第6話 可能性の探求

 そんなこんなで始まった【魔法剣】の効果検証。

 取りあえず、その場で思いつく限りの魔象を試してみた。

 それにより各属性で以下の魔象を纏えることが判明した。


・火属性 炎、溶岩

・水属性 水流、氷、霧、酸液、毒液

・木属性 木の根、木の枝、蔦、雷、風

・金属性 鉄鋼、銅、銀、金、鉛

・土属性 土、岩、流砂


 こうして様々な魔象を試していく中でいくつか分かったことがある。

 その内の一つが重量を持つ魔象の法則性。

 大まかには『動く魔象』に重さがないようだった。


 炎や水流、霧、雷、流砂には重さが無い。

 これらの魔象は絶えず刀身の周囲を漂いながら、剣が動けばその動きにピッタリと追随する。

 この『追随する力』が魔象を浮遊させているのだと思われる。


 反対に、金属や土、岩、氷には重さがある。

 これらは形状が固定されており、『追随する力』が働いていないからだろう。


 結局のところ推測の域を出ないが、そこまで的外れでもないはずだ。

 しかし、一人で分かったのはここまで。

 ここから先は人類の叡智に頼ろうと思う。


「相変わらず大きいな」


 やって来たのは学院図書館。

 図書ではなく図書だ。目の前にそびえる巨大建築物は丸々一つが書物を保管するための施設なのである。


 春休みでも開放されている大扉をくぐった。

 豪奢な調度品で彩られたやたらと広いホールに出迎えられる。

 されどここは玄関エントランス。本があるのはこの部屋の奥だ。


 ホールの脇に設置された長い階段を上って二階へ。

 ドアを開けると無数の本棚が目に飛び込んで来る。

 この中から目的の本を探し出すのは骨なので、入口脇の受付に助けを求める。


「すみません。戦闘用の魔技の資料を拝見したいのですが、どちらを当たれば良いでしょうか」

「戦闘魔技でしたら第七の五番から十一番までが該当します。魔具作成のための加工術方面ですと一階になるのですが……」

「いえ、そちらは結構です。ありがとうございました」


 司書から聞いた区画へと歩を進める。

 物語や闘技のコーナーを抜け、主に魔技関連の書物が集められた第七区画へ。

 目ぼしい本を三冊ほど手に取り、読書区画へと向かう。


「む?」

「あ、じっ、ジークス、さん。おっ、久しぶり、です……」

「久しぶりだな、ミーシャ」


 読書区画には先客が居た。

 灰色の髪で目元が隠れた彼女はミーシャ。私の同級生である。

 常に本を持ち歩いており、暇さえあれば読書に耽る本の虫だ。


 座学の成績は常にトップ。

 弛まぬ多読の賜物か、知識も教師顔負けだ。

 その博識ぶりは共に授業を受けた者ならば誰もが認めるところである。


「き、聞きました、よ。カーディナル、目覚めたそう、ですね。おめでとう、ございます」

「丁寧にありがとう。ところでその話は誰から?」

「さ、サレンちゃん、から」

「……そう言えば寮が同じだったか」

「はい。良くして、もらってます」


 自分のことが自分の知らないところで広まっているというのは、何とも言えない気恥ずかしさがある。

 とはいえ口止めしていた訳でも、不利益を被る訳でもないのでサレンを責める気はない。

 強いて言えばネイスと戦った時のような不意打ちは狙いにくくなるが、そんなのは元から時間の問題であった。

 決闘なり実習なりで使っていればバレるのだから、ひた隠しにする意味は薄い。


「今日来たのは、カーディナルのことで調べ物をしに?」


 会話に慣れて来たのか、ミーシャの呂律が滑らかに回り出した。

 私は肯定を返す。


「そうだ。【魔法剣】の能力を詳しく調べようと思ってな」


 それからこれまでの経緯を大まかに説明した。

 話を聞いた彼女は控えめに頷いて見せる。


「なるほど、それで新たな魔象を知り手札を増やしたい、と」

「ああ、特に金属のをな。金属性には浮く魔象が無い。溶鋼などが纏えたらよかったのだがどうもそれは無理らしく、それ故に出来るだけ軽い金属性の魔象を探したいのだ」


 金属性で私が知っていたのは、戦闘で良く使われる鉄や鋼とその他数種類だけだ。

 そのどれもがかなりの重量を持つ。

 できればもっと軽い金属性魔象を見つけたい。


わたくしが知っている魔象の中で一番軽いのはアルミニウム、という物質です。ジークスさんが持ってる上から二冊目の本の、たしか百三十二ページ辺りに書いていたかと」

「おお、そうか。助かる」

「ただ、話は変わるのですが……ジークスさんは水銀をご存知ですか?」

「……すまない、聞いたことがないな」


 そう答えると彼女は「ちょっと待っててください」と言って席を立ち、手すりを飛び越えた。

 何度か〈空歩〉という宙を足場にする闘技を使い、静かに一階に降りる。

 闘技は訓練すれば誰でも使えるため、階段を無視した移動も騎士学院では一般的な光景だ。


 それから少しして彼女は一冊の本を手に戻って来た。

 表紙には”図解 鉱物全集”と記されている。

 彼女は机の上に本を広げ、あるページの挿絵を指さす。


「これが水銀です」

「この容器に入った銀色の液体が、か?」


 その挿絵は言わずもがな静止画である。

 しかしその絵は、写実的でありながら躍動感のあるタッチで見事に質感を描き出しており、容器の中身が液体であると一目で分かった。


「ええ、その通り。水銀とは世にも珍しい、液体状の金属なのです」

「そんな物があるのか……」


 金属とは固い物、という固定観念が覆された。

 図鑑によると水銀は、常温で液体になる唯一の金属なのだとか。

 私はミーシャに促されるまま、水銀の概要に目を通していく。


 そして読み終わったタイミングで彼女が別の本を開いて手渡してくる。

 これは私が持って来た魔技の本だ。


「ここの〈マーキュリーキレーション〉が水銀の魔象を用いる魔技です。【魔法剣】で再現できるのが魔象に限られるのなら、対応する魔技も知っておいた方がいいかと思いまして」

「たしかに、一理ある」


 それから〈マーキュリーキレーション〉の説明も読み込む。


「あぁ、最後にもう一つ。念のため毒性の有無を確認しておいてください。〈マーキュリーキレーション〉の魔象では毒性は再現されませんが、ジークスさんのカーディナルもそうという確証はありませんので」

「心得た」


 ”図解 鉱物全集”によると天然の水銀は猛毒であり、大昔に起きた事件では司祭クラスが何人も動員される大騒ぎになったとか。

 大抵の毒は闘気や魔力で防げるとはいえ、一般人を害さぬよう確認は必須である。


 それから二三アドバイスをもらい、実際に鍛練場に行って試してみることにした。


「今回は色々と世話になった。ありがとう」

「そんな、わたくしこそいつも……いえ、同級生のよしみです、気にすることはありません」

「? そうか。何はともあれ助かった」


 気にしなくていいと言ってくれる彼女に、そうは言ってもその内何かでお返ししようと胸中で思いつつ、私は図書館の出口に向かった。

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