第19話 成長の余地

「砂泳イッカクと……おぉっ、グランドピラーナですか。二体も良く倒しましたね、合格です」


 実地演習の開始地点まで戻った私達は、ティーザ先生に空間拡張袋を提出した。

 中身をあらためた先生に合格を言い渡され、私達はコウリアの街へと歩いて行く。

 終わった班から順次、学院に戻ることになっていた。


「…………」


 特に会話も無く歩いて行き、学院に着いたところで話を切り出す。


「ゼルバー、少しいいか」

「どうした?」

「話がある。時間があるなら付き合ってくれ」

「? まあ良いだろう」


 許可を得たので四人で人気ひとけのない場所へ移動した。

 道中で考えていた通りに言葉を投げかける。


「偏魔地帯で命令違反は厳禁なのだが、そのことは知っているか?」

「む、たしかそんな話も聞いた気もするな」

「私は撤退すると指示した。しかし、君はそれを無視して一人で魔物の群れに戦闘を仕掛けた。これは命令違反だ」


 厳しめな声で告げるもゼルバーの表情に変化はない。


「言われてみればそうかもしれないが、勝ったのだから良いではないか。誰かが怪我をしたわけでもないだろう?」

「たしかに負傷者は出なかったが、だから良いということにはならない。私達は君を助けるために引き戻し、結果として帰還が遅れた」

「そんなことを気にしているのか。良いではないか、あの程度」


 面倒そうな顔するゼルバー。

 たしかに、ピラーナ達との交戦によるタイムロスは四半刻にも満たない些少なものだ。

 だが問題の本質はそこではない。


「大切なのは君の行動で班員が迷惑をこうむった、という事実だ。誰も怪我をしてないからと、何の問題もないと思っているならそれは間違いだ」

「付いて来たのはお前達の勝手だろう? オレはそんなこと頼んでいない」

「頼んでいなくとも、同じ部隊パーティーの仲間を置いて行くことは出来ない。集団で動く騎士ならば当然のことだ。いいか、私達は腕っぷしが強いだけの無法者ではなく騎士学院生なのだ。己が集団の一部であり、規則を破れば集団全体に影響することを自覚してくれ」


 一息に言い切った。

 ただ、言われたゼルバーは不服そうな表情を浮かべている。


「……それは弱者の理屈だろう。オレは一人でも金級魔物を倒せ──」


 パシンっ。乾いた音がした。

 ミーシャが平手を打ったのだ。


「──何をっ!?」

「いつまで我儘言ってるんですかっ」


 彼女は珍しく大声で叫ぶ。

 目尻には涙が浮かんでいた。

 その勢いにたじろいで、ゼルバーは口を噤んでしまう。


「自分の強さを誇るのもっ、わたくしの戦い方を卑怯者と罵るのもっ、別に構いません……! けど、仲間を危険に晒すのだけは止めてください!」

「だ、だがオレは強いから今回も無傷で──」

「運が良かったに過ぎませんっ。偏魔地帯では想定外なんていくらでも起こります。白金級のハグレ、特有の気象現象、奇襲に特化した魔物っ、それら全てに絶対対応できるとあなたは断言できますか!?」

「それは……」


 言い淀むゼルバーに、ミーシャは一呼吸置いてから言葉を続ける。


「あなただけでどうにもならない事態はいくらでも起こり得ます。そしてこの学院では、あなたが勝手に動いたら仲間達もそれに巻き込まれるんです。もしもあなたの勝手でわたくしの友達が傷付いたら、わたくしはあなたを絶対に許しません」


 わたくしからは以上です、と言ってミーシャは一歩下がり、俯いた。

 喋り疲れたらしくどんよりとした気配を纏っている。

 ゼルバーも思い詰めた表情で押し黙ってしまい、微妙な空気が流れた。


 ミーシャの言葉は多少誇張されているものの、概ね正しいと思う。とはいえ、頭ごなしに言われたのではゼルバーも受け入れ難いだろう。

 咳払いを一つ挟み、私は口を開く。


「あー、ミーシャも言ったように独断専行はよろしくない。が、危険な魔物を打ち倒そうという心意気とそれを実現できるだけの実力は尊敬できるものだ」


 できるだけ優しく、穏やかに聞こえるよう意識して言葉を紡いでいく。


「もしもまた同じようなことがあれば、その時は動く前にリーダーに相談してくれ。君の力を知っていれば、相手によっては威力偵察くらいは許可するかもしれない。どうか、君の優れた力を無駄にしないためにも、是非に会話を挟んで欲しい」

「……ああ、必ずそうしよう」


 少々暗いものの、はっきりと答えてくれた。


「それなら一安心だ。あぁそれと、いたずらに他人を傷つける発言はしない方が良いぞ。能力を認められにくくなるからな。どうして君が強さに拘るのかは知らないが、強さを示すにはまず他人を認めることから始めるべきだ」


 それから思い出したように、ずっと伝えたかったことを言った。

 言うだけならいくらでも機会はあったが、親交を深めてからでないと反発されるだけと考え、今回の実地演習で班に誘ったのだ。

 他の班に行くとトラブルを起こしそうと思ったのもあるが、一番の理由はそれである。


 正直、親交が深まったとは言い辛いのが現状だが、反省している今なら行けると思って言ってみた。

 そんな思惑が当たったかはわからないが、「善処する」と短く、しかし生返事ではない声が帰って来る。

 取りあえずの目標達成に安堵しつつ、教室までの道を歩くのだった。




 それから教室で副担任の先生に帰還の報告をし、この日の授業は終了した。

 食堂で腹を満たした私は、その足で鍛練場に赴く。

 今日も今日とて鍛えるためだ。


 本当ならもう少しゼルバーに干渉した方がいいのかもしれないが、あまり手を出し過ぎるのも鬱陶しく思われるかもしれない。

 ゼルバーが私達の話を聞いてどう思ったのか、どう変わるのか、もしくは全く変わらないのか。それは全て彼次第だ。

 どのような選択をするにせよ、しばらくは不干渉でいようと思う。


 という訳で、私は私にできることをする。


「〈木纏・雷電〉、〈刄〉、〈伏〉──」


 何千回と繰り返した手順で両刃に雷を纏わせる。

 砂泳イッカクとの戦いではかなり役に立ったこの〈両刄〉は、今では十秒足らずで発動可能だ。

 まだまだ成長の余地はあるが実地演習も終わったので、以前から考えていたことにチャレンジしてみようと思う。


「ふぅぅ……」


 剣に魔力を流し、精神を集中させる。今から試すのはベックの〈大楔〉──棒状の楔を生み出す技──の真似事だ。

 彼の【破岩の楔】は大きさを調節して生み出すことができるが、私の【魔法剣】でも同じことができるのではないか、と考えたのである。

 実は以前に一度試し、その時は成功したのだが、実地演習までに実戦レベルにするのは難しそうだったため習得は先送りにしていた。


「…………」


 【魔法剣】を司る独特の感覚。

 その感覚をそっと動かし、魔力を消費する。しかし魔象はまだ纏わない。

 さながら弓に矢を番え、引き絞り、狙いを定めていくように。魔象を発現させないまま”力”の方向性を変えていく。


 そして発動。


「〈火纏〉」


 普段より幾分か小さな炎が剣を覆った。

 今回は半分くらいの出力で纏わせてみたのだ。

 どうやらこの方式で纏っても出力操作は通常と同じくできるらしく、出力を最大にしたり逆に〈伏〉を使ってみたりした。


(次だ)


 ここまでは前に試したことの再確認。

 すぐに次の実験に取り掛かる。

 先程と同じ手順で〈まとい〉の準備をし、【魔法剣】の感覚を研ぎ澄ませる。


「…………」


 手繰る。霞の如くすり抜けようとする朧げな感覚を。

 瞑目する。より深く集中するために。

 普段は決して絶やさない闘気と魔力による身体強化が薄まり、しかしそのことに気付かない程に没頭する。


 そして掴んだ。


「〈刄〉っ、〈火纏〉っ」


 〈纏〉の発動と同時、圧縮された炎が刀身に現れた。

 出来栄えはあまりにもお粗末で、未だ刀身の八割ほどが炎に覆われている。充分な圧縮とは到底言えない。

 しかし、成功は成功だ。


(後は鍛えるのみだな)


 魔象化前では操作難度は跳ね上がる。

 出力調整程度ならばともかく、凝縮させるのにはかなりの集中力が必要だった。

 けれど、操作は繰り返せば繰り返す程に上達して行くだろう。通常の魔象操作がそうだったように。


 私はそう信じ、ただ黙々と【魔法剣】の鍛錬を続けたのだった。

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