第32話 アインクラッドワーム?

 翌朝。

 私達は早速蠢蟲の森深部にやって来ていた。

 空間拡張袋には昼食も入っており、今日は一日かけて調査を行う。


「〈風刄〉」


 斬撃が風を纏って閃いた。

 魔物の体が両断され、大きさの割には軽い音を立てて地面に落ちる。

 これでこの群れは最後だ。


 剥ぎ取りを始めるゼルバーとミーシャを横目に、私は周囲を警戒する。

 今回はベックも見張りをしているが、だからといって油断してはならない。


「ぁ、あの……そ、こは採取しなくても、大丈夫です……」

「む、そうだったか?」

「アース、アントの、素材部位は──」


 一応、この森の魔物の回収部位について説明は受けたが、全てを覚えている生徒は少ない。

 昨日、帰還後に全員の集めた素材を点検したが、結構ミスがあり担当の騎士から都度説明を受けた。

 それでもまだ完璧に覚えられたとは言い辛いので、ミーシャのように記憶力の良い生徒には助けられている。


「終わった、次の獲物を探すぞ」


 そうして再び歩き出す。

 今日の探索の目的は異変を探ることだ。

 昨日よりも本腰を入れて、おかしな点がないか徹底的に調査する。


 遠征訓練の期間は一週間。

 六日目と七日目は帰りの移動時間であるため、実質は五日目までしか活動できない。

 三日目である今日中に異変の原因が深部か浅部か当たりを付け、四日目と五日目で発見と解決を行う、というのが事前に建てた予定である。


 改めて見直してもかなり無理のあるスケジュールだ。

 広大な偏魔地帯でこれらを予定通りに熟すには、それなりの幸運が必要になる。

 実際の騎士の遠征では、もっと日程に余裕を持たせるべきだろう。


 しかしながらこれは訓練であり、私達は学生の身。

 あまり遠征訓練だけに時間を割くのも得策とは言えず、そのために一週間の期限が設けられている。

 もしタイムオーバーになっても教師陣が後始末をするので、生徒はそこまで気負わず活動できる。


「おっと、大物がいるな。群れじゃなく単体だ」

「分かった、そっちへ行こう」


 異変解決の手掛かりになるかもしれない、ということで進路を大型魔物の方へ変更。

 ベックを先頭にして進んで行く。

 相手は食事をしているらしく数分ほど歩いたところで、グチャッグチャッ、と嫌悪感を覚える咀嚼音が聞こえ出した。


「「「…………っ」」」


 木の後ろから音の発生源を覗き込み、絶句する。

 切り刻まれた蛾の魔物達が地面に散らばっていて、それらを一体の魔物が貪り食っていた。


 その魔物は耳目や鼻を持たず、顔面の大部分を巨大で丸い口が占拠している。

 その辺の樹木よりもずっと長い体を持つソイツは蠕虫ワーム種。

 蠢蟲の森では珍しく、単独行動を好む魔物であった。


 目の前のワームは金属性の影響を強く受けているのだろう。

 太く長い体の表面には鉄片のような物がいくつも生えている、

 また、鉄片の合間を縫うようにして黒い血管のようなものが全身に走り、不気味に脈動していた。


 蛾を噛み砕く牙には剣刃じみた鋭利な輝き。

 顎が収縮する度に蛾が噛み千切られ、魔力を含んだ緑血が地面を汚す。

 ただの食物連鎖ではあるが、恐ろしさよりも悍ましさが勝る光景である。


「相手は恐らく金属性だ。木属性魔技は効果が薄い」


 魔力強化があって初めて拾えるぐらいに微かな声で告げると、ゼルバーから首肯が返って来た。

 ちなみに、金属性に効果的なのは火属性だ。

 それから私はワームに向き直って剣を強く握ると、突撃のタイミングを窺う。


 その時は十秒とかからず訪れた。


「ギュっ!?」

「〈影針地獄〉」


 〈上級魔技:影針地獄〉の魔力を発動直前で嗅ぎ取ったのだろう。

 ワームは咄嗟に鋼鉄の盾を生み出し防御態勢に入る。

 が、結果としてその行動は無意味であった。


「ギヂュァァっ!!」


 地面に張り付いた影が盾の下を通過しワームの元へ。

 直後、影から生えた無数の影針がワームの体を突き刺した。

 〈影針地獄〉は大きな影を生み出し、それを敵の足下に移動させ、影針を伸ばして滅多刺しにする魔技なのだ。


 幾本もの影針に突き上げられ、ワームの体が少し浮く。

 緑血が針に滴り、ワームは苦しそうに藻掻いた。

 さすがは魔物と言うべきか、その動作によって影針は易々と折られてしまったが、私達の攻撃はまだ終わっていない。


「〈炎刄〉二重、〈過舞太刀かまいたち〉」

「……〈大、切断〉」

「ギョオォォォォッ!?」


 私とミーシャの攻撃がワームを斬り裂いた。

 のたうつワームの絶叫で木々が震える。

 金属音のような脳を揺さぶる音波だが、身体強化をしていれば多少不快な程度だ。


「アインクラッドワームっ……銀級魔物、です。巨体を活かした体当たりや薙ぎ払い、の他……鉄系の魔技を使ったり、全身の鉄片から武器を生やしたりして、戦います……っ」


 敵から離れたミーシャが大声で教えてくれる。


「ですが、あの黒い筋は、知りません……図鑑のアインクラッドワームには、あんなの、なかったはずです……。銀級魔物にしては、斬った感触が固かったです、し、不測の事態に、警戒を……」


 それだけ言うと彼女は茂みの中に姿を眩ませた。

 直後、激しく回転する鉄槍が彼女の居た場所を貫く。


「〈炎刄〉二重」


 炎を両刃に纏い直す。

 ミーシャの話を聞きながら〈斬波・炎刄うつし〉を放っていたのだ。

 ワームはその間、鉄片から展開した装甲で全身を守っており、炎刃はそれに防がれてしまったが。


「〈シェイドセイバー〉」

「〈投擲〉!」


 攻撃するために装甲を消したワームを、ゼルバーとベックの攻撃が襲う。

 〈シェイドセイバー〉は〈アイアンシールド〉で受け止められるも、軌道を操れるベックの楔は防御をすり抜けワームに食い込んだ。

 遠距離攻撃を受け後衛二人へと突撃するワームに、私は〈迅歩〉で側面より斬りかかる。


「〈迅歩〉」


 歩法系の闘技とフーカ流舞闘術で培った体捌きを駆使し、一太刀ごとに大きく移動しながら斬撃を見舞った。

 硬質な表皮も、弱点の火属性を纏っているため容易く刃を通せる。

 斬り付ける度に近くの鉄片が変形し、棘を伸ばして襲って来るが、その時には他の場所に居る。


「しっかり掴まってろよ、ゼルバー!」

「無論だ」

「負担を掛けさせてすまない!」


 それもこれも、ワームがゼルバー達にご執心だからである。

 〈影針地獄〉が余程印象に残っているらしく、今もゼルバー達と魔技の打ち合いに興じており、私に対しては片手間の防御や迎撃しか来ない。

 ベックに抱えられ逃げ回るゼルバーをワームが追い、それと並走しながら攻撃している。


 攻撃を引き付けるべき前衛としては歯痒いが、焦っていても仕方がない。

 少しでも注意を引けるよう、連続して斬撃を叩き込む。


「ギヂヂヂヂ……っ!」


 その甲斐あってかワームは急停止。

 その場でグルンと回転し、尻尾──胴体との境目は曖昧だが──で薙ぎ払って来た。


 それを跳躍で回避するが、すぐさまワームの大口が迫る。

 〈空歩〉で逃げる準備をしつつ、置き土産とばかりに剣を振るう。


「〈斬波・炎刄うつし〉」


 火炎を纏って斬撃が飛翔する。

 ワームはそれを魔技で凌ぐべく魔力を集中させ、


「させねぇっ、〈連鎖劈開〉!」


 突如、半身に刻まれた亀裂によって集中が乱され、防御は失敗に終わる。

 口内へと炎刃が飛び込んだ。

 体を内から焼く灼熱に悶える暇もなく、次の攻撃がワームを襲う。


「〈シャドー・オブ・タワー〉」

「〈大切断〉」


 ゼルバーの貫通力特化の地属性魔技と、ミーシャの高速高威力広範囲の斬撃が直撃した。

 緑血を噴き出し落下したワームの付近へ、剣を振り上げながら私も落ちて行き、


「〈炎刄〉、〈大刃〉」


 そして駄目押しに縦一閃。

 ワームはビクンッと最期に一度痙攣し、その後二度と動き出すことは無かった。

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