第29話

 亜人と二人の剣聖の戦いは徐々に過激さを増していく。

 瓦礫が吹き飛び、切り刻まれ。

 戦闘の余波が外に向かわないようにするだけで秀蔵たち上級剣豪は精一杯だった。


「いやぁ……流石は剣聖だな」

「強くなった気ではいたが、まだまだ先は長いぞ……」


 その戦いに他の剣豪達が頬を引き攣らせている。剣聖の戦いなどそうそう見られるものではない。

 故に実は剣聖の本当の実力というのを知る人は少なかったりする。

 この場にいる剣豪達も剣聖の戦いを間近で見るのは初めてだったようだ。


「っ!!!」


 秀蔵は刀を振い亜人が放った飛斬を切り捨てる。ビリビリと刀を通して体を痺れさせる威力に冷や汗が流れた。


 木下と大山が入り混じるような連携に対して亜人は真っ向から跳ね除けている。

 それだけで比嘉の実力は推しはかれる。


 今はまだ食らいつけている。だがそれも時期に出来なくなるだろう。

 何か現状を打破する手を考えなければ、一等中位という化け物が野に放たれてしまう。


 秀蔵は息を整えて神経を尖らせる。

 思い出すのはあの首領と名乗った大男との戦い。

 心眼を見開き、まだ手の届かない場所に背伸びして無理やり触れる。


 朧月。

 その場の誰にも気づかせず、自らの存在をあやふやにする。それは攻撃をすり抜けるだけではなく認識を外す力もある。


 この場に今の秀蔵を認識できるものはいない。

 余波がギリギリを掠めようとも心を乱さず、平静を装いひっそりと距離を詰めていく。


 極限の集中。一歩間違えれば細切れにされそうな戦闘に紛れ込み、秀蔵の間合いに亜人と捉えた。


 朧月を発動している今、使える技はシンプルなものだけ。

 豪剣。

 刀に剣気を纏わせ強撃を亜人に向けて放った。


 いつの間にか接近していた秀蔵に攻撃されるまで気づけなかった亜人。普段なら対して脅威を感じない一撃だったが意表をついたことで亜人の気が乱れる。


 それは一瞬の事だ。だがその一瞬を二人の剣聖は見逃さない。


「ヌゥッ!!」

「はぁぁ!!」


 戦いが始まって初めて感じた手応え。二人の攻撃は深く亜人を斬りつけた。


 亜人の命もそう長くはないと言える致命傷。

 多くの血を流したたらを踏んだ亜人がそのきっかけでもある秀蔵を睨みつけた。


 強い殺気のこもった鋭い眼光を受け秀蔵の体が硬直する。もうこの亜人にできることはないとはいえそれでも恐怖を感じずにはいられない。


 だがなぜか、その眼光の奥に知性を感じた。

 何かを訴えかけているかのような、そんな意思を。


 何を、と考えているうちに亜人が動く。


 悪あがきのように粉塵を巻き上げ姿を隠す。


「逃げるぞ!」


 山下の声にハッとした時には亜人はすでに姿を消していた。

 縮地かそれに似た移動方法なのだろう。


「あの傷じゃもう出来ることはないだろうけど念のため最期を確認しておこう」

「だな。手分けして探し出すぞ」


 秀蔵は心眼を開き、僅かな痕跡から跡を追っていく。

 あの亜人が息絶える前に何を訴えていたのか。

 その気掛かりを解消するために。


 亜人はすぐに見つかった。

 少し離れた路地裏の影。電柱に持たれるようにして座り込んでいた。


 秀蔵が近づくと亜人が顔を上げる。亜人特有の澱み腐った血のような赤い目がのぞいている。


「ぁ、ぁ……」


 亜人が何かを話そうとするが霞んでいて聞き取りづらい。


「ぅ、ぞ……く、ん。……〜〜〜〜ッ、ぼく、ぁぁ……〜〜〜、ちが、ぅ」


 何を言っているのか、何を伝えたいのか。


 途切れ途切れでわからない。ノイズのようなものが走って聞こえない。


 ノロノロと挙げられる僅かに剣気の込められた腕。

 死に際に足掻くのかと警戒するが、攻撃しようとする意思は感じ取れなかった。


 何かを伝えるような動作。必死に口を開くが伝わらない言葉。


 秀蔵は慎重に手を伸ばし、亜人の手に触れた。


 攻撃するわけでもなく、亜人に触れたのは初めてだった。皮膚を通して感じる熱。弱々しい脈拍も感じる。


 そして触れた手から伝わる亜人の剣気。


 触れてようやく気づく。


「瀬戸、さん……?」


 そんなわけがない。そんなはずがない。

 何故なら瀬戸はずっと前に行方がわからなくなっていて。

 それに瀬戸は人間だ。この亜人から瀬戸の剣気を感じ取れるはずがない。


「あ、う、嘘だ……。そんな、はずが」


 ありえない。しかしそれを理解した瞬間から、秀蔵の心眼に映る光景が変わっていく。


 ただの亜人だった。剣を持つ一等中位の亜人だ。なのに今秀蔵の心眼には、死にかけた瀬戸の姿が映っている。多くの血を流し、傷だらけで、赤い目をした瀬戸の姿なのだ。


「どう、なって……」


 理解し難い状況に秀蔵はどうすることもできず、瀬戸が息を引き取る瞬間を呆然と眺めていることしかできなかった。

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