第18話 グランドピラーナ

「あっちの方から何か来てんな。群れだ。一匹一匹はデカくないが数はめっちゃ多い、少なくとも十や二十じゃねぇぞ」

「小型で群れているのならデザートピラーナだが、十匹以上となると恐らくは──」

「──グランドピラーナ……」


 ミーシャの呟きを首肯する。

 デザートピラーナは小型肉食魚の鉄級魔物だ。鋭い牙を持ち凶暴だが魔力量は少なく、探知魔技を使っているとすぐに魔力が枯れてしまう。

 なので砂の上を飛び跳ねながら獲物を探して五、六匹の群れで狩りをする。群れでの脅威度は銅級だ。


 そんなデザートピラーナの特異進化体がグランドピラーナ。他のデザートピラーナを率い、大規模な群れを形成する危険な魔物である。

 グランドピラーナは魔力の扱いに長けており索敵はもちろんのこと、戦闘においても部下に指示を出したり、魔技で援護をしたりする。

 群れの規模次第で危険度は変わって来るが、おおよそ銀級から金級とされており、発見時はよほど戦力に自信が無い限りは撤退すべきと教えられた。


「ベック、襲われている者は居るか?」

「居ないぞ。一応こっちに向かって来てるが進路は結構ブレブレだな。誰かを追ってるとか、俺らを狙ってるとかってのとは違うみてぇだ。このまま進んでたらすれ違うと思うが、どうする? 迎え撃つか?」

「いいや、それなら無用な危険を冒す必要はない。戻って先生に報告しよう」


 このメンバーなら金級が相手でも勝てるとは思うが、集団戦はその性質上事故が起きやすい。

 それに今が試験中である以上、群れが冒険者を襲いだしたら監督官が止めるはずだ。

 そもそもこの群れ自体が学院側の仕込みであり、危機管理能力を試されているという可能性もある。


 取りあえずは無視が正解だろう。


「フン、逃亡など弱者の行い、オレは逃げはせん。金級相当ならむしろ望むところだ、お前らだけで先に帰っていろ」

「は? 何言っ──」

「〈ジャンピングジェット〉」


 ベックが問い返す前に。私が制止するより早く。

 ゼルバーは空へ飛び上がり、砂丘の向こうへ消えて行った。

 恐らく風の魔技を使ったのだろう、と呆然とする脳が思考する。


「何やってんだ馬鹿っ、戻って来い! 偏魔地帯ではリーダーの指示は絶対遵守だろうが! ……クソっ、届いてねぇ……」

「……落ち着け、……落ち着こう。焦っては判断を誤る」


 深呼吸を一つ。動揺を吞みこむ。

 ゼルバーの破天荒さは知っていたのだ、独断専行を予期できなかった非は私にもある。

 そう自分を納得させて、意識を問題解決に傾けた。


「ベック、ゼルバーと群れが接敵するまでの予測時間を教えてくれ」

「んー、もうすぐだな。この調子ならあと三十秒もしない内に当たる」

「……念のため聞いておくがゼルバーは今、空を飛んでいるか? グランドピラーナは〈圧力探砂〉で周囲を探るため空中に居ればバレないはずだが」

「いんや、歩いてるよ。さっきの魔技は飛行ってより跳躍の効果だったみたいだな」


 ベックから情報を聞きつつ、対応を考える。

 ……落ち着いてみれば、そこまで切羽詰まった状況と言う訳でもない。


「そもそもの話。金級の群れならばゼルバー一人でも殲滅できるかもしれないな」


 ゼルバーは入学式の日にネイスに決闘で勝っていた。

 そしてネイスの実力は金級冒険者クラスである。

 そんなゼルバーならば金級相当の群れにも勝てる可能性は充分ある。


「んでもあいつを置いて帰るのはナシなんだろ?」

「ああ、仲間を見捨てるのは最後の手段だ。もし相手が想定以上に強ければそうするしかないが、今回はそこまでではないだろう」

「だな。戦闘が始まったが魔物の数はどんどん減っていってる」


 ベックは犬耳に手を当てながら戦況を報告してくれる。

 どうやらゼルバーは元気にやっているようだった。


「分かった。では他の魔物も警戒しつつ、ゼルバーの戦闘場所へ慎重に進もうと思う。異論があれば言ってくれ」

「ねえぞ」

「ない、です……。あんな人、でも、置き去りにするのは……嫌です、から……」

「よし、ならば出発だ」


 班員からの許可ももらえ、私達は進路を転換した。

 それからベックの案内に従うこと数分、私の耳にも戦闘音が聞こえ出す。

 以降はより慎重に近づいて行き、やがて戦場が見えて来た。


「分かってはいたが、凄まじいな」


 砂地には、中級魔技を使用したと思われる大穴がいくつも空いていた。

 しかも、それでもゼルバーはまだ魔力に余裕があるようだった。


「この調子なら手助けはいらねーか」


 現在、ゼルバーは地上に立ち、初級や中級の魔技を駆使してデザートピラーナ達を圧倒している。

 小刻みに動くことで足下からの奇襲を難しくし、襲い来る魔物には適切に魔技を使用。


 姿は見えないがグランドピラーナが指揮を執っているのだろう、デザートピラーナ達は四方八方か次々に攻撃を仕掛けていた。

 しかしながら一体ずつでは出の早い初級魔技に堕とされ、複数体だと中級の範囲魔技で蹴散らされ、ならばと十数体が同時に襲い掛かれば、


「〈ジャンピングジェット〉」


 跳び上がって躱される。

 そうして一斉攻撃を凌いだゼルバーは、眼下のデザートピラーナ達へと杖を向ける。


「〈ライトニングスコール〉、二重!」


 幾条もの稲妻を放つ魔技、が二つ同時に発動した。

 それらは攻撃を仕掛けた魔物達を一網打尽にし、砂地に焦げ目を刻む。

 それと同時、彼の後ろ側の砂地に一匹の魔物が顔を出した。


 他の魚よりも一回り大きいそいつはグランドピラーナ。

 ゼルバーは後ろを向いているため気付いておらず、私達はそのさらに後ろに居るため気付けた。

 グランドピラーナは現れるや否や土の砲弾を浮かべる。あれを発射してゼルバーを倒す気なのだ。


「〈斬波〉」

「〈投擲〉!」

「なっ1? 〈ウッド──」


 それを見た瞬間、体は反射的に動いていた。

 私は斬撃を飛ばし、ベックは楔を投げた。

 二つの攻撃で魔象の砲弾は発射前に砕け散ってしまう。


 それによりゼルバーとグランドピラーナも私達の存在に気付いた。

 ゼルバーは攻撃されかけていたことを知って咄嗟に防御魔技を使おうとする。

 グランドピラーナは土の砲弾の準備で探知魔技を使えなかったのだろう、攻撃を邪魔され驚いた雰囲気を醸しつつも、すぐさま砂に潜ろうとする。


「……逃が、しません」


 そこへ〈空歩〉で忍び寄っていたミーシャが大鎌を一閃。

 グランドピラーナの耐久力は低めで、体長も人間サイズでしかないため、その一撃で真っ二つにされてしまった。


 そこから先は掃討戦である。

 まだニ十匹近くは残っていたものの、司令塔を失ったサンドピラーナを倒すのは難しいことではなかった。

 瞬く間に殲滅し、そしてゼルバーが歩み寄って来る。


「なんだ、戻って来たのか。一人でも充分だったのだがな」

「……先程のグランドピラーナには気付いていたのか?」

「たしかに不意は突かれたが、〈エアアーマー〉を使っていたからお前達が防がずともオレは平気だった。……だが、気付かなかったのはそうだな」


 あくまで上から目線でそう言うゼルバー。

 彼はそれから頭を振った。


「オレももっと強くならなくては」

「君に足りないのは強さではない」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、今はいい。早く帰るとしよう」


 それだけ言って歩き出す。

 その後、私達は何の問題もなく偏魔地帯を抜け出すことができたのだった。

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