第30話

 瀬戸にトドメを刺した秀蔵はそのことを素直に報告した。


 上級中位として猛威を振るっていたのは行方の知れなかって瀬戸で、瀬戸は亜人だったと。


 だがその報告は受け入れられなかった。

 何せ秀蔵以外の人には彼はただの亜人にしか見えず瀬戸の姿をしていなかったから。


 秀蔵とその他の間で見え方が違っているのだ。


 そうなれば間違っているのがどちらか。当然の如く目の見えない秀蔵の意見が受け入れられる事はない。


 それでも秀蔵は訴え続けた。


 亜人が瀬戸だと。


 そんな受け入れられない事実を訴え続ける秀蔵に与えられたのは狂ったという評価だけ。


 生まれながらにして目が見えず、剣士という茨の道を進み、幼い頃に父を失ってからも力を求め続けていた。


 さらにあの剣聖・・・・のもとで一年も修行してきた。


 気が狂っても仕方ない、と。


 周りの人間が口を揃えて言うのだ。


 秀蔵はだんだんと自分に見えていたものが本当に間違っていたのかもしれないと思い込み始め、そう思うと全てが疑わしくなってしまう。


 今目の前にいる人間は本当に人間なのだろうか。姿を偽った亜人じゃないのか。


 今自分はどこにいるのだろうか。心眼に映る景色は本当に正しいのだろうか。


 そういった疑いが徐々に募り、一ヶ月。


 秀蔵は心眼を失った。


 なにも見えない。なにも見たくない。見ても本当に正しい光景なのか判断できない。


 視覚を失って秀蔵に頼れるのはその他の五感だけ。


 だけど、本当にそこから得られるものは正しいのだろうか。

 一つを疑うと他も疑わしく感じてしまう。


 なにを信じればいいのかわからなくて、秀蔵は部屋に閉じ篭もるようになってしまった。


 完全な暗闇の世界。


 心眼を得てから忘れていた光景だ。


 秀蔵はただ一人。感じるものを全て遮断して心の裡に閉じこもる。


 それがことの他心地いい。己だけで完結した絶対に信じられる世界。


 もうこのままでいいんじゃないだろうかと、暗闇を揺蕩っている時。


「秀蔵」


 強引に秀蔵の世界に入り込んでくる者がいた。


 ヅカヅカと無遠慮に近づいてそのまま胸ぐらを掴み上げられ。


 ゴツンと強烈な頭突きが秀蔵の目覚まさせる。


「シャキッとしないか馬鹿弟子が」

「し、しょう?」


 突如現れた玲那は秀蔵と額を突き合わせながら、はっきりと言う。


「自分を疑うな、見える世界を疑うな、お前の鍛え上げてきた力を見損なうな。お前は間違ってなんかいない」

「で、ですが……あぐっ」


 秀蔵を肯定する言葉に反論しようとした途端再度強く頭突きを喰らう。


「忘れたのか? 私の言うことに疑問を持つなと!」

「ぐっ、は、はい!」


 玲奈の一喝に秀蔵の曲がった背中がシャキンと伸びる。

 修行中何度も行われたことで反射的に背筋を伸ばしてしまうほど癖付いていた。


 だから俯いてなにも感じとらないようにしていた秀蔵の感知範囲に確かに玲奈の存在を感じ取った。


「今お前の前にいるのは誰だ?」

「し、師匠です!」

「そうだ。私だ。お前はちゃんとわかっているじゃないか」

「あ、あぁ……」


 ぐちゃぐちゃしていた頭の中がスッキリした気分だった。


 そうだ。目の前にいるのは、感じ取っているのは師匠の存在だ。自分は間違ってなんかいなかった。


 失いかけていた自信が戻り見ようとしていなかった世界が見えてくる。


「師匠、俺瀬戸さんを見つけたんです」

「あぁ」


 この事を協会に報告した時は誰一人として信じてくれなかった。しかし玲那はその話を真剣に聞いている。


「だけど瀬戸さんが亜人になってて、でも誰も瀬戸さんだってわからないんです。俺、なにを信じたらいいのかわからなくなって……」

「秀蔵、詳しく聞かせてくれ」


 それはもう鬼気迫る表情で。

 玲奈の気迫に押されながらも秀蔵は先日の討伐作戦について話し出した。


 話を聞いた玲那は先ほどまでの鬼気迫る表情から一転、気の抜けた表情でぺたりと地面に座り込む。


「あぁ、そうか。お前ならもしやと思ったが、そうか、そうか……」

「あの、師匠……」


 まるで気迫を感じさせない玲那に戸惑う秀蔵。


 玲那はそんな秀蔵に向けて口を開いた。


「私には妹がいたんだ。おそらく私が殺してしまった・・・・・・・・双子の妹がな」

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盲目剣士の見えざる覇道 はりねずみ @Senya8454

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