第5話 地道に練習

「ジークス・デン・マードさんの勝利です」


 審判の声を聞き、剣を下げてから息を大きく吐き出す。

 勝率は五分五分と見ていたが、何とかなったか。


 職員と対戦相手に礼をし、それからずんずんとネイスが詰め寄って来た。


「おいっ、何だよその水! 魔技を組む魔力も無かったはずだぞ!?」

「これは【魔法剣】というカーディナルの効果だ。あのように魔象を纏える」

「いつの間に目覚めたんだ!?」

「つい先刻だ」


 特に隠し立てする事でもないので、ネイスの詰問に素直に答えて行く。


「やったねジークス君! どうだ見たかッ、ジークス君は強いんだからね!」

「ぐぅぅ、あ、あんなの不意を突かれただけだっ。カーディナルがあると分かってれば負けない!」

「どーかな。次やるときはジークス君ももっと【魔法剣】を使い熟してるよ」

「あんなちんけなカーディナル一つで僕より強くなれると思ってるのかい!?」


 和気藹々わきあいあいと議論する二人。

 話の腰を折るのは気が引けたが、大切な用事が残っているのでそろそろ切り出すことにする。


「ネイス。戦ったばかりで悪いのだが、賭けのことは覚えているだろうか」

「……クソッ、これで足りるだろ持ってけよっ」

「恩に着る」


 ネイスが大銀貨を一枚取り出し、投げて寄越した。

 朝昼晩の三食を外で食べてもお釣りが来る金額である。私とサレンの昼食代くらいは余裕を持って支払えるだろう。


「貴重な時間を割いてまで決闘に付き合ってくれてありがとう。この大銀貨も助かった」

「そう思うならとっとと出て行けっ、気が散る!」

「了解した」

「じゃあねー」


 鍛錬の邪魔をしても悪いので私達はそそくさと退散した。

 ちなみにその後、食堂にて。

 サレンがここぞとばかりに食べまくったため、昼食代は大銀貨一枚を少しだけ上回った。




 午後からも素振りをしたり、闘技を鍛えたり、武術師範に剣技を指南してもらったりして一日は過ぎて行った。


「はぁぁーーー、すぅぅーーー──」


 呼気と共に体を伸ばし、吸気と共に元へと戻す。

 大浴場から自室に戻った私は日課の柔軟運動に取り組んでいた。

 しなやかな肉体作りには日々の積み重ねが欠かせない。


「──ふぅ」


 それが終わり、普段ならば魔技の稽古なのだが、今日は違う。

 寝台の脇に立てかけておいた剣を手に取り、鞘から引き抜いた。

 よく磨かれた刀身が照明魔具の光を照り返す。


 これは野外演習用の真剣である。鍛練場での自主練でもこれを使っていた。

 決闘での使用は禁止だが、初等部三年生からは毎年、各々の性質に合わせた武器が支給されるのだ。

 昨年まで使っていた剣も、高等部の寮へ引っ越す際に一緒に持って来ており、戸棚の中で大切に保管している。


 さて、これから行うのは【魔法剣】の訓練だ。

 【魔法剣】はそれ単体で圧倒できるようなカーディナルではない。昼間、ネイスとの決闘に勝てたのは運と初見殺しによるところが大きい。

 カーディナルが目覚めたからと気を抜いている暇はないのだ。


 片手で握った剣に魔力を流す。


「〈木纏〉」


 魔力が消え、代わりに木の枝の魔象が現れた。

 腕にかかる重量が増すが、来ると分かっていれば取り落とすほどの重さではない。

 その状態で剣に魔力を流す。


「解除、〈木纏〉」


 【魔法剣】を解き、すぐに再び纏わせた。


「解除、〈木纏〉、解除、〈木纏〉、解除、〈木纏〉──」


 そのまま解除と発動を繰り返す。

 それらの間隔が短くなるよう意識を研ぎ澄ませる。

 魔力操作と【魔法剣】の操作。勝手の異なる二種の能力を同時に、かつ最大限迅速に制御する。


「〈木まと──くっ、しくじったか」


 魔力を流すと同時に【魔法剣】を発動する、と意識しすぎて【魔法剣】を先に使ってしまったのだ。魔力が無かったために不発に終わった。

 気を取り直して〈木纏〉を使い、練習を再開する。

 その日は魔力が尽きるまで高速発動の練習をしてから床に就いた。




 翌朝。私は昨日と同じく第二鍛練場に来ていた。

 いつものメニューを一通り行い、それから剣を正眼に構え【魔法剣】を発動させる。


「〈火纏〉」


 剣に炎を纏わせ振り下ろした。

 それから一歩踏み込み今度は水平に斬撃を放つ。


「解除、〈水纏〉」


 その斬撃の直前、魔象を火から水に変化させた。

 間髪入れず次の太刀。


「解除、〈金纏〉、解除、〈木纏〉、解除、〈土纏〉、解除、〈火纏〉──」


 振り上げ振り下ろし逆袈裟薙ぎ払い。一度空を斬るごとに【魔法剣】を切り替える。

 身体操作、闘気操作、魔力操作、【魔法剣】の解除と発動。

 並行していくつもの事柄を行うため、かなりの集中力が要求される。


「──っ、解除。はぁ」


 息が切れ始めた頃、集中も切れて【魔法剣】の発動に失敗してしまったので一旦休むことにする。

 鍛練場の壁際には椅子のような出っ張りがあり、そこに腰かけて休息を取る。


「属性の切り替えは反復練習で慣れるとして、直近の問題は重さがあるタイプだな」


 木、金、土。これら三属性は纏うと剣が重くなる。

 それは太刀筋の狂いにも繋がるため、出来れば剣に速度が乗り切ってから纏いたい。

 けれどそうなると必然、タイミングがシビアになる。


 それと欲を言えば、解除ももっと素早く行えるようにもなりたい。

 増加した質量に引っ張られ、体勢を崩しかけてしまうことが何度かあったのだ。

 これらを解決するためには──、


「──鍛練あるのみだな」


 特にこれといった解決策を思いつかなかったので、こちらも練習量で克服することにした。

 闘気功にて体力も回復したことだし、素振りを再開するとしよう。




「そう言えば、【魔法剣】の魔象は一種だけなのか?」


 【魔法剣】に目覚めてから数日が経ったある日。

 無尽土偶に雷の魔技を撃ち込んでいる上級生を見かけ、ふと思い立った。


 木の魔象は木属性。ここまでは容易に想像がつく。

 しかし、雷の魔象もまた木属性魔技で発生するのだ。


 これは魔導学の基礎五属性相関理論に基づいて考えれば想像しやすい。

 木属性とは水属性より生まれ、火属性を生むものだ。

 つまり雨雲より生じ、火災を引き起こす雷は木属性となる。


 色々割愛したが、おおよそこういった理由で雷の魔象は木属性なのだ。

 それ故に、木属性の【魔法剣】で雷の魔象が纏えるかもしれない、と私は考えた。

 そこで試してみる。


「〈木纏〉」


 バチバチバチッ。

 纏えた。雷が剣身全体を覆っている。

 ……ふむ、【魔法剣】はこんなことも出来たらしい。


「可能性を探るべきか」


 【魔法剣】の制御にもこの数日で大分だいぶ慣れた。

 剣技との連携も実戦で使えるくらいにはなっている。

 今日の午後は【魔法剣】の調査に充てることとした。

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