八 風雲
近藤の号令に新選組幹部が集められた。近藤、土方をはじめとし、藤堂の他組長を任されている面々が集まる。監察方からは島田魁が参加し、近藤の近くには武田観柳斎が坐していた。
この日、山南は少し控えた場所から話を聞いた。
「今しがた鴨川付近で捕らえた不審浪士を吐かせた。そいつが言うには倒幕派の中でも力を持ち指揮をとっている
土方が苛立ちを隠せない様子で報告する。
「監察方としては、山崎にそれがはったりかどうか探らせに行かせた。あとは長州の潜伏先への見張りを強化する」
永倉がむしろ感心したように頭の後ろで手を組み天井を見上げた。
「マジかよ。どんだけ潜伏してんの。こっちだって取締りに精を出してるのに増えるばっかりじゃん」
「やっぱり片っ端から潰してった方がいいんじゃないの? 会津さんに手を借りたら人数もかせげるし」
原田も永倉の横でそわそわと身震いする。集まった隊士達にも焦りが募り始めてくる。しかしそれを冷静に諫めたのが武田だった。
「今派手に動けばせっかく身を潜めている輩もすぐに散って行ってしまうでしょう。京に集まってきているということは何かを企んでの事。そしてその計画がどこかに落ちているはず。そして隠すはず。ここは山崎くんと島田さんへの頼りどころ」
武田が島田にいやらしくにっこり笑いかけると、島田も深く頷いた。
「分かった。長州の出入りが激しいところは宿屋に限らず探らせる」
一先ずは確実な情報を元に踏み込むということでその場は解散となった。
▼▼▼
大阪では籠を背負った山崎が手ぬぐいを目深く頭に巻き、町を歩く。医学には多少学があったし、薬の行商は土方直伝の
「ほら、京都の池田屋さん。あそこやったら今いろんなお侍さんが出入りしてるやろ。最近は長州の方まで見たって人も多いんよ」
問屋の娘がぺらぺらと喋るのを山崎が麗しい笑顔で頷き聞き入る。
「そんなにお侍さんがいるんやったら私の薬もよおけ売れるかもしれへんな。私みたいなんがすぐに行って入れてもらえるやろか?」
うーんと困った顔をすれば娘は助けずにはいられない。
「それならうちのおとっさんから紹介状を書いてあげる。結構顔がきくんよ。おとっさんからの推薦やったら重宝してもらえるはずやわ」
山崎の助けになれればと娘が嬉しそうに奥に引っ込んでいった。
「なるほど、池田屋か。島田さんの指示だと裏で画策している場所を探るのが一番。ここで手を打つのはまだ早い。まずは潜入して情報を集めるか」
山崎が難しい顔をして考えていると、娘が手紙を片手に嬉しそうに駆け寄って来る。ぱっと表情を明るくした山崎が再び笑顔を作った。
大阪から来た薬屋という称号を得た山崎が池田屋に入り浸る。愛想のいい振りをすればみな何者かも疑わない。山崎が薬を整理する傍らで侍たちが喋り始める。
「今日もまた
「バカっ。その名前で呼ぶな。
ぴくっと山崎の耳が動き手を止める。
「あのう、古高さんというのは?」
喋っていた二人が決まづそうに顔を引きつらせながら笑顔を作った。
「いやいや、人間違いをした。枡屋さんといってね、炭を売って商売してるんだけども、今日はたくさん仕入れがあるそうで、手伝いに呼ばれているんだよ」
「ほーう」と素知らぬ顔であいづちをうつ。そそくさと池田屋を出ていく二人を静かに見送った。
「餌に鯛がかかった」
薬の籠を担いだ山崎が表に出ると、薬屋に扮したまま町を歩く。しばらく行くと路上で寝ていた
「山崎さんから」
そう声を掛けられた土方が、乞食の恰好をした監察方を部屋に招き入れる。紙に書かれていのは「炭薪屋 枡屋喜右衛門」の文字。これを読んだ土方が力強く立ち上がると近藤の元へと向かった。
▼▼▼
元治元年 六月五日 朝。
山崎から次の集会が行われると聞いた朝、近藤と土方は隊士を連れ枡屋へと向かう。二人の後ろを我が物顔で歩くのは武田。それを永倉が疎ましそうにみていた。
「新ちゃん、ご機嫌ナナメ?」
「いや別に。面白くねえなと思ってるだけだよ」
それをご機嫌ナナメと言うのだと原田が腹の中で思ったが、口には出さない。
「サノ、今日は出来るだけ争いごとはなしだ。長州が何を企んでやがるのか、捕らえて吐かせる」
「わかってるよお。それ朝から土方さんにも何回も言われた。分かったから勘弁してよ」
こりごりだと口を尖らせる。それでもまだ永倉の目が原田を疑っていた。
枡屋の近くまでくると隊士たちが身を潜める。するとどこからともなく町人の恰好をした山崎が現れ、近藤に合図をした。「今まさに長州が集まっている」。その合図に隊士が一斉に枡屋へと駆けた。
「御用改めである」
近藤の
「奥か」
永倉が原田を連れその後を追う。近藤と土方が悠々と裏口へと回った。わらわらと表や勝手口から浪士が逃げ出す。それを後の隊士に任せ、目もくれず一人の男を探した。
以前池田屋で山崎が聞いた古高という男。近藤らが裏口にまわるとすでに永倉が一人の男を捕えていた。
「こいつが古高らしい」
永倉が突き出したその男の手には何やら紙切れが握られている。裏庭に置かれた火種の入った壺を土方が見つけた。
「それを燃やすつもりだったのか?」
『機会を失うべからず』。そう書かれた紙切れを取り上げる。
「機会ってのは、なんのだ?」
古高の顔を土方が覗き込む。まるで口を割りそうにない古高に、むしろ楽しそうに土方が笑いかけた。
「後でゆっくり、聞かせてくれや」
「近藤さん、土方さん、ちょっとちょっと!」
原田が慌てた様子で姿を現した。
「武田さんが見つけちゃった」
「サノ、何を見つけたんだよ」
原田の言葉に古高が苦い顔をしたのを土方が見逃さなかった。
「だから、こっちこっち」
他の隊士に古高を預けると、近藤、土方、永倉が原田の後を追う。その先には得意げに腕を組み、開けられた扉の前に立つ武田がいた。
「何かを隠す時はこういう場所です。わたくしならすぐに分かりました」
鼻を高く胸を張る武田を押しのけ、近藤らが家の中を覗く。
「うわ、なんだよこれ、まじかよ……」
「ね、すごいでしょ!」
声を上げる永倉になぜか原田が自慢げに答える。近藤と土方も表情を硬くし、目を合わせた。
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