第31話 休息

「──皆の情報を総合するとこんなところか」


 チョークを置いてトビーが呟く。

 黒板には私達の報告した情報を書き込まれていた。


 ここは騎士団本部の会議室。

 蠢蟲の森の探索を終えた私達は、誰一人大怪我を負うことなく帰還することができていた。

 今は情報共有と対策を話し合っている。


「目立った違いはないっすね」


 誰かが呟いた。

 集められた情報は、事前に収集されていたそれと大して変わらない。


「ふぅむ、強いて挙げるなら、活動時間に比して魔物との遭遇が少ない気がするでござるが……」

「しかしまだ軽い調査しかしておりませんからね。誤差の可能性も充分にあるでしょう」


 浅部にせよ深部にせよ、二時間探索したにしては微妙に会敵回数が少なかった。

 集合時間に遅れないよう早めに切り上げたので、その影響かもしれないが。

 それからも話し合いを続け、明日からの捜索方針を決めた。


「よし今日のところはここまでだ。そろそろ時間・・だし食堂に移動しよう」


 その後宿舎の食堂で夕食を取り、それが終われば道具一式を持って大浴場へ向かう。

 食事や入浴をする時間帯は決められているのだ。

 先程、トビーが言っていた“時間”とはそういう意味である。


 備え付けの洗剤を使って体を洗い、湯船に浸かる。

 魔具により熱されたお湯が身体の芯まで温めて気持ちがいい。


「おいおいベック、もう上がるのかよ。湯には入らねーのか?」

「いいだろ、体は洗ったんだから」

「つれねーなぁ、浸かってこーぜ!」

「うわ、ちょ、離せよセニオっ」


 獣人は風呂が苦手だ、という俗説があるがベックはその例に当てはまるらしい。

 風呂場から逃げようとしたところ、同級生の一人に捕まってしまっている。

 取っ組み合う二人を「コラそこ! 風呂場で暴れない!」とトビーが注意した。


 〈空歩〉があるので転ぶことはないはずだし、たとえ転んだとしても身体強化で怪我は防げるだろうが、普通に行儀が悪いので叱られるのは当然だ。

 渋々とベックを放す同級生と、そのまま脱衣所に逃げるベック。

 同級生はとぼとぼ一人で湯船に浸かった。


 それらを何とは無しに見ていた私だが、ふと思い立ち隣に居るゼルバーに話しかける。


「背中のあざ、どうしたんだ?」

「……ああ、これか……」


 ゼルバーが体を捻って自身の背中を見、少し暗い顔をした。

 何かを思い悩むような間の後、ゆっくりと口を開く。


「……昔、魔物との戦いで怪我をして、その痕が残ってるだけだ」

「古傷だったか、それは悪い事を聞いたな。嫌なら学院に戻ってから保健室に行けば、神官に治してもらえると思うぞ」

「いや、いい。不都合もないし残しておこうと思う」

「そうか」


 ……しばし、沈黙が流れる。

 他の生徒達の話し声だけが反響していた。


「…………そう言えば、昼間に会ったマルセル伯爵はゼルバーの父君ちちぎみなんだよな?」

「そうだ」

「どんな人なんだ?」


 厳しそうな人だったけど、という本音は胸の内に仕舞っておいた。


「偉大な方だ。オレがここまで強くなれたのは父さんのおかげと言っても過言ではない」

「ゼルバーの師匠でもあったのか。通りで魔力操作が巧みな訳だ」


 私はそこまで魔力に敏感な方ではないが、それでも感じ取れるほどにマルセル伯爵の魔力強化は精密だった。

 恐らく真域にも至っているだろう。


「ああ、魔力操作も地属性魔技も父さんから叩き込まれた。父さんは領主だが魔導師としても優秀なんだ。かつてはコウリア魔導師学園に通っていたしな」

「……おぉ、それは凄いな」


 コウリア魔導師学園はコウリア騎士学院に並んで入学が難しい。

 学院生である私が言うと自画自賛みたいになってしまうが、世間一般から見て立派なことである。


「そうだ、凄いんだ。〈逢魔の闇〉や〈狂騒の注入〉といった高度な地属性魔技をいくつも開発している。学園の連中は認めなかったらしいが、オレは──」


 いつにも増して饒舌なゼルバーと話しながら充分に入浴し、それから私達は大部屋へと戻った。

 この大部屋にはベッドが等間隔で並べられており、男子約二十名が全員この部屋で眠る。

 私はその中の、自分に割り当てられたベッドに座り込んだ。


「ふぅ……」


 そのまま日課のストレッチを開始。全身の筋を伸ばした。

 一通り終わらせたところで次の日課に移る。


 ベッドの脇に設けられた棚。そこには荷物が置かれている。

 縦長のスペースに立てかけてある剣を掴み、手元に引き寄せた。

 無論、室内なので刃は鞘に納まっている。


「〈水纏・氷刄〉」


 魔力を流し、すぐさま【魔法剣】を発動。〈刄〉で凝縮した状態で魔象を発現させる。

 片刃に……否、鞘の片方に氷の刃が現れた。

 鞘までひっくるめて剣であると認識していれば、【魔法剣】の発動対象にできるのだ。


「〈炎刄〉、〈砂刄〉、〈岩刄〉、〈土刄〉──」


 立て続けに魔象を切り替えていく。

 魔象化前に〈刄〉を発動するのも、落ち着いた状態でならかなり素早く行えるまでになった。


「はははっ、目まぐるしいな」


 そんなことをしているとベックに声を掛けられた。

 先に風呂から上がっていた彼は、現在隣のベッドで胡坐を掻いている。


「毎日やっていれば慣れもする。ベックの【破岩の楔】もそうだったのではないか?」


 【魔法剣】の鍛錬を続けながら返答する。

 少しばかり速度は落ちたが、会話中でも発動できていた。

 他事と並行して発動できるようになったのも鍛練の成果だろう。


「そうだなぁ。俺も小っちぇえ頃はずーっとカーディナルを鍛えさせられてたわ。毎日楔を千本作るまで飯抜きとかされたんだぜ?」

「厳しい師匠だな」

「ま、そのおかげで今じゃ思い通りに生み出せるんだけどよ。俺のはコストが無い分、集中力の要求量が高かったみたいだから慣れが大切なんだよな。……と、そう言えばジークスの【魔法剣】は魔力が要るんだろ? そんなに使って大丈夫なのか?」

「消費は軽微だから問題ない。百回使ってもまだまだ余裕だ」


 【魔法剣】の消費魔力量は一Mマォーツ未満だと鑑定されている。

 そして私の魔力量は、春先に諮った時は百七十Mマォーツだった。

 【魔法剣】だけで消費し尽くすのは難しいとだろうことは想像に難くない。


「俺も寝る前に魔技の練習しとくかぁ」


 そう言ってベックは自分のベッドに座り直し、魔力を練り上げ始めた。

 しかし、実際に魔技として放つことは無く、術式が完成した段階ですぐに破棄している。

 術式の構築にも魔力は必要だが、実際に発動させなければ消費はそこまで大きくならない。


 この練習法は効率よく術式構築力を鍛えられると評判で、多くの者が行っている。


 その後、就寝時間が来たため私達は眠りについた。

 明日からは本格的な調査が始まる。

 充分に休息を取らなくてはならない。

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