第25話

 その後、瑞希がのめり込んでいた宗教団体は解体されその被害者たちは皆亜人だった男の洗脳から解放された。


 わかっている限りでは少なくとも三十人以上の死者行方不明者が出ているとのこと。


 新聞やニュースにも取り沙汰される出来事となった。


 そしてそれを阻んだ事になっている秀蔵はというと。


「グゥッ、そう簡単にやられてたまるかって!」

「甘いですよ海堂さん」


 事件の発生から二週間。剣気を使い治癒力を向上させた結果異常な速度で傷を癒やし今では万全な状態にまで回復していた。


 そして実家の道場で海堂と早速模擬戦をしている。


 扱うのは木剣木刀。大きな怪我を与えかねない技を除いてなんでもありのルールで。


 海堂が木剣を振るうが秀蔵はそれを絡めるようにして太刀筋を歪め逸らしてしまう。


 体勢が崩れた一瞬の間。秀蔵の姿が海堂の視界から掻き消える。


 後ろか。と瞬時に判断し木剣を振り抜く。しかしその時にはまたも背後に回り込まれており空振ってしまう。


「チェックメイトですね」

「……かぁーっ。負けた負けた! もうお前には勝てねぇなぁ!」


 首に木刀を添えられた海堂が木剣を投げ捨て手を上げる。

 その様はどこか清々しい。


「そろそろ休憩にしませんか? 飲み物用意してますよ」


 キリがいいところでそばで見学していた瑞希が声をかけてきた。


 以前までのような陰った表情は見られない。昔に戻ったかのような朗らかな表情をしている。


 あの事件の後瑞希と秀蔵は二人でしっかりと話し合った。今までのすれ違いが不幸を齎していたのだと自分たちの気持ちをはっきりと言葉にして伝え合ったのだ。


 この一年で開いた溝も母子で歩み寄り徐々に埋まりつつある。


「そう言えばあの首領とか名乗ってた男の素性は分かりましたか?」

「いや、協会の登録名簿には載って無かったなぁ。恐らくもぐりの剣士か」

「人を偽る亜人か、ですね」


 首領と対峙した秀蔵には亜人特有の気配を捉えきれなかったが、あれだけの猛者だ。秀蔵に感知できないほど力を隠蔽できる可能性も否定できない。


「しかしだとしたらあの男は何がしたかったのか……」

「色々謎は残ったままか……」


 当然協会による調査も行われたがこれと言った情報は得られず。


 首領の素性は行方と同じく不明のまま。


「……強かったです。俺もだいぶ強くなってるはずなのに、軽くあしらわれました」

「今の秀蔵をあしらえる存在といやぁ、もう剣聖か一等は確実だな」


 一等と言えば剣聖と同等の力を持つ亜人の存在だ。そんな存在が野良に現れたとなると国は大騒ぎになる。というより既に大騒ぎだ。協会の持ちうる情報収集能力をフルで活用して首領なる存在の捜索にあたっていた。


 しかし情報は出てこない。


「協会の情報網を掻い潜るとなれば……単独じゃ無理なはずだ」

「首領と言うぐらいですから何かしらの組織を率いているのは確実でしょう」

「……亜人が組織だって動いてるとなったら、かなり最悪な事態になるなぁ」


 今までも亜人が組織立って行動することは何度もあった。その度に大きな被害がもたらされている。


「使徒崇拝も亜人によって組織されたかもしれないって話があったな」

「……俺が遭遇した亜人ですね」

「なんだ。何か気になることでもあるのか?」


 思い出すのは五年前のあの事件。人のように気配さえも偽っていた強い亜人。今思えばあの亜人も一等以上の力を持っていたのだろう。


「……いえ、あの亜人も強かったなと思っただけです。俺もまだまだ頑張らないと」

「ったく。あんまり気を張りすぎんじゃねぇぞ? また瑞希さんを悲しませるようなことしたらタダじゃおかねぇからな」


 海堂にガシガシと荒っぽく撫でられる秀蔵。そこは反省しているため大人しく海堂の手を受け入れる。


 そして一人口に出さず思案する。


 使徒崇拝の亜人。首領を名乗る謎の人物。依然行方のわからない正彦。


 様々なワードが脳裏を駆け巡り、重なり合いそうで合わないもどかしさ。

 何かが足りない。まだ秀蔵の知らないことが多く思考は定まらない。


「父さん……、俺頑張るから」


 姿を消した父を想い秀蔵はポツリと言葉を溢した。

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