7話 あんなことされたらもうお嫁にいけないです……
「こうすると……ほら」
「うわぁ、今どきのゲームって随分と便利になったんですね」
束の間のティータイムを楽しんだあと七葉さんがプレイするゲームを横から見学させてもらっていた。
さっきまでの勧誘の話はどこにいったのやら……黒い人は抜きで二人で新作ゲームを楽しんでいる。ちらりと後ろを見てみるとその人は不満そうな顔をしながらずずずと紅茶を口にしていた。
「朝陽さんもゲームとかやってたりしてたんですか?」
「昔に少しだけですね。ここ最近まではご無沙汰してましたが……昔はワープ機能や出現率アップのスキルなんてなかったんですよ?」
「それは不便そうですね……」
「ボスも今よりももっと強かったですし、回復ポイントも制限付きでしたし……現代ゲームはストレスを排除する傾向が強いみたいですね」
「まあ、ただでさえストレス社会ですのに娯楽でストレスを与えられるのは人によっては嫌ですからね。私も後ろのストレスの塊のような人と毎日過ごしている身なので気持ちは痛いほど分かります」
「ずずずずずずずずずずずずず――ッ!」
水が流れていく排水溝みたいな音が響いて来るがスルーし話を続ける。
あの人、クッキーを口に突っ込まれたぐらいの時から不機嫌だけど、やっぱり勧誘の話を断り続けたせいで気を悪くしたのだろうか……? とはいっても入りたくないものはしょうがない……それにしても七葉さんは結構辛辣な性格の持ち主のようだ。先ほどから毒舌が過ぎるような気がするのだが……
「ところで、七葉さんはいつ頃からゲームを始められたんですか? ここに来た時もやってたようですし、かなりのゲーム好きだったりするんですか?」
「いえ、あれはとある事情です。普段はあまりしませんし、ゲーム自体はつい最近からです」
「へぇ~、どうしたんですか。急にやりたくなったとかそんな感じなんですか?」
「いえ、後ろの今にも噛みついてきそうな狂犬さんに脅迫され無理やりプレイさせられたんです……従わなければ二度と外の空気を吸えなくするって……ぐすっ……」
「七葉さーん? いい加減にしないと本当に吸えなくするぞー? あ? それともお仕置きされたいからそんなことを言ってるのか?」
「やれやれ、へそくりクッキーごときでヘソ曲げるなんて器が小さい人ですね。私のおまんじゅうは勝手に食べておいて自分はダメというのだから困ったものです」
呆れた様子で首を振る七葉さん。そんな彼女に対して黒瀬さんは「ば、バレてたのか……」と、冷や汗をかきながら顔を青ざめていたが、いつもの調子を思い出すと……
「まったく、君は少し私に対して辛辣過ぎるのではないか? 少しは学費――うわぁッ!?」
「あっ……」
怒りで前が見えなかったのか、調子を崩されて手元が狂ったのか……彼女が手に持っていたティーカップがスルリと手のひらから滑り落ちる。
中身が宙を舞いそのまま彼女の服へと降り注いだ。
「熱っ! やってしまった……!」
「もう、何やってるんですか……やけどしてないですか?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
幸いにもやけどにはなってなさそうだが、黒いスカートは見事に紅茶色に染まっていた。シミになる前に洗濯した方がいいだろう。となりにいた七葉さんも分かっているようで……
「もう、そそっかしい人です……服脱いでください。着替え持ってきますから」
プレイ中のゲーム画面を一時停止させ、席を外すために立ち上がる。「あー割れなくて良かった」と言いながら床に落ちたティーカップを拾う。
「かたじけない……では」
黒瀬さんはそう言い立ち上がると、スカートのホックに手をかける。そして、ずるずると――
「ちょちょ! ま、待って――」
パッと立ち上がり止めに入る。
ギリギリのところで静止に間に合い、なんとか最悪の事態は免れた。さすがに目の前で女性の下着姿を見るわけにはいかない。
「な、何を慌てているのですか……?」
「いや、あの……えっと……見ちゃいけないと思いまして……」
「はぁ……? 別に同性ですし気にすることでもないと思いますが……」
「あっ……!」
七葉さんにそう言われ自分が女の子になっていることをすっかり忘れていた……男の時の感覚が抜け切っていなかったようだ。
「……? 何か問題でも? 朝陽さん?」
「あ……いえ……そ、その……」
何も言うことができない。彼女から見れば俺はただの女の子だ。露骨に変な反応をしていると不思議に思われても仕方がない。
自分が女になっている以上、男だからという理由は通用しないし……だからといってこの状態のまま堂々と着替えを見れるほど俺のメンタルは強くない。どーてーな俺ではそのぅ……
「んー? 不思議な子だな……」
「黒瀬さんのはガキっぽいから見てる側も恥ずかしくなっちゃうんですよ」
「なっ!? ガキっぽいとは失礼な……これでも大人っぽくて可愛いものを選んでいるのだが? ほら」
「んああああっ!! ちょっ!」
ずるるっと一気にスカートを下げられる。当然、目の前には白地のが露わになるわけで……パンツ姿の黒瀬さんが視界全体に広がった。
「どうだ? これでガキっぽいは……」
「なぁ、なに勝手に脱いでるんですかぁ!!」
気づけばまそう口に出ていた。俺はすぐさま両手で目を覆う。二人はおかしな行動に出る俺を不思議な目で見つめていた。
「ど、どうした? 顔を覆って……私のそんなに恥ずかしいものなのか?」
「感性が独特ですからね、通常の感覚からすれば結構お子様っぽいですよ。特に黒瀬さんみたいな見た目は結構大人びた人が履いてるとギャップがあって余計にですね」
「む、むぅ……そこまで過剰に恥ずかしがられると少し自信を無くすな……」
真面目に落ち込んでいるのかしゅんとする彼女。違うんです、勘違いなんです……子供っぽいとか全然思ってません。ごめんなさい……!
手で顔を隠しながら俯く俺に七葉さんが声をかける。
「まあ、この人は子供っぽいので仕方ないってやつですよ、大人の魅力を期待したらダメです」
「はぁ、君たちはなぁ……そこまで言うのなら二人は今付けてるのか気になるところなのだが?」
「今穿いてるやつですか? 普通に単色モノです。柄物はどうも恥ずかしくて無理です」
「柄物がそんなに嫌か? 私としてはああいうデザインの方が好きなのだが……」
「好みの問題ですよ。ちなみに、素材もサテンの方が好きです。触り心地がいいんですよね、あれって」
「そうか? やっぱり綿の方がいいと思うぞ。肌ざわりもいいし、何より通気性も良いからな。蒸れないから快適だぞ?」
「まあ、それもいいですが黒瀬さんの場合は少しデザイン性で選んでもいいんじゃないんですか? 機能性は重視すべきですが、オシャレ感も必要だと思いますよ」
「ふむ、一理あるかもな……だが、私はやっぱりシンプルなものがいいのだ。シンプルイズベストというやつだ」
「そうですかね? お子様デザインより似合うのいっぱいあると思うんですけど……」
「まだいうか……ったくもう……あー、そういえば、朝陽さんのはどんな感じなんだ?」
「へっ!? あ、あのぉー……それはちょっと答えにくいといいますか……」
いきなり話を振られてドキッとしてしまう。女性の下着事情など知らないため返答に困ってしまう……それに男としてはこの会話は気まずいものだ。早く終わってくれと心の中で願うばかりだった。
「ふふっ、隠さなくてもいいじゃないですか。同じ女の子同士ですし」
「い、いや……そういうことじゃなくてですね……これは個人的な問題というかなんというか……」
「ほう、ではどういう問題があるんだ?」
興味津々そうに身を乗り出してくる二人。二人の圧に押されて後ずさりする俺だったが、後ろにはベットの背もたれがありこれ以上逃げることはできない。
「そ、それに関してはノーコメントでお願いします! プライバシーなので!」
「ええ~、そんな殺生な~」
「――あー、そういえば昨日スカートから見えてた気がするぞ?」
「っ!?」
黒瀬さんの言葉に思わず顔が引きつる。なぜこの人は余計なことを口走るのだろうか……確かにちらっと見えてしまったかもしれないが、わざわざ言わなくていいだろうに……
「へえ~、そうなんですか……? 朝陽さんパンチラは気をつけないいけませんよ? いつどこで誰が見ているのか分からないんですから」
「……はい、以後気を付けます」
七葉さんに純粋に心配されてしまい反省しながら返事をする。
「……で、どんな感じだったんですか?」
「そうだな……確か、フリルのついたレース素材のものだったな。色は薄いピンクっぽかったような……」
「へー、可愛らしい色合い……というか、攻めてますね? そういう系が好きなんですか?」
「いや、あ、あの……」
「あー、そういえばハーフバックでそこそこセクシーだったな」
「ほほう、私は絶対無理ですね……真面目な子の割には大胆ですね」
「ぃ、いやぁ! 違うんです……あれはねーさんに押し付けられたものでして……!」
「そうなのか? 朝陽さんのことだからあの際どい服みたいに自分でデザインして自分で穿いてるものだと……」
「朝陽さん、そんな趣味あったんですか……?」
「違いますッ!! そんな趣味はないです! ……と、とにかく黒瀬さんは早く服を着てください!」
このままだとまずいと思い無理やり話を切る。このままいけば根掘り葉掘り聞かれかねない。
「むう、まだ聞きたいんだが……」
「私ももっと詳しく話を聞きたいところですが、またの機会にしましょう。配信もありますし」
「うむ、了解した」
いそいそと服を着始める彼女にほっと胸をなでおろす。さすがに俺も異性の前で下着の話をするのは、男としてはいろいろとマズいというか、犯罪一歩手前な気がする。
「あー、ちょっと急いだ方がいいかもです。私は先にワーキングルームで準備してきます……!」
七葉さんはそう言い残すとバタバタと聞こえそうな足取りで部屋から出ていく。そういえば、配信とか言ってたがそれ関係のことだろうか……?
「何かあるんですか?」
着替え終わり一息ついている彼女にそう尋ねてみる。
「ん、あー、私たちのサークルは配信活動もやっててだな。不定期だがな」
「そうなんですか、結構幅広くやってますね」
「まあな、どうせなら見学していくといい。そろそろの人数を持つチャンネルの配信活動を見れるなんてラッキーだぞ?」
そう言われ少し迷ってしまう。動画配信という単語に少しトラウマがある俺にとっては少し胃が痛い話だが、単純にどういった感じにやってるのか気になるところもある。
うーん……どうしようかと少し迷った後……
「はい、いい機会なので見ていっていいですか?」
「いい返事だ。こっちだ、付いて来い」
そう言って案内してくれる。まあ、自分がやるわけでもないし見る分にはいいことだろう。ねーさんに土産話の一つにでもできればいい……この時まではそう思っていた。
直に俺はこのときのことを後悔することになった。
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