第26話

「おはよう」


 秀蔵がその部屋に入り挨拶した瞬間、ざわめきが一瞬で静まり返る。

 その空気がなんとも居心地が悪い。まぁそれも仕方がないだろう。


「えー、っと。一年間宜しくね?」


 望月秀蔵。つい先日昇格試験を合格し上級剣豪となった盲目の剣士。

 とは言え彼は今十六歳。普通なら高校に通っている年齢である。と言うか秀蔵も一応高校に入学してはいるのだ。

 しかし去年は玲那の下修行三昧で家にも帰っておらず、学校に通えているわけもない。


 当然の如く出席日数が足りず留年という結果になってしまうわけだ。


 そして今日は継続して一学年の新しいクラスにやってきたわけだが。


 既に入学式は二ヶ月前。新生活が落ち着き始め日常へと切り替わり出した頃合いだ。


 そんなところに入り込んできた異物。留年した年上で、全く学校に来ておらず、しかも目の見えない剣豪。というわけのわからない存在だ。


 静まり返るのも無理はない。


「あー、ごめん。俺の席ってどこかな?」

「あ、あそこ」


 とりあえず近くにいた男子生徒に席を教えてもらい着席。荷物を置いた秀蔵は着慣れない制服に身じろぎする。


 あぁ、居心地悪いなぁ。と周囲から感じる視線を避けて外を向く。運のいいことに秀蔵の席は窓際だった。


「ね、ねぇ望月、先輩? くん?」


 そんな空気の中勇気を振り絞り一人の女子生徒が話しかけてくる。

 クラス中がおぉ、と感心する。


「あー、同じ学年だし先輩じゃないから好きに呼んでいいよ」

「じ、じゃぁ望月くんって呼ぶね」

「うん、それでどうしたの?」


 普段年上に囲まれているため同年代とどう接すればいいのか。秀蔵は悩みながら出来るだけ落ち着いた声で返す。


「えーっと、望月くんって本当に眼が見えないの?」

「見えないけど、どうして?」

「教室に入ってからも杖とか使わないで歩けてたからさ」

「あぁ」


 盲目の人間と言えば介添が付き添ったり点字ブロックや杖を頼りに移動するというのが普通だろう。

 しかし今の秀蔵は視覚を除いた五感だけでも健全な人間と変わりない生活を送れる。


「反響する音とか足から伝わる振動とか、風の流れとかで周囲のことは大体わかるんだ」

「へぇ! すごい達人っぽい」

「自分で言うのもなんだけど達人級ではあるからね」


 盲目の人。学校に来ない不良。剣豪という強い存在。そんなイメージからもっと関わりづらい存在かと思えば、初めから最後まで物腰の柔らかな対応をする秀蔵にクラスの空気が解れていく。


「剣豪級って聞いたけど本当なのか!?」

「剣聖の深山さんに会ったことある!?」

「それって望月くんの剣? すげー!」


 秀蔵が接しやすい人だと理解した途端、多くの生徒が詰め寄ってきた。その勢いは秀蔵をしても押されるものがある。


 彼らはまだ高校生になって間もない子供。秀蔵はそんな彼らの好奇心を引く恰好の的だった。


 わちゃわちゃとした彼らを宥め順番に質問に答えているうちに朝のSHLの時間がやってくる。


「騒がしいぞ、静かにしろって言っても難しいか。よく来たな望月」

「いやぁ、ご迷惑をおかけしてすみません伊藤先生」

「いいんだ。本業が忙しいのはわかっているし、それでもこうやって登校してくれるだけでも先生は嬉しいよ」


 今年の担任は去年も秀蔵が通うはずだったクラスを担当していた教師だった。

 人当たりのいい生徒からの人気も厚い教師だ。


「今年は学校に来れるのか?」

「今のところ長期間ここを離れる用事もないので仕事がない時は通おうと思っています」

「そうか、まぁ無理はするなよ」

「はい」


 SHLが終われば直ぐに授業だ。一時限目は現代文となっている。必要な教科書類を取り出して机に並べる。


「……点字の教科書とかじゃないんだ」

「ん、まぁ見えないけど読めるから」

「見えないのに読める……?」


 隣の席から覗き込んできた女子生徒は秀蔵の言葉に首を傾げる。

 今の秀蔵は心眼を応用すれば文字を読むことも出来るようになっていた。


「こことか、ーーーーー」

「おぉ、本当に読めてる」


 すらすらと掲載されている物語の序盤を読み上げてみればパチパチと手を叩いて感心してみせる女子生徒。


「眼が見えてるわけじゃないんだよね?」

「見えてないよ。なんていうか、感じる、と言うか心の眼で見るって言うか」

「へぇ、なんかすごい」


 なんかすごいで済まされる技術ではないのだがそこは剣士を知らない女子高生だ。


「あ、私正村まさむらのぞみっていうの。宜しくね望月くん」

「よろしく正村さん」


 隣の席の女子生徒正村と自己紹介を終えたところで授業が始まった。

 現代文を担当する教師の声に耳を傾けつつ、少し肩の力を抜いた。


 登校するにあたって秀蔵も僅かに緊張していたのだ。一年ぶりの、しかも年下に混じることとなって馴染めるのかと。


 しかしそんな心配は杞憂だった。


 何事も起きなければ通い続けることになる学校生活は、思ったよりも楽しめそうだと秀蔵は頬を緩めた。

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