第43話 カザリナの決意
マズシーナ王宮内。カザリナの居室には、今日も手紙が届けられる。
文面の出だしは大抵、愛しの君よ。あるいは、何よりも気高く美しき花へ、とある。
本心から書いた言葉でない事を、カザリナは理解している。単なる流行り文句だ。届けられる恋文の全てがパターンに収まるのだから、怒りよりも呆れが先に来る。
「どなたも創意工夫に欠けますね。教本を丸写しにしてるかのよう」
「そう仰いますな。皆が皆、洒脱を解する訳ではありますまい」
爺やは苦笑してたしなめるが、やはりカザリナとしては受け入れがたい。退屈な文、退屈な表現。心に響かぬ美辞麗句に、一体何の意味があるのか。
そもそも本人直筆ではない。手下が代筆しているのである。書面と、文末のサインで筆跡が違う事からも明らかだ。手紙を書く労すら惜しむ相手では、嫁ぐ気持ちなど起きようもなかった。
そう想う傍らで、一応は最後まで目を通す。彼女が気にかけるのは提示された金額である。婚姻の支度金がいくら支払われるのか。それが最も重要なポイントだった。
「メキキ家が700万ディナ。ハブリシブル家は750万ですか。少し無理をしていそうですね」
「700以上であれば、ミキレシア様も悪い顔をされますまい。いかがなさいますか?」
カザリナは、手紙に添えられた装飾品に眼を向けた。支度金とは別の贈り物。いわば『撒き餌』である。黄金のティアラや、銀細工のネックレス。指先で触れてみると、その美しさよりも、金属の冷たさが先に立つ。
カザリナの趣味や生い立ちとは、一切無関係なデザインだ。それらは愛人や遊び女に贈る予定だったものを、こちらに回してきたという経緯がある。
だから真心を感じさせる要素は何もなかった。単純に、金の臭いを撒き散らすだけである。
「お断りしましょう。いただき物も送り返します。まだまだ未熟者につき、という趣旨の文を添えて」
「宜しいのですか。この辺りが落とし所かと存じます。あまり吊り上げますと、取り返しの付かない悪評が広まる恐れも」
「良いのです。たとえ世間から強欲と呼ばれようとも。それに高く売ろうというのですから、母も口出しは出来ないでしょう」
「……御意」
爺やに代筆を頼むと、彼は居室から出ていった。そうしてカザリナは1人きりになると、窓の向こうに眼を向けた。
遠くにそびえる山々が見える。そこには鉱山がある事を知っている。そして、ウセンが囚われている事も。
「荒々しい場所だと聞く。無事だと良いのだけれど……」
ウセンとは、未だに顔を合わせてはいない。会いたい気持ちは募る一方で、恐ろしくもあった。
あの霧雨の日、彼の真心を泥とともに踏みにじった。シロユメクサの花冠が潰れる音は、今でも克明に覚えている。きっとウセンも同じだろう。幼心を傷つけてしまった分、相手の方が因縁も深いはずだ。
カザリナは思わず顔を歪めた。耐えかねて、身震いまでしてしまう。
「これは罪滅ぼしです、ウセン。私の権力を濫用してでも、あなたを刑罰から解放して……」
彼に許しを乞おう、とは思わない。過去の過ちは消し難いのだ。だから、せめて彼の力になろう。そんな言葉を浮かべつつ、変わらない窓の景色を眺め続けた。
迎えた翌朝の事。カザリナは地震をキッカケに目を覚ました。
「何でしょう。夜中の揺れといい、何か嫌な予感が……」
ベッドで身を起こしていると、使用人の誰かが叫んだ。山の方から火の手が上がっていると。
「あの煙は、鉱山から……!」
カザリナは飛び起きては窓に駆け寄った。確かに、黒煙が立ち昇るのが、遠目からでも確認できる。これまでにない、異常事態だった。
「こうしては居られない……! 誰か着替えを! 急ぎ出ます!」
メイド達を急き立てては、寝間着から着替えた。しかしそれ程に急いでも、事態の悪化が先に行く。
「城外に魔獣襲来! 守備隊が西門付近で交戦中!」
もたらされる報せは暗い。時が経てば経つほど、状況は悪くなる一方だった。
もはや一刻の猶予もならない。カザリナは王宮の中を駆け回った。
「お母様、カザリナです! どちらにいらっしゃるのですか!」
叫ぶ声に対して返答は無い。それどころか、使用人の数も不気味なほど少なかった。
訝しんで立ち止まると、ふと、馬のいななきを聞いた。1つではない、馬群かと思えるほどだ。その違和感に対する答えは裏口にあった。王宮の裏庭に、第一騎士団が集結していたのだ。
街を守るために戦ってくれるのか。最初はそう思えたのだが、騎馬隊の中に母の馬車を見つけてしまう。すると、腹の奥底が急速に冷えていった。当の自分が困惑する程に速く。
「お母様、これは一体どういうおつもりですか!」
裏庭に降りたカザリナは、開口一番に叫んだ。すると馬車の窓が横開きして、ミキレシアの目元だけが露わになった。
「グズグズするなカザリナ。お前も早く準備なさい」
「準備とは? この街は今、窮地に立たされているのですよ?」
「無論、ここは放棄する。我らさえ健在であれば、カブルソン一門も安泰というもの」
「マズシーナの住民はどうなるのです!?」
「愚民どもが死に絶えたとて、どうとでもなる。下等民など、放っておいても勝手に増えるのだから。そんなものが何百、何千匹と死のうとも、気にかける価値すら無いわ」
「お父様が愛した街を、民を、どうして簡単に棄てられるのです!」
カザリナの声は誰にも届かない。彼女の意志は一顧だにされる事無く、退避の準備が進められていく。
それから現れたのは騎乗の男、騎士団長のゴードンである。
「ミキレシア様、今ならば東門より抜ける事が出来ます!」
「宜しい。出発せよ。カザリナも早う」
馬車の扉が開かれる。しかしカザリナは動かない。馬がヒヅメを鳴らす音、いななく声が聞こえるだけである。
「それがお前の結論か。この母に逆らうというのだな」
「為政者たるもの、窮地の時こそ皆を導かねばなりません」
「そうか、ならばここで死ね。どこで育て方を間違えたか知らぬが、お前はもはや子ではない」
「お別れです、お母様」
「親孝行すらも出来ぬ冷酷な娘よ。いや、カザリナよ。せいぜい短いひとときを愉しむが良い」
進発。裏手門が開くと、騎馬隊の半数を先頭にして飛び出した。そこにミキレシアの馬車と荷車の列が続き、残りの騎馬隊が後列という陣形だった。
特に荷車の数が凄まじい。家具や衣類、金貨銀貨に、大量の精霊石。本当に逃げる気があるのかと疑いたくなるが、当人たちは大真面目だ。
そうして公爵夫人の一行は、東門から駆け去っていった。逡巡(しゅんじゅん)のない、速やかな撤退であった。
「お父様……。果たして私は、正しい選択をしたのでしょうか」
遺品の指輪に、指をそっと添えてみる。すると、鋭い頭痛が走るとともに、いくつもの光景が脳裏を過ぎった。
一枚絵の紙芝居がめくられていくのを、延々と見せつけられた感覚だ。妄想と呼ぶにはリアリティが濃い。非現実的だと思うものの、それらは全て現状に即した光景でもあった。
「今のは……もしかして!」
カザリナは急ぎ厩(うまや)へと駆けた。ほとんどガラ空きで、残された馬は少ない。
中を駆けずり回るカザリナ。そんな彼女だが、スカートの裾を噛まれる事で引き止められた。
噛み付いたのは、図体の大きな黒毛馬である。名馬に違いないのだが、気性が激しいせいで、今となっては乗り手が居ない。
「お前は、お父様の愛馬……!」
ヒヒンブルル。
「お願い、私を乗せて! 皆を助けたいの!」
ヒヒィン。
「ありがとう。良い子ね」
カザリナは馬に鞍(くら)を乗せようとしたのだが、襟首を噛まれてしまう。そして、ヒョイと持ち上げられ、馬上の人となった。
「待って、鞍(くら)も鐙(あぶみ)も無いと、私は乗れない――キャアアアッ!」
デストルードの愛馬は容赦が無かった。狭い王宮ですら全速で駆けてゆく。物陰を飛び越え、曲がり角は四肢を滑らせて強引に曲がる。閉じられた城門など、後ろ蹴りを浴びせて破った。しかも力づくではなく、かんぬきを狙って粉砕するという、頭脳プレーまで披露したのだ。
「お前は賢いのね。頼もしいわ」
カザリナが首筋を撫でようとした所、歯を剥いてまで怒られた。主として認められた訳ではなかった。あくまでも、主に近しい者だったが為に、渋々協力してくれたのである。
馬はどこか『調子にのるなよ小娘』とでも言いたげだ。人間に換算するとかなりの高齢である。礼を失すると、痛い目に遭いそうだ。
「申し訳ありません。軽率な振る舞いでした」
ヒヒィン。許された。
やがてカザリナは噴水広場に躍り出た。付近の様子はというと、逃げ惑う人で溢れかえっていた。貴人も貧民も無い。誰もが、迫りくる死の恐怖から逃れようと、東の方へ向かって駆けていた。
今や西門はもとより、南門、北門も魔獣だらけ。退路は東門だけと分かり、そちらに向かって大勢が押しかけたのだ。
このような窮地になると、力なき者から脱落してゆく。幼子は道に転んでは泣き叫び、老人は道端で荒い呼吸を繰り返すばかり。周囲の者が、救いの手を差し伸べる事もない。誰もが、我が身のことで精一杯なのだ。
「私が……私が皆をまとめなくては!」
カザリナは裏道を縫うようにして駆け飛んだ。文字通りに馬が駆けて、飛んだ。そうする事で東門まで、スムーズに辿り着いた。
そこは既に混乱の極地だ。住民を押し返そうとする騎士と、逃げ去ろうとする人々で押し合いが起きているのだ。
「門を開けろ! オレ達を見殺しにする気かよ!」
「ここは開けられない! こちらにも徐々に魔獣が現れ始めた! 開門すれば侵入を許してしまう!」
「ガタガタうるせぇんだよ、さっさと開けろぉ!」
「もう一度だけ警告してやる、ここから立ち去れ! さもなくば槍で一突きにしてやるぞ!」
「やれるもんならやってみやがれ! どうせ死んじまうなら、生き残れる方に賭けるだけだ!」
剣呑とした空気は、もはや一触即発だ。
やがて騎士が片手を挙げた。振り下ろせば血を見ることになる。本来は争うべきでない者同士で、殺し合いを演じてしまう。
カザリナは馬を急かした。そして衝突寸前だった両者の間に割って入り、高らかに叫んだ。
「皆のもの、静まりなさい! 即刻、矛を収めるのです!」
これには騎士団だけでなく、住民達も眼を剥いて驚いた。
――もしかしてカザリナ様?
――お偉いさん共は皆逃げちまったんだろ? どうしてここに。
――それよりも、あの悍馬を見事に乗りこなしておられる。あのお姿は、お父上にそっくりじゃないか。
勇壮な馬に跨り、凛とした声を響かせる様に、一同は怯んだ。在りし日の英傑を思い起こしては、カザリナに尊敬の念を抱くのだった。
「デストルード公爵の娘として、いえ、公爵代理としてカザリナが命じます。ここは逃げる局面ではありません。一致協力し、敵を追い払うのです!」
「追い払うって……この数を?」
「臆することはありません。戦略は亡き父が授けてくださいました。力を合わせさえすれば、必ず勝てます!」
カザリナは大まかに説明した。しかし、騎士も一般人も、半信半疑である。
「カザリナ様。街灯を壊して集めてこいって、そんな事してどうすんです?」
「ともかく急ぎなさい! 集めたものはひとまず西門へ! 生きるか死ぬかの瀬戸際ですよ、駆け足!」
「は、はいッ!」
逃げようとした住民たちは、弾かれたように駆け出し、街中に散っていった。そして手当たり次第に街灯を打ち倒しては、ランプの部分だけをもぎ取っていく。
それからしばらくして。大量のランプが西門付近に集められた。そこにはカザリナを始め、街の顔役や騎士の将官が揃っている。
「良いですか。この中にある火霊石を外に向かって投げます。なるべく一所に集まるように」
「それなら投石機が使えるかと。火霊石を袋に詰めて飛ばせば、全部をまとめて遠くに」
「良いでしょう。頼みますよ」
外壁では、今も激戦が繰り広げられていた。壁をよじ登るアリ達に対し、末端の兵や騎士達が懸命に防戦する。弓矢で射る、槍で突き落とす。高さを活かせるだけ、防衛側は有利だった。
守備隊の数は総勢二千。予備役兵まで引きずり込んでの防衛で、外壁上を埋め尽くす事で、どうにか撃退出来ている。どこか一角が崩れれば、防衛戦は瞬く間に崩壊する。
善戦しているとは言え、ひたすら戦い続けている。体力の無いものは既に限界間近であった。このまま戦闘を続行したならば、遠からず突破を許したに違いない。
しかし、カザリナは間に合ったのだ。
「投石機、放てーーッ!」
合図とともに麻袋が空を飛んだ。そして、遠くの原野に落下。袋の口からは、赤く小さな石が溢れて落ちた。
すると火焔アリ達の動きが変わった。西門の大半が街から背を向けて、袋の方へと駆け寄ったのだ。攻勢する圧力は極端に下がり、守備隊はようやく息をつくことが出来た。
「あの袋に向けて、火矢を!」
続けてカザリナが命じた。兵士たちは、弓の中でも重たいものを手に取り、必死の想いで引いた。強弓だ。狙いは定まらず、あらぬ方に矢が落ちる。
しかし運が味方したか、一矢だけが袋に刺さり、中の石を焼いた。すると、瞬く間に爆発。地面を震わせ、耳鳴りがするほどの規模で、巨大な火柱が立ち昇った。青空を焦がすかと思えるほどに、大きな柱である。
「見ろ! アリどもが!」
爆発が直撃した魔獣達は、炎に巻かれて弾けていく。誘爆は新たな誘爆を生み、無限に連鎖するかのようであった。
それらが治まった頃は、辺りは黒煙に包まれていた。真昼の日差しが暗く翳(かげ)る。突然夜が訪れたと錯覚する程の暗闇だった。
「や……やったか!?」
吹き荒れた風が黒煙を散らしてゆく。すると、眼前を埋め尽くしていた火焔アリは、その姿を消していた。方々で煙が燻り、地面を黒く焦がす様が、激戦の跡を物語るようだ。
「勝った! オレ達は勝ったんだ!」
「いえ、喜ぶにはまだ早すぎます」
カザリナの警告通り、気を緩めるべきではなかった。原野で穴が1つ、また1つ開いたかと思うと、中からアリが這いずり出てきた。それだけでなく、南北門の方からも、アリ達が攻め寄せてきたのだ。
「まだまだ来るのか……こんなんじゃキリがない!」
「自棄にならぬよう。先程と同じ戦法が通用します。他の守備隊にも伝えなさい」
「ハッ! ただちに共有します!」
カザリナは続け様に指示を出した。騎士と兵士達は防衛戦の維持。動ける者たちは街灯の調達と投擲(とうてき)の準備。子供や老人は、王宮にかくまう事にした。
「王宮へ誘導するにしても、手が足りない。街中に声をかけて回り、案内するとしたら……」
何か良い手段は無いか。そう考えあぐねていると、不意に声をかけられた。落ち着き払った、年かさの男である。
「いつの間にやらご立派になられまして。感無量にございます。まるで、デストルード様が舞い降りたかの如き、名采配でしたぞ」
「爺や! それに皆も!」
そこには見慣れた顔がいくつも並んでいた。長年連れ添った爺やに、メイド達。誰もが、顔を引き締めつつも、親しげな視線をカザリナに向けていた。
「どうして街に。てっきり母と共に逃げたものかと」
「カザリナ様を置き去りにして生き長らえる気など、毛頭ございません。そもそも、老い先短い命ですしな」
「アタシらだってカザリナ様に付いていきますよ! こちとら、死ぬまでご奉公するって決めてんですから!」
「我らだけではありません。外壁を死守する第2騎士団も、同じ想いにございましょう」
「皆……ありがとう!」
カザリナは涙ぐむ眼を拭いながらも、感傷には浸らず、皆に指示を出した。逃げ惑う人々に声をかけるようにと。
そこまで告げると、カザリナは西の空を見上げた。
「我らへのご指示、確かに仰せつかりました。して、カザリナ様は?」
「私は鉱山へ行きます。そこに、事態を収拾する機会があるのです」
「まことにございますか! では、護衛の騎士を選抜して……」
「いえ。それには及びません。街の防衛を薄くするのは下策でしょう」
「しかし、いくらカザリナ様の仰せといえど……。ここは精鋭騎士を送り込み、討伐するべきかと」
「安心なさい。父の見せた光景によれば、私一人で鉱山に向かうべきなのです。それに……」
カザリナは唇を引き締めた。覚悟の決まった瞬間である。
「あそこには、助けるべき人が取り残されています。私が行かねばなりません」
「……そこまで仰るのでしたら」
「ワガママを言ってしまいましたね。ですが、これが最善であると信じています」
「我ら一同、カザリナ様のご無事をお祈りしております」
皆が頭を下げるのを、カザリナは脇目で見ただけだ。そして西門の前で指示を出す。
騎士たちは驚愕したのだが、彼女の強い言葉に逆らえなかった。
「開門! カザリナ様、ご出陣ッ!」
開いた外門の隙間より、カザリナは飛び出した。前方には、少なからず魔獣が待ち受けている。しかし父の遺した愛馬は勇壮だ。怯むどころか、むしろ動きを鋭敏にさせて、火焔アリの猛攻を華麗にかわしてみせた。
そうして疾駆すれば、戦場の臭いも遠ざかる。カザリナは、苦もなく鉱山へと辿り着いた。
「ありがとう。後は私1人で行くから。アナタはどこか安全な所へお行き」
そう告げたものの、馬に立ち去る気配は無い。更には、頬をカザリナに寄せては、何かを訴えかける仕草を見せた。
「私をお友達と認めてくれるのかしら? 嬉しい……。ここで待っていても良い。でも危なくなったら、すぐに逃げるのよ」
カザリナは頬を優しく撫でると、踵を返した。向かうは戦場。坑道だ。
棄てられたツルハシ、横倒しの荷車、粉砕された樽。坑内は喧騒の後だけが残されており、それらをランプが無言で照らす。
静かすぎて気味が悪い。しかし、魔獣が居ないのは好都合であった。
「鉄格子が壊されている。これは幸先良いと考えるべきか……」
ひしゃげた格子を潜り抜け、鉱山内部へ。父が見せた光景を頼りに行けば、地中へ続く穴に辿り着いた。
「ここ……みたいね。敵が居ないと良いのだけど」
そこから先は無明の闇だ。しかし灯りは不要で、遺品の指輪が白く輝き出した。地下空間を照らすのに十分な光量だった。
しばらくして、最奥へと辿り着く。地底湖の側には、更に下へと誘うように、大穴が口を開いていた。
「ここから更に行けと。降りられるかしら?」
光を向ければ、穴は絶壁ではなく、自然な段差が散見された。意を決して降りてゆく。段差伝いに飛び降り、時には突起に掴まるなどして、ひたすらに下を目指した。
しかし、幸運は長く続かない。足場の一部が脆くも崩れた。その拍子に、カザリナは宙空に投げ出されてしまう。
「キャアアアーーッ!」
暗闇で絶叫が響き渡る。速度はみるみる増していき、留まる所を知らない。
やがて地の底まで目前となった。このまま打ち付けられれば、命がない事は明白だ。カザリナも、自分の命運が尽きたことを確信する。
「エア・ブラスト!!」
突如、鋭い声が飛んだ。すると地面の底から暴風が生じ、カザリナの身体に吹き付けた。呼吸すら飛ばされる程の勢いだったが、結果的にそれが彼女の命を救った。
底に落下した時は、尻が痛い、という程度で済んだのだから。
「いたたた……今のは?」
カザリナが四方に眼を向けると、1人の青年が駆け寄ってきた。その顔には縋り付くような色がある。
「良かったぁ、やっと助けが来た! このまま忘れ去られるかとヒヤヒヤしてさぁ!」
青年は、はたと立ち止まる。
「えっ……もしかして、カザリナ様?」
「あなたは、ウセン……!」
敵中にも関わらず、どちらも時が止まったようになって、見つめ合った。いや、硬直して凝視したという方が正しい。
こうして2人は長い長い時を経て、ようやくここで再会を果たした。魔獣の脅威渦巻く暗闇の下で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます