6話 あれこのクッキー食われないように隠していたはずだが……?
「おかえりです、黒瀬さん……で、誰なんですか? そのパジャマっ子は? お客さんを呼ぶなら教えてください。こっちは徹夜明けなんですよ?」
客室の玄関に着くなりひょっこりと不機嫌そうな顔を出した物静かそうな少女。青髪で赤い瞳が特徴的な女の子で髪は少しボサボサになっており眠たそうな目をこちらに向けてくる。片手には人気の家庭用ゲーム機を持っており、ここに来るまでは絶賛プレイ中だったのかな。
そんな眠気を漂わせる彼女に誘拐魔はムカつくほどの自信を溢れさせながら俺のことを見せつけるようにして紹介し始めた。
「七葉さん、この子が噂の我がサークルに入ってくれると誓ってくれたイラストレーターの朝陽さんだ」
「誓ってないです。あと、本当に頼みますから家に返してください……」
心底呆れながらも懇願するかのように頼み込むが、あたかも俺が存在しないかのようにして話は続いていく。
「私が誘ったところ快く快諾してくれたよ」
「そうなんですか。涙目のこの子の格好を見ていると、鬼畜な黒瀬さんが脅迫し従わせたようにしか見えませんが?」
「脅迫とは失礼な。これはもちろん合意の上だ。先ほども車の中で将来の夢を熱く語りあったばかりだ」
「この人は都合よく記憶が書き換えることができる特殊能力持ちなの?」
「黒瀬さんが能力者かは知りませんが、今世紀でも指折り数えるほどのドの付くおバカさんなのは否定しませんね」
「失敬な、人を馬鹿者呼ばわりとは……」
「UMAを見つけるとか言ってグリーンランドに無理やり連れて行かれたのは忘れてませんよ? 現地の人が氷山や気候で危ないから船で行くなって言ってたのに……自殺でもしたかったんですか? それともダーウィン賞にでものりたかったんですか?」
少し怒り気味でUMAが本当に存在していると思い込んでいる黒瀬さんを責め立てる七葉さん。頭がおかしいとは思っていたがそこまでだったなんて。かわいそうに……
「あ、あれはだな……スランプで……」
「ううっ……いい歳なのに宇宙人とかUMAを信じ込んで……脱いだおパンツさえ脱ぎ散らかして洗濯機に入れられない。同じ女として黒瀬さんの将来を考えるとな、涙が……うっ……」
「嘘泣きはやめてもらいたい。あと、朝陽さんもその哀れみの目をこちらに向けて頂くのはやめてほしいのだが……?」
流石の二対一の構図にされ動揺を隠せないのか焦りを見せる。拉致された恨みもあったので全力で便乗させて貰った。最大限の哀れみと情けの視線を彼女に……
「あー! と、とにかく! 我がサークルの本当の意味での誕生日となった! 今日から三人で冬のイベントの……」
「無理やり話題を変えても誤魔化せませんよ?」
「自分もまだ入るって言ってませんよ?」
「で、では、作戦会議に入るぞ。新メンバーの朝陽さんもぜひ中へ!」
強引に話を進めることにしたようで逃げるように部屋の中へ入っていく。七葉さんもいじることはもうやめたのかやれやれと肩をすくめると、俺の方に視線を向けてくる。
「えーと、朝陽さんでしたっけ?」
「え? あ、はい」
「事情はよく分かりませんが黒瀬さんに振り回されたようでご愁訴様です……お茶でも用意しますので話だけでも聞いてください」
そう言ってスリッパを俺の前に置くとかるくおじきをして部屋に戻っていく。黒瀬さんはともかく七葉さんはそれなりに話が通じそうで安心した。
まあ、話を聞くだけなら聞いてもいいかもしれない。大手作家が主体で始めるサークル活動というのも興味があるし……入る気はさらさらないが話だけでも聞いてみようかな。もしもの時は七葉さんが助け舟を出してくれそうだし。勝手に帰れそうな雰囲気でも無さそうだしな。
「お、お邪魔します……」
か細い声を出してゆっくりと中へと進んでいく。部屋に入ると広々とした空間にキングサイズのベットが二つ。流石は高級ホテルということで部屋を照らす証明も豪華で黄金でなんか凄そう……外から見える景色も高層から見下ろす街並みがとても良かった。
「そこのベットに適当に腰掛けてくれ」
そう言われドアの入り口付近にあったベットに腰掛ける。ぼふっとふかふかのベットにお尻が沈む。黒瀬さんはもう片方のベットに座ると足を組んで俺と向き合う形になる。
「さてと、新メンバーの朝陽さん……さっそくだが……」
「わざとらしく新メンバーを強調しないでください」
「ふむ、それではニューフェイス朝陽さんの方が良かったかな?」
「言い方の問題じゃないです。それよりも何なんですか? サークルに入れってだけで全然どうするとかの具体的なことは聞かされて無いんですけど……?」
「よくぞ聞いてくれた。実はな我がサークルは超絶ヤバヤバ大ピンチでだな。3ヶ月後の大イベント、ウィンターコミックズに出展するのが決まったというのに漫画を描く人間が居なくてな……実物の作品が無いという状況でだな」
「ちょっと、それ本当ですか?」
ウィンターコミックズというのは冬にあるオタクイベントの一つ。昔、俺も出展してたことはあったのだが、3ヶ月前には作品は完成させないとスケジュール的にはかなり厳しいことに……
「ふむ、君の想像する通り今からでもすぐに取り掛かりたいところでだな……本当に土壇場で朝陽さんのような人を見つけれて良かった」
ホッとした様子で頷く人の話を聞かない黒瀬さん。完全に彼女の中では俺がこのサークルに入ることが確定しているようだが、確かにそれが本当なら事実を捻じ曲げてでも俺をメンバーに加えたがる理由がよく分かった。でも……
「あのー? さっきから言ってますが入る気はありませんよ?」
「むう……君も強情だな。そこは物語の主人公なら正義感に満ち溢れながら“そんな理由があったなんて……私なら救えるかもしれない”とか言って快くメンバーに入るのが通だろう?」
「そんな正義感に溢れてませんし、そんな都合の良い主人公なんて存在しません……いい加減に諦めて他を当たってください」
強情なのはどっちだよと。それにわざわざ好き好んで納期ギリギリのところに入って多忙を極めるなんてバカかよ。
「じゃあ、大金を渡そう。私が出せるだけの金額を君に譲渡しよう」
「嫌です。いくら積まれても無駄ですよ? 私よりもうまい人なんてたくさんいるんですから他をあたってください」
「金でもダメなのか……では、君の働いているお店に多大な投資をしよう。私はそれなりに顔が利く、知り合いにはそれなりの資本家が……」
「無駄です。お金を積まれても二度と描く気はないです。俺は……」
あんな苦しい思いなんてしたくないから……たくさんの人の前で絵を描いて……喜んでもらって……楽しんでもらって……笑ってもらって……元気を貰える。でも、そんなのは……
賞賛されて憧れの対象になっていた頃と落ちぶれて蔑みの対象になっていた二つの記憶を同時に思い出す。矛盾する二つの感情がぶつかって心苦しい。
「手強いな……どうしようか……? いっそのことこの身を差し出して君の奴隷になろう。これから私は君の犬みたいものだ。なんでも命令するがいい、わんわん」
両手を上げて服従の意思を示す黒瀬さん。手を丸めて犬のポーズをとり可愛らしい鳴き声まで発してくる始末だ。
「そんな趣味は無いのでやめてください」
「だそうだ。金もだめ身も差し出してもダメ……これは予想以上の強敵ですがどうしたらいいでしょうか? わん」
『ちょっと朝陽ー? 黒ちゃんそこまで言ってるなら受けてやれし、つーか受けろ。 投資受けてこい、わんっ』
「いろいろとあえてツッコまないけど、絶対にサークルになんか入らないからね」
いつの間にか電話で会話に参加してきたねーさんにそう答える。なんでこの人たちは俺の意思というものを尊重してくれないのだろうか。自分の意見を押し付け過ぎなんだよ。
『えー? せっかく黒ちゃんがお金も体も差し出すって言ってるんだから受け取っておけばいいじゃん? うちは空いてるから黒ちゃん飼育していいよ?』
「いや、いらないから。てか、飼うって家畜じゃないんだから……」
「私を家畜扱いとは酷い言い草だな朝陽さんよ。せめて愛玩動物くらいにしてほしいのだが……」
「そこじゃねーよっ!」
『あははははっ! いや、マジで面白いね黒ちゃんは、朝陽は冗談通じないところあるから気をつけないとダメだよ~』
電話越しでゲラゲラと笑うねーさん。この人、絶対この状況面白がってるな。こっちは本気で困っているというのに……
「やれやれワンワンと騒がしいですね。勧誘の話じゃなかったんですか?」
お盆の上にティーセットを乗っけた七葉さんが呆れ顔で部屋に入ってきた。どうやら、紅茶を入れてくれたらしい。服装も寝間着から可愛らしいワンピースに変わっていて髪もさっきよりも整っている。
「おお、すまないな七葉君。それで朝陽さんは私の誘いを受けてくれるだろうか? ワン?」
「だから、何度も断っていますけど答えはノーです。あと、その犬ネタいつまでやるんですか?」
「私は犬よりかは猫派です。にゃー」
「七葉さん、もういいから……」
可愛らしく猫のポーズを真似する七葉さんを制止させる。これ以上、話をややこしくしないでほしい。彼女までボケに回ったら収拾がつかない。
「困ったな。どうしてそこまで拒否するんだ?」
「さっきも言いましたがもう描きたくないからです……」
「……それは何故なんだ? 理由を聞かせてくれないか?」
さっきまでのふざけた様子とは違い真剣な顔つきで俺に尋ねてくる黒瀬さん。この人は少し人のプライベートにずかずかと踏み込み過ぎじゃないのか? ここまで嫌って言っている人をサークルに入れたいとかどんな神経しているんだよ。普通ありえないだろ。
「……あなたに話す義理はありません」
「……そうか」
冷たく突き放すかのように拒絶すると彼女は残念そうな表情をする。悪いがこちらだって嫌なものは嫌だからな。
「話は終わりですか? もう帰ってもいいですか?」
一刻も早くこの場から離れたくて立ち上がろうとするが、七葉さんの手が腕を掴みそれを阻む。
「まーまーどうでもいい話の結末はともかく紅茶は飲んでいってください。これ英国の高級茶葉なんですよ。きっと美味しいはずです」
「え、えーと……」
強引に引き止められてしまい仕方なくそのまま七葉さんに肩を押されるような形でベットに座らされる。
「七葉さん……大事な話をどうでもいいとは酷いな。私は真剣なのだが……だいたい君もサークルメンバーなら未来を憂いたらどうなんだ? それでも……んぐっ!?」
「まあまあ、そうカリカリしないでください。ほら、これでも食べて落ち着いてください」
そう言ってどこからともなく取り出したクッキーを無理やり黒瀬さんの口の中に押し込んでいく。モグモグと咀嚼しながら不満そうに七葉さんのことを睨む。
「ほら、朝陽さんもどうぞ」
そう言ってティーカップとお菓子を差し出してくる。受け取ったそれの湯気からはほんのりと甘い香りが立ち込める。
……誰になんと言われようと俺はもう……
ゆっくりとそれを口を付けると温かい液体が喉を通り胃の中へと流れ込んでくる。甘い味と香りが口内を満たしていくとなんだかホッとするような気持ちになる。
苦い自分の気持ちと裏腹に紅茶の味はとても甘々で優しい味がした。
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