第20話 閑話 教師ティーザ・ルコーン

 閑話なので少し短めです。

 次話も二日後に投稿します。


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「ラキア、もう大丈夫です」

「そうかい、ティーザ? 同調解除」


 同僚の声が聞こえると同時、私の右目と右耳の感覚が戻ってきました。

 急な感覚の変化に僅かな眩暈を覚えつつも、私は力を貸してくれた彼女にお礼を言います。


「ありがとうございました。おかげで助かりました」

「私は視覚を共有させただけさ、お礼ならあの子に。実際に働いてくれたのはクロキチなんだからね」

「ありがとうございますクロキチ君」

「カァーッ」


 私の声に応じるように、学院の方から飛んで来たカラスが返事をしました。

 このカラスの名前はクロキチ。ラキアの眷属で、先程まで学院でのジークスさん達を見てくださっていました。


「で、さっきのやり取り、ティーザはどう思ったんだい? せっかく〈血縁〉まで使って視させてあげたんだ。見解くらい聞かせてくれてもばちは当たらないだろう?」


 ラキアは吸血鬼ヴァンパイア、食事の代わりに血を飲む一風変わった人間種です。

 日光に当たると急速に消耗しますが、これは闘気や魔力で身体強化すれば防げるだけまだマシ。

 他にもいくつか身体強化では防げない弱点を抱えた悲しき種族です。


 しかし、それらを補って余りあるほどの特殊能力も有しています。

 高い身体能力に始まり、眷属の感覚を借りることや、血を介して自身の感覚を他者と共有するのもその一端です。

 それらの能力を応用し、今回はジークスさん達の様子を見させていただいていました。


「どう、と訊かれましても見たままとしか答えられませんね。ジークス君達のおかげで問題が一つ解決するかもしれません。取りあえずは様子見ですが」


 元々、ゼルバー君のことは折を見て指導するつもりでした。

 入学式でのスピーチに始まり、決闘での礼節を欠いた言動や横柄な態度による生徒間での軋轢等、複数の問題が報告されていたからです。

 とはいえ、その場で教員が注意をすれば一応は謝罪をしていることと、私自身新年度で忙しくなかなか時間が作れなかったことから、彼への指導は後回しになってしまっていました。


 そしてようやく余裕が生まれた頃には、ゼルバー君と関わるのを他生徒が避ける小康状態に落ち着いていました。

 今更終わった件で呼び出すのも座りが悪く、どうしようかと頭を悩ませることに。

 そこで目を付けたのが今回の実地演習です。集団行動であれば何か問題が起こるだろうと考えました。


 予想は見事に的中し、ジークス班担当の武術師範から独断専行の報告を受けました。

 ゼルバー君への指導内容を決めるため様子を探っておこうとキアの眷属を借りたところで、ジークス君達のやり取りを見たのです。

 ジークス君やミーシャさんの真剣な言葉に、ゼルバー君もさすがに反省したようでした。


 無論、外から見ただけでは内心までは覗けません。

 もしも態度を改めないようであれば今回の独断専行をダシに、懲罰を含む教育的指導も行う所存です。

 しかしながら、反省している者に同じ内容の説教をするのは逆効果になりかねませんし、取りあえず内申点だけ下げて見守ることにしました。


 本物の騎士団ではこうは行きませんが、賞罰を柔軟に変えられるのは学院の利点です。


「何だ、久しぶりに荒ぶる君が見られるかと思ったのに残念だよ」

「何を期待してるんですか……」

「最近は全然手合わせしてくれないから寂しいのさ」


 彼女とは学院生時代からの馴染みであり、同門にて鎬を削ったライバルでもありました。

 私は途中で別の流派に鞍替えしましたが、ライバル関係は卒業まで続いており、卒業式前夜に彼女と殴り合ったのも今となってはいい思い出です。


 卒業後は全く会わずにいましたが、何の因果か学院で教員として再会。

 正規教師と戦術師範という立場の違いこそあれど、同僚として仲良くやっています。

 ただ、新一年生を受け持つことになって彼女と決闘する機会は減りましたが。


「私も忙しいのですから勘弁してください。それよりサレンさんの班に付いていましたよね。あなたから見て彼女はどうでしたか?」

「うーん、如何いかんとも言い難いね。先頭に立ってはいたけれど常に仲間との連携に気を配り、自分が突出せず敵を倒せるように立ち回っていたよ。全力はもちろん、カーディナルさえ見られなかった」

「実地演習の趣旨を理解してくれているようで何よりです。やはり彼女は優秀ですね」

「うんうん、優等生、って言葉がピッタシな印象だよ」


 『剣王』サレン・ロアラ。今年の生徒の中で最も強く、最も注目されている少女について話し合います。

 ”剣姫”と持て囃されても傲慢にならない謙虚さと、困っている人に手を差し伸べる優しさを持ち、能力的にも人格的にも優等生と言えるでしょう。

 座学は少し苦手なようですが、王級天職持ちとしては理想的な人物です。


(できればゼルバー君にも彼女のように……っと、いけませんね、担任の私が他力本願では。生徒を正しく導くのが教師の役割、今回は生徒達に救われる形となってしまいましたがこれからは私から働きかけますよ)


 頭を振って弱気な考えを払い、決意を新たにします。

 生徒同士でも刺激を与え合えるのが学院の美点ですが、それにばかり頼っていてはいけませんからね。


「──と、あの班が最後だね」


 それから最後の一班も無事に合格し、私達は学院への帰路に着いたのでした。

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