第1章 人気絵師、再出動!

5話 北欧で大熊に囲まれた方がヤバかったかな?


「…………」

「…………どうしたんだ? 不服そうな顔をして?」


「すいません」

「どうした? 遠慮なく言ってくれたまえ朝陽さん?」


「なんで、自分車に乗っているんですか……?」


 本当に意味が分からない……昨日の夜に日記を書いたあと、しっかりと自分の部屋で寝たはずだったのに……目が覚めたらそこは見知らぬ車の助手席。しかも、運転しているのは昨日会ったあの作家の人。なにこれ? 誘拐……?


「乗り心地はどうかな? あ、朝食はちゃんと用意してある。コンビニで鮭とツナマヨのおにぎりを買っておいた。お腹が減っているのならぜひ食べて欲しい」

「いや、そういうことじゃなくてですね……?」


「むっ? もしかしたら、鮭とツナマヨは嫌いだったかな? すまない、うめぼしや明太子の方が好みだったのか……申し訳ないが私が頂いてしまったよ」

「いや、だからですね? おにぎりじゃなくて――」


「ん? 朝はもしかしてパン派だったのか? ふむ……君のお義姉さんに聞いておくべきだったか……」

「あのー聞いてます? それとも耳が無いんですかー? 飾りなんですか?」


 一向に俺の話に耳を貸そうとしない世界的人気な作家先生。あと、俺はパン派じゃなくてごはん派なので……それよりもこの人は俺を誘拐して何をしたいのだろうか?


「どうしたんだ? 犯罪者を見るかのような蔑んだ目をして」

「それ、分かってやってるんですか? それとも人の気持ちが分からないサイコパスなんですか?」


「くくく……まあ、からかうのはもうやめようか。君は感情が表に出やすいからいじめ甲斐があって面白い……」

「性格悪いですね。誘拐されて混乱している相手にやることじゃないですよね?」


「まあ、そんな怒るな。おにぎりでも食べながら聞いてくれ」


 信号に引っかかり車が止まる。その間に彼女はコンビニのビニール袋を手渡してくる。中身は鮭とツナマヨのおにぎりが二つ。正直、誘拐してきた怪しい人間の食べ物なんか食べたくないので受け取るだけにしておいた。それを見た彼女は薄ら笑いを浮かべる。


「ふっ……まあいいだろう。眠っている君を無理やり連れてきたのは謝ろう。すまない……でも、私はどうしても君にサークルに入って欲しくてな」

「嫌です。昨日、言った通りですよ? お断りです」


「日を跨げば意見が変わると思ったのだが……厳しいな」

「寝込んでいる人間を許可もなく誘拐しておいてよく良い返事を貰えると思いましたよね?」


「許可なら君のお義姉さんにいちおう取った。問題ない」

「家主に許可貰えば本人の意思は無視していいって訳じゃないですよねっ? あと、ねーさんは何やってんの!?」


 なーに誘拐に加担してんだよ?? せめて誘拐するにしても話ぐらいは……いやいや、それはそれで変な話か。明日、誘拐されるから準備しとけってどーいうことだよ? 頭痛くなってきた……


「君のお義姉さんは朝陽さんが活躍するのを大いに賛同してれたよ。本人もやりたいはずだからぜひ……と」

「その本人はしっかりと昨日のあの時に断ったはずなんですけど? 何度も言いますが、お……私は別に自分の絵で成り上がろうとかそんな考えは無いですよ? 一人で黙々と描ければ良いんです。早く家に返してください」


 そう、昨日この人が俺に言った『サークルに入れ』という言葉。


 彼女はとある同人サークルに所属しているらしくゲームや漫画を作りたいとのこと。主にデザイン、絵担当にぴったりな人材を探していたらしく店で俺の絵や漫画を見て彼女が求めていた理想の絵柄そのものだったのでスカウト。


 そんな気分が盛り上がったこの人には悪いが、しっかりさっき言ったように断らせてもらった。その後は「そうか、まあ……君の意思を尊重するよ」とか言ってたのにこの有り様だ。ねーさんも共犯しているから質が悪い。俺の意思はホントどこにいったし……


 ふと、窓の外に目を向ける。人を拐って平然としている誘拐魔の車は随分と街の中に出てきているようで、大きな建物や人の数がどんどんと増えてきている。


 マジでどこに連れて行く気なんだよ……? 黒い長髪を揺らしてご機嫌そうにハンドルを回している誘拐魔を睨みつける。


「そんなに睨むな? 別に身代金を要求したり監禁したりしようというわけではないんだ。少し来て欲しいところがあってな」

「いや、だから行くなんて同意してませんってっ! あと、なんでそんなに平然としてられるんですか?」


「世界を放浪していろんなことに巻き込まれてきた私にとっては大抵なことには動じない自信がある。メキシコの砂漠でマフィア相手に銃撃戦繰り広げたあの出来事に比べれば、小娘を拐って拉致するぐらいどうってことないさ」

「さらっととんでもないこと言いましたね? あと、いけないことをしてるって自覚はあったんですね」


「ふむ、確かに良くないことだが、それ以上に良くないことも少なからずやってきたからな。まあ、結局はバレなければいいってやつだよ」

「誇って言うことじゃねぇ……」


 頭がおかしいですこの人。そして、頭のおかしい人に連れて行かれる俺……実際にかなりのピンチです。ねーさんも当てにならないし俺は死ぬのか? 今から殺されるの……?


 不安を積もらせる俺の気持ちとは裏腹に車はさらに街の中に進んでいく。大きなアニメキャラクターが描かれた看板。『Anime』『Comics』『Game』と描かれたお店に並ぶ長蛇の行列……ここはよく見覚えがあった。


「オタク横町……?」

「そうだ。ここに我々サークルの拠点があって今日から君はそこに所属することになる。絵担当のエースとしてな」


「勝手に所属させないでください。エースじゃないです」


 ちっともツッコミが効かない彼女に絶望しながら外の様子を眺める。オタク横町とはこの数年盛り上がっているサブカル文化を象徴するかのように発展したオタクのためのオタクによる街。


 昔、仕事やプライベートでもよくここに来たが……まさか無理やり連れて来られることになるなんて……二度と行かないって誓ったのに。


 1年前……あの炎上する前までは輝いて見えたオタク街の街並みも今では曇って暗く見えてくる。今、視界に映る連中の中に俺のことを叩いたり燃やしたりする輩がいると思うと気が重くなる。


「やはり、君はすぐに顔に出るな……」

「な、何がですか……?」


「後悔しているようにも見えるし、とても悲しんでいるようにも見える……やはり、心で思った感情がそのまま浮き上がるみたいだな……この街で何かあったのかな?」

「妙な詮索しないでください。あなたには関係ありません……」


「ふっ……そうか」


 そう言いハンドルを大きく回すと車はとあるビルの地下駐車場に入っていく。車内が暗くなり本当にどこに連れて行かれるのだろうと不安感が大きくなってくる。


「そんな怖がらなくてもいい。本当に君をどうこうしようという訳ではないんだ。ただ、我らのサークルに入ってもらって絵を描いて欲しい……それだけさ」

「そう言いますけどね? 私は入りたいなんてこれぽっちも思ってませんし、誘拐されてほいほい組織に着いていく人間じゃありませんよ」


「これは手強いな……最終的には快楽に沈めて……あれ打ち込めば……」


 本人の前で恐ろしいことをぶつくさと言い始めやがった。これから俺はいったいどうなるんだろうか……? おにぎりが入ったビニール袋をグシャっと強く握り締めた……

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