第8話 偏魔地帯・試練の森

「偏魔地帯に行きたい?」


 騎士学院高等部の入学式まであと一週間となったその日。

 段々と生徒が増え始めた鍛練場で、いつものように剣を振っていると、サレンからそんな話を持ち掛けられた。


「そうそう、こっちの彼がちょっと入用らしくてね」

「どうも、俺はベックだ。無理じゃなければだが、一緒に来てくれると助かる」


 現れたのは見慣れない顔をした獣人の青年。

 学院内にいるのだから生徒ではあるのだろう。

 私が覚えていない生徒か、あるいは新入生か。


「まずは訳を聞かせてくれ。なぜ偏魔地帯に行かなくてはならないんだ?」

「あぁその、実は、だな……。俺は春からこの学院に通うことになったんだが──」


 目線を逸らしいたく言い辛そうに彼、ベックは語り出した。


 ベックはこれまで遠くの町で冒険者をしていたのだという。

 しかし師匠の命令で学院に通うことに。

 先月行われた試験に見事合格した彼は、一旦そのことを師匠へと報告しに帰り、それからまたこの学園都市コウリアにとんぼ返りして来たのだとか。


「なるほど、それで交通費が嵩み制服を買うための金が無くなったのか」

「その通りだ……」


 龍立コウリア騎士学院は入学費を含むほとんどの学費が無償だが、いくつか例外もある。その一つが制服の購入。

 学院の制服は正装であると同時に、種々の付与が施された兵装でもある。

 それなりに値が張る上に、購入できなければ色々と不便である。


「……事前に費用の計算とかはしなかったのか……?」

「俺も師匠もその辺テキトーでな……。まあ大丈夫だろうと思ってたらギリ足りなくなったんだ……」


 ベックは犬系の獣耳をショボンとさせ、消え入りそうな声で呟いた。

 反省しているようなので私が口を挟む必要はないだろう。

 気まずげな彼の代わりにサレンが説明を引き継いだ。


「そんでさ、偏魔地帯で稼ぐのにメンバーがあと一人欲しいんだよね」


 偏魔地帯に行くときは最低でも三人以上で行動しろ、と言うのが学院の教えだった。

 三人以上かそれ以外かで不測の事態への対応力に大きな差が出るのだ。

 サレンは一人で他の生徒三人分以上の戦力になるが、命の危険のある場所で備えを疎かにするほど彼女は自惚れていない。


「忙しかったら他当たるけど、良かったらどうかなーって。ほらっ、実戦も積んだ方が修行になるでしょ?」

「そうだな。そういうことなら同行しよう」

「おぉーっ、ジークス君ならそう言ってくれると思ってたよ!」


 困っている者を助けるのも騎士の務め。

 事情を聞く限り悪事に加担するわけでもなし、手を貸すことには何のためらいもない。


「ありがとなっ、えっと、ジークス……さん?」

「私はジークス・デン・マード。ジークスと呼んでくれ」

「おう! 俺のこともベックでいいぜ!」


 こうしてこの日、私は偏魔地帯へ行くこととなった。




「ふむ、不足金額はこのくらいか。なら試練の森が最適だろう」

「そうなの?」

「食料や薬の原料等、常に需要のある素材が多いから手堅く稼ぎやすい、と授業で聞いた。この程度の金額ならば半日もあれば充分に手が届くだろう」

「そうなのか。俺はこの街のことはさっぱり分かんねーから助かるぜ」


 そんな会話をしつつ私達はコウリアの街を歩く。

 もちろん偏魔地帯に向かっているところだ。

 あれからしばし準備を行い、空間拡張袋にポーションや磁石などを詰め、いつもの剣に加えて五年生の頃に使っていた剣も背負っている。


「にしてもスゲーよな、ここ。偏魔地帯が五個も密集してるなんて他じゃ考えられないぜ」

「元々はもっと複雑に絡み合ってたみたいだけどねー。混性で白金級の激ヤバ魔物がウジャウジャいたらしいよ」

「しかしそれでは危険だからと、黄龍様が龍脈を整えてくださったそうだ。何百年も前の話で資料はほとんど残ってないがな」

「くくッ、ハンパねーな神獣は。スケールが違いすぎだろ」


 騎士学院のある学園都市コウリアは龍脈の合流地点に位置し、五つの偏魔地帯に囲まれている。

 今言われたように黄龍様が整備した結果であり、コウリアに騎士学院や魔導師学園がある理由の一端でもある。


 さて、そんな五大偏魔地帯の一つが試練の森。

 木属性の偏魔地帯であり、植物系や邪精系の魔物が跋扈ばっこする魔の森だ。


「そう言えばベックは耐毒訓練を受けているのか?」

「モチのロンだぜ。一流の冒険者になるには全ての状態異常に耐性がなきゃ駄目だ、って師匠にシゴかれてっからな」

「愚問だったか。なら魔花領域で問題ないな」

「魔花領域?」


 ベックが首を傾げる。


「試練の森はいくつかのエリアに分かれてるんだけど、その中の一つだよ」

「アルラウネ種や食人花カニバラスフラワー種など花の魔物が多く、全域に薄っすらと毒の花粉が飛散している。攻撃手段にも毒を付与するものが多く注意が必要だ」


 ちなみに、学院の耐毒訓練もここで行われる。

 全身に闘気か魔力を流すことで身体能力を強化すると、毒への耐性も向上する。

 その状態で毒の環境に長時間身を置くと、強化無しでも毒に耐えられるよう肉体が進化するのだ。


「なんだ毒頼りかよ。こりゃぁあんま楽しめなさそうだな」

「油断は禁物だぞ」

「油断はしねぇよ、毒消し使わされるともったいねぇし。でもどうせなら強ぇ奴と戦いたいじゃんかよ」


 当然のような表情をしてベックはぼやいた。


「ふぅん、ベック君は戦いが好きなんだ」

「おう! つっても一人で先走ったりはしないから安心してくれよ。俺のために来てくれた二人を危険には晒さねぇ」


 そう言い切った彼の表情には、冒険者としてのプロ意識というか、責任感というか、そういった重みのあるモノが滲んでいた。

 今までの軽薄さはどこにもなく、真剣味が伝わって来る。


「頼もしいな」


 ベックの冒険者等級は銀級なのだそう。

 銀級と言えばベテランのランクである。

 元より心配など不要だったなと思いつつ、私は歩を進めるのだった。




 やがて私達は試練の森の魔花領域に着いた。

 毒霧に霞む森の中を慎重に進んで行き、そして最初の魔物を発見する。


「「「キャハハハッッ!」」」


 その三体の魔物は人間の上半身を持っていた。しかし体色は植物の茎のような緑色であり、人間よりもゴブリンに近い。

 下半身は花の中に埋めている。否、正確にはその花も含めて魔物の肉体なのだ。

 アルラウネ種と大別されるその魔物達は、私達を見つけてニマニマと笑っている。


「じゃあ予定通り、任せたぜ」

「ああ」


 事前に話していた通り、私は一人で前に出た。

 即席のパーティーでは近接戦での連携は難しいため、苦戦するような敵でなければ一人ずつ戦うことになったのだ。


「「「キャハハ、カカッ」」」


 駆け寄る私へとアルラウネ達は蔦を伸ばす。

 鞭のように振るわれたそれらはそれなりに速度があったが、狙いが安直だ。

 合計六本を最小の動作で躱して剣の間合いに到達。


「〈金纏・黒曜〉」


 一刀、二刀、三刀。

 黒曜石を纏った刀剣を三度振るい、それは何の抵抗もなくアルラウネ達を両断した。

 三つの上半身がズレ落ちて、三体の魔物は絶命したのだった。

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