対象外ですよね、朝陽さん?」


「だ、だから、勝手に解釈を完結させて納得しているんですか!?」

「そんなに怒らないでくださいよ、ふふ……」


「わ、笑わないでくださいよ! 」

「うむ、やっぱり朝陽さんは表情豊かでからかうと面白い」


「人を玩具のように扱わないでくださいよ……」


 もうやだこの人たち……そんなに俺って反応面白いの……? 泣きたくなるんだけど……!


「まあまあ、明日は早いのでこのぐらいにして……どうしますか? 私と黒瀬さんどっちと一緒に寝ますか?」


 真面目な顔に戻った七葉さんが聞いてくる。どうすると言われてもそんなの困るんだが……? 自分としては女の子と寝るのはアレだけど……これ、決めないとだめなヤツやつ……?


 うぐぅ……もし肉体が男のままなら確実に警察案件だよな……うぅ、か、かなり不本意だが……本当に風邪でもひいたら仕方ないし、止む終えない――


「じゃあ……――」

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