第13話 闘技

 入学式の次の日。

 新入生の半数近くが校庭に集められていた。


「これより必修闘技の授業を始める!」


 整列した私達の前で闘技担当の教師が言った。


「必修闘技の習得は闘技使いは言うまでもなく、魔技使いの戦略も広げる。高等部生ともなれば全種の習得は急務。未修得の闘技がある者は心して取り組むように」


 それから闘技の習得状況に合わせて組み分け分けされる。

 私とサレンは全種習得済みのため熟達グループへ。

 ベックは取り残しがあるため習得グループへ。


「はー、〈殴打〉なんて使えてもしょうがないだろ。俺、棒使いだぜ?」

「そう言うな。身体闘技は有事の備えになる」

「そうかぁ? ま、ソッコーで覚えて来るわ」


 こうしてベックを見送り、私達も鍛練を始めた。

 〈迅歩〉を連続発動して校庭の外周を走り出す。熟達グループなどと呼ばれているが、やることはほぼ自主練である。

 一応、数人は武術師範が割り当てられているが、五百人居る一年生の半分以上が熟達グループに居るため指導を受けられる機会はあまりない。


 闘技とは身体操作と闘気を連動させて起こす超常の技だ。

 肉体の限界以上の力を引き出したり、そもそも物理的に不可能な現象を起こしたりもできるが、もちろんノーコストではない。


「…………っ」


 走り出して一分ほどで息が切れ出す。闘技の反動である。

 魔力を消費する魔技と異なり、闘技を使っても闘気は減らない。その代わり体力を消耗する。

 日常的な闘気強化によって心肺機能は大きく向上しているが、それでも発動時間は二分が限度だ。


「カハッ。ハァっ、ハァっ……」


 視界が眩み始めたところで校庭の内側に入って休息を取る。

 〈迅歩〉の反動で痛む足で歩きながら、闘気功で体力を回復させていく。


 闘気功は闘気による身体強化の一種だ。紛らわしいが闘技ではない。

 全身を巡る闘気の流れを穏やかかつ平坦にすることで体力の回復や治癒を早めるのである。


「ふぅ、他の皆も頑張っているな」


 歩きながら周囲を見る。

 熟達グループの者達は私のように〈迅歩〉を使いこんだり、〈空歩〉で小さな崖を上り下りしたり、障害物の間を〈転歩てんぽ〉で駆け抜けたりしていた。

 他方、習得グループの者達もひたすらサンドバッグを殴ったり、大きな球の上でバランスを取ったり、学院内に引かれた小川に突撃したりを繰り返していた。


 ……別に、川に飛び込んでいるのはふざけているわけではない。

 これもれっきとした〈空歩〉の修行である。

 闘気強化状態で水の上を走ることで、空中を踏みつける感覚を掴むのだ。


「再開するとしよう」


 息を整えた私は、再び周回を始めたのだった。




「ぐへぇ、疲れたぜ……」

「凄いな、あれだけの時間で闘技を習得するとは」

「まぁ〈強打〉と感覚似てたし、これでも地元じゃ天才って呼ばれてたからな。……つっても、ちょっとハリキリすぎたかもしんねーが」


 昼、ベックと二人で食堂に来ていた。

 料理を受け取り、空いている席に着く。

 ちなみに、サレンは女友達と一緒だ。


「しっかり体を休めることだ。午後からは流派闘技の授業もあるのだから」

「でもまだどれ習うか決めてねーし今日は説明会だけだぜ」

「それもそうだな」


 流派闘技とは、各流派の術理と密接に結びついた特殊な闘技のことだ。

 より発展的な内容の技ばかりであり、難易度は必修闘技を遥かに上回る。

 習得には該当流派へ入門し、一から武術の研鑽を積まなくてはならない。故に魔技使いは午後からは別カリキュラムだ。


「そういやジークスはどれにしたんだ? 初等部の頃から通ってる奴らはもう習い始めてるんだろ?」

「私はフーカ流舞闘術だな。軽いフットワークと移動系の闘技が特徴だ」

「そういやあのデカいトレントと闘った時も結構素早く動いてたな。あれが流派闘技だったのか?」

「いや、あれは必修のだ。流派を使うにはまだまだ未熟で実戦投入はできないからな」


 覚えた闘技はいくつかあるが、どれも発動にはかなり集中しなくてはならず、戦闘中にそんな隙は晒せない。

 巨大トレント戦でも流派闘技は使わなかった。


 とはいえ、完全に影響がなかったかと言うとそうでもない。

 フーカ流舞闘術では移動系を重点的に鍛えるため、〈迅歩〉や〈空歩〉の練度は他の同級生と比べても高いだろう。


「たしか棒術部門もあったはずだ。良ければ参加してみてくれ」

「考えてみるわ」


 そんなことを話しながら私達は昼休みを過ごしたのだった。




 フーカ流の修練は学院内の丘の麓で行われる。

 近くに山があること、木属性の微弱な龍脈が流れていること、その他いくつかの要因が重なりこの麓にはいつも強い風が吹いている。


「「「よろしくお願いしますッ、最高師範!」」」

「イイワー皆ァ! 迸るエナジーをバシバシ感じるわー! 今日もアゲてこォー!」


 我々門下生の前で音頭を取る彼は最高師範。最も秀でたフーカ流舞闘術の使い手である。

 他の流派の最高師範は編入生への説明会に出ているが、ウチの最高師範は色々強烈なので他の師範が代理を務めているのだ。


 我らが最高師範はカラフルに染めた髪を風に靡かせつつ、本日の指導を開始した。


「まずは初風の舞からよォーッ」


 師範の合図に合わせ、型通りに体を動かしていく。

 初風の舞は準備運動のようなものだ。フーカ流で使用する体の部位を満遍なく刺激できる。

 さらには動作の一つ一つに舞闘術の精髄が詰め込まれており、達人ともなれば舞を見ただけでその者の練度が分かる、らしい。

 私はまだその域にまでは達していないが。


「次は素振りねっ。全身で風を感じながら、気ままな風みたいにリラぁックスするのよ。ハイ! ワンッ、ツーッ、ワンッ、ツーッ!」


 最高師範の手拍子に合わせ、門下生は己の武器を振るう。

 手拍子は段々と速くなり、かと思えば遅くなり、気付けばまた速くなりと変則的に変化する。

 その変化に合わせて素振りの速度を変えなくてはならず、私も初めの内は苦労した。


 しかし、これに慣れて来ると緩急操作の腕が格段に上昇する。

 人間が無意識に刻んでいる動きのリズムを敢えてズラすことは、対人戦では意外なほどに効果的だ。

 そんな訓練をしばらく続けた。


「はい終了。じゃあ次はお待ちかね、闘技の訓練よ。武器種ごとに別れなさァい」


 ここで遂に流派闘技の鍛錬が始まる。

 私は刀剣系統の集まりに加わった。

 主に剣士を指導する老年の師範は、一つ咳払いを挟んで話し始める。


「うぉほんっ。まずは〈過舞太刀かまいたち〉の稽古をする。既に習得しておる者も共に練度を高めるのだ」


 〈過舞太刀かまいたち〉は相手の横を通り過ぎつつ斬り付ける、というほぼ〈閃々〉みたいな闘技だ。

 とはいえ〈過舞太刀かまいたち〉の方が自由に動けるため〈閃々〉よりも使い勝手がいい。

 その分覚えるのも難しいが。


「では始めい!」


 老師の掛け声で私達は動き出した。

 何列かに並び、最前列の者が無尽土偶へと〈過舞太刀かまいたち〉を繰り出し、その者が横へ退いたら次の者も同じようにする。

 そしてそれを見た老師が、


「ボレアよ、もっと腰を落とせっ、重心が不安定では動きが狭まるぞ! ノット、ぬしのはただの〈閃々〉じゃっ、脱力を意識せいっ。ゼヒューはなかなか良かった。じゃが意識を前に割きすぎておるっ。より全体を俯瞰して捉えるようにするのじゃ!」


 と指導を行っていく。

 一度に複数人を見、的確にアドバイスを送る老師には感服するほかない。


「や、ジークス君。春休みでまた腕を上げたね」


 何度か〈過舞太刀かまいたち〉を使った後、順番待ちをしていると後ろから声がかけられた。

 糸目の彼は初等部時代からお世話になっている先輩だ。

 既に”真域”に至っている実力者で、覚えの悪い私にも根気強く手解きしてくださる親切な方でもある。


「ありがとうございます、先輩。しかし先輩にはまだまだ遠く及びません。早く実戦でも使えるレベルに鍛えなければ」

「相変わらず真面目だなぁ。そう気張らなくても完成一歩手前まで来てるよ、後は動きの齟齬を無くすだけさ」


 先輩の言葉の通り、今日の私はそれまでにないほど手応えを感じていた。

 一度繰り返すごとに歯車が噛み合っていくような心地よい感触がある。

 それから数日後、私は〈過舞太刀かまいたち〉を実戦レベルにまで持って行くことができたのだった。

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