九 黒白

 京に戻ると土方を加え、近藤、山南、伊東の四人が集まった。伊東の碩学と刀の腕をすっかり信頼した近藤は、新選組新体制を構築するにあたり、伊東を参謀の座へと推薦した。

「俺は近藤さんが推すなら構わねえよ」

「私も伊東さんなら不足はないと」

 土方と山南が賛同すると、晴れて伊東が新選組の幹部となった。改めて幹部が集まった場で土方が口を開く。

「前から話してる屯所移転の事だが」

 そう切り出すと山南の表情が険しくなる。その表情の変化を伊東は見逃さなかった。

「西本願寺がどう言おうと移転は決定事項で進めていく。もう話はついたも同然だからな」

「土方さんが僧侶相手に脅すような真似をしていると噂に聞きます。御仏に仕える寺を武威により抑え込むとはいかがなものでしょう」

 折れることのない山南に土方が苛立ちを見せる。以前から相容れぬまま平行線をたどっていたこの議題が二人の溝を深くしていた。しかし今回は、事を荒立てぬような穏やかな口調で二人の間に割って入る伊東がいた。

「西本願寺は多くの人々から信仰を集めている由緒ある寺です。その寺の意見をないがしろにすれば、新選組の評判も落ちはしませんでしょうか」

 さすがと言わんばかりに山南も勢いづく。能弁な二人に責められれば折れてくれるに違いない。そう山南は期待したが、土方は強硬な態度を崩さなかった。

「神に仕えていようが町人から信頼されていようが、謀反を起こす前に布石を打つ。ただそれだけだ」

 三人の会話を聞いていた近藤も腕を組み、表情硬く目を閉じる。

「俺たちは幕府側に付き、国を支える。手段は択ばねえ」

 潔く言い切った土方にこれ以上の反論も無意味だと十分に分かっていた。ただどうしても山南には寛容できなかった。

「近藤さん、土方さん、貴方たちはそのようなやり方を許していましたか?」

 山南の問いに近藤が薄く目を開ける。土方はギロリと睨んだが答えることはなかった。あまりにも重苦しくなった空気を変えようと伊東がパチンと手を叩く。

「この問題はまだすぐに決断する必要はないでしょう。それより京の町には未だ呪いが蔓延っていると聞きました。これは私達ではどうすることもできないのでしょうか?」

 ああ怖いと伊東が袖で口をふさぐ。話題が変わればようやく近藤もこわばった表情を緩めた。

「近々一橋様に呼ばれていてな。松平様の呪いも解けぬ今、魂喰の方たちに今後の方策を尋ね合わせるつもりだ」

「そうでしたか。会津公なしでは新選組も今後の見通しが立ちませんからね」

 伊東が気遣う言葉を掛ければ「いかにも」と近藤が目を伏せた。松平の芳しくない容体は近藤の心も重くしていた。そんな近藤の姿に同情もした。それでも土方の睥睨した態度は、悪とし排除したはずの芹沢を思わせる。それが山南にわだかまりを残していた。彼が近藤の横にいる限り、近藤が彼を良しとする限り、山南が思い描いていた新選組からは遠ざかっていくような気がしてならなかった。



 年の暮に差し掛かったころ、一橋の屋敷に呼ばれた近藤が赴くとすでに例の姿が迎えた。一橋を前に狐火と近藤が坐する。議題は長州藩と京に蔓延った呪いへの方策だった。

「朝廷が長州藩を朝敵と断定。長州征伐の勅命が下された」

「本当ですか!」

 一橋の報告に近藤が沸き立つ。

「先の襲撃で長州が放った大砲に御所ちゃんも怒り心頭や。今にでも近藤はんには動いてもらいたい」

「それならすでに準備を進めている。先日江戸から隊士を募集し引き連れ帰ってきたばかりです」

 以前にもまして意欲的な近藤に狐火がほほうと感心する。

「それより呪詛使が残していった呪いはどうなのだ。未だ松平様は床に伏せている。魂喰の方は何も策を講じていないのか」

 攻められた狐火の表情が不愉快そうに一転する。

「こちらとてちゃんと考えとるわ」

「狐火はこの事態どう切り抜ける」

 一橋が問うと狐火が扇で二人を指す。

「考えがある。呪いを払うための祝詞や祈祷は一定の空間領域にしか効果がない。しかしその力は有象無象のものに込めることが出来る」

「形のないものにも出来るのか」

 近藤が驚くとようやく狐火も得意げな顔になる。

「せや。折よくもうすぐ年の夜。京の町中に祓い清めの力を行きわたらせるにはまたとない機会」

 どういうことかと一橋、近藤が釈然とできずにいる。そんな二人をみた狐火が呆れたようにため息をついた。

「大晦日。皆に渡り届くものと言えば」

 狐火が自身の耳を指さす。

「除夜の鐘か!」

 一橋がひらめき手を打った。「さよう」と狐火が頷く。近藤も遅れてなるほどと思わずうなった。

「これより各地の寺にて魂喰が祈祷に入る。長州や賊子は動き出さんかと思うけど。一橋はん、頼んます」

「ああ、承知した。ここから年を越すまでは魂喰高位者の力は借りれんということだな。なるべく大事は起こさんように努める」

 近藤でなく一橋に頼んだことが癇に障ったのか近藤の顔が気色ばんだ。狐火はそれを分かっていて敢えて知らぬふりをする。

「近藤はんを頼ってないわけやないで。その前に少し確かめておこうと思うて」

 何をと近藤が目を尖らせる。

「一橋はんも聞いてるんちゃうん、加賀屋の件」

 そう切り出すと近藤の顔がさらに厳しくなった。

「ああ、聞いている。なんでも加賀屋相手に多額の献金を申し立てたとか。その他にも商屋に金銀の借用を命じている。実はな、数件の苦情が耳に入ってきておる」

 近藤がまっすぐな視線で一橋を見据える。

「長州の襲撃を破り、ついに長州藩は朝敵となった。ここが新選組の踏ん張りどころ。隊士の増員もしかり、これからは馬術や砲術なども取り入れ一層力をつける時。資金も大事な要素の一つなのです」

「せやけど近藤はん、それやと芹沢はんと同じとちゃうの」

 狐火の言葉にも一切動じることはない。言い切った近藤はむしろ胸を張っているようにさえ見えた。

「私はそうは思わない」

 ただまっすぐに言い放つと、一橋も狐火もそれ以上責めるような言葉を発することはなかった。

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