第7話 測定室

「──以上で手続きは完了です。一週間以内にご返却ください」


 図書館の玄関エントランスにて。

 本の貸し出し手続きを行い、ミーシャに勧められた二冊の本を持って図書館を後にした。

 そして鍛練場に向かう。


「学生証を確認しました。入場を許可します」


 ただし、いつもの第二鍛練場ではない。

 より設備の充実した第四鍛練場だ。

 第二と異なり月に三回までしか使えず、入場にも学生証を提示する必要がある。


 ちなみに。

 龍立コウリア騎士学院の学生証は所有者の魔力質を記録しており、専用の魔具によって照合できる。

 冒険者ギルドの冒険者証と同様の仕組みであり、個人証明としてそれなりの信用度がある。


「簡易測定室をお借りしたいのですが」

「今でしたら二号室が空いております。魔具の扱い方はご存知ですか?」

「基本的なことは」

「畏まりました。ではご案内しましょう」


 職員の先導に従って廊下を進む。

 第二鍛練場はだだっ広い大部屋が一つあるだけだったが、第四鍛練場は地上三階と地下二階で、中部屋サイズの個室がいくつも連なった構造になっている。

 その内の一つ、”簡易測定室2”と記された部屋の中に入った。


「何かありましたらお声がけください」

「分かりました」


 入口の傍の椅子に腰かける職員。

 私も近くの椅子に本を置き、部屋の奥へと進み出る。


(久々だな、ここを使うのも)


 そんなことを思いつつ剣を引き抜いた。

 そして部屋の中心に置かれた土偶の前で構える。

 この人間大の土偶こそがこの部屋の測定器である。


 何はともあれ、まずは水銀を纏えるか試してみよう。


「〈金纏〉」


 剣に重みは、加わらなかった。

 刀身を見てみれば銀色をした奔流が、クルクルと回転しながら纏わり付いていた。

 成功だ。


──ビュッ。


 軽く剣を振るう。

 鈍い音を立て、刀身の周りを回る水銀が土偶の腕部に直撃した。

 当たった箇所から亀裂が入り、土偶の片腕が落下する。


(私は重さを感じないが、相手には質量が伝わるのか。それに属性干渉も働いているようだな)


 土偶の腕が再生していくのを眺めながら考えをまとめる。

 この土偶は黄龍様の魔技で生み出されており、それなりの耐久力を持つ。

 普通に剣で殴っただけであれば、ここまでの損傷にはならなかったはずだ。


(そういえば毒性の方はどうだ)


 入口側を振り返り、壁に嵌め込まれた魔石達に目をやる。

 状態異常を表す部分の魔石はどれも光っておらず、先程の攻撃では毒は付与されなかったと分かる。

 念のため水銀を纏った剣を土偶に押し付けてみるが、ゴリゴリと土偶の表面が削れるだけで魔石の表示に変化はない。


「すみません、ここのゴーレムには状態異常が効くのですよね?」

「はい。そのように設計されております」


 念には念をと確認するが間違いはなさそうだ。

 通常のゴーレムには毒などの状態異常は効かないが、測定室の土偶は例外である。

 なんでも、状態異常を負うための”受け皿”を作っているのだとか。


 そしてこの設備で毒が検出されたなかったということは、【魔法剣】の水銀は無毒である。


「やはり便利だな、この測定室は」

「そうですね。黄龍おうりゅう様と先人達に感謝です」


 何とは無しに呟くと職員から返答があった。

 彼の言うように、この設備は理事長である神獣・黄龍や魔導師学園の協力によって成立している。


 〈クリエイトゴーレム〉を元に開発された〈実験土偶創造〉。

 ゴーレムを修復する〈リペアゴーレム〉。

 ゴーレムの状態を把握する〈チェックゴーレム〉。

 土の魔象を魔力に還元する〈土解陣〉。


 黄龍様がこれらの魔技を発動させ、さらに龍脈から魔力を補給。

 そして魔導師学園の魔具により、魔技の制御や条件処理を行う。〈チェックゴーレム〉で得た情報を魔石達に反映させているのも魔具の効果だ。

 このように多くの人と龍の力で第四鍛練場は運営されているのである。


(次は魔技の再現を試すか)


 一旦土偶の前から離れ、図書館で借りた本を手に取る。

 そして目的の魔技へのイメージを固め、剣に魔力を流す。


「〈火纏〉」


 今回纏おうとしたのはただの炎ではない。

 〈中級魔技:黒焦がしのかんざし〉の、回復阻害効果を持つ黒い炎だ。


 しかし、私の剣を覆ったのは普段と同じ赤い炎だった。

 試し斬りをしてみても、特段の違いは見受けられない。


(ミーシャの推測通り、特殊効果は再現できないか)


 魔技の中には特殊な追加効果が付くものも多い。

 〈黒焦がしの簪〉の回復阻害や、〈浄火の矢〉の死霊特攻などだ。

 だが、こういった追加効果を【魔法剣】で再現するのは無理だろう、というのがミーシャの見立てだった。


 この考察は魔技の発動手順に由来する。

 例えば〈黒焦がしの簪〉の場合、まず火の魔象を生み出し、そこに魔技の術式で回復阻害効果を付与する。炎が変色するのはこの付与の過程である。

 つまるところ魔象単体では回復阻害の力は無いのだ。


 そして私の【魔法剣】はあくまで魔象を纏うカーディナル。

 使用者保護の追加効果だけは付くが、その他は適用外となるらしい。


(どんな魔技も纏えるならば心強いことこの上なかったが……そう上手い話はないか)


 落胆がないと言えば嘘になるが、まあ見えていた結果だ。

 それに──。


「〈木纏〉」


 雷を纏って土偶を斬る。

 背後の魔石を見てみれば、今回は麻痺状態の項目に光が灯っていた。

 予想通りの結果だ。


「〈木纏〉」


 さらに実験を継続。

 いくつもの魔象を纏って斬り付け、逐一魔石を確認する。


「ふぅ、こんなところか」


 一息ついて剣を降ろす。

 思いつく全ての魔象を試し、それぞれの持つ性質を把握できた。


 追加効果は得られずとも、魔象にはそれそのものに性質がある。

 炎の魔象が物を焼き、生物に火傷を負わせるように。

 氷の魔象は触れた物を凍らせ、酸の魔象は溶解させ、雷の魔象は痺れさせる。


 こういった魔象本来の性質は再現可能なのだから、【魔法剣】にはまだまだ可能性があるはずだ。


(まずは見落とした魔象がないか見直すか)


 測定室を借りられる時間は限られる。

 タイムアップとなる前に全ての魔象を試すべく、私は本のページを捲って行くのだった。

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