第二章

一 忘形之友

 御所の謁見の間では狐火こっこ猫尾びょうびが並んで座っていた。御簾の奥に姿を現したのは孝明天皇だった。きちんと坐した狐火と猫尾が深く頭を下げる。帝が声をかければ頭を上げた。

「して、京の様子はどうじゃ」

「最近は不逞浪士の数が増えてきております。長州藩も未だ京に踏み入れんと伺っている様子」

 帝の問いには猫尾が素早く答える。

「しかし未だ心配するほどの大きな動きもないかと」

 「ふむ」と頷く帝を前に狐火が膝を崩す。それを猫尾がキっと睨んだ。

「新選組は」

 問われたその名前に狐火と猫尾の耳がぴくりと反応した。

「魂喰が外のものと組むなど前古未曾有ぜんこみぞうの事ゆえ、我らとしても戸惑いがないわけではありません。彼らは国の為至誠の働きを見せ励んではおりますが、とてくても烏合の衆。我らと分不相応と考えずには――」


御所ごしょちゃんはさ」

 猫尾の言葉を遮るその声とあまりにも無礼な呼び方に「狐火!」と猫尾が叱り飛ばした。その様子に対しむしろ楽しそうにする帝が「よいよい」となだめた。

「御所ちゃんはどう思ってるん? 新選組あれは都の外のもんや。それに京をゆだねてもええと?」

「会津の松平が任せられると言うた。朕は松平に任せた」

「せやなくて、御所ちゃんがどない思うてるか」

 崩した足に肘を突き、頬杖をついた狐火が面白くなさそうに問いかける。その姿に帝はまるで親が子を見守るような優しい視線を送る。

「朕は松平を信じたいゆえ、新選組も信じておる」

 「ふーん」と視線を外す狐火に帝がキョトンとする。不思議がる帝に「拗ねているだけ。お気になさらず」と猫尾が補足した。それを聞いた帝が表情をさらに柔らかくする。

「朕の一番の信頼の置き処は狐火よ」

 笑みを向ける帝から目線を外したままの狐火だったが、どこかうずうずとしているようだった。

 むずむずとしていたかと思うと、ふと狐火が何かに気付いたように顔を上げる。宙を見上げるとくくくと笑った。

「狐火よ、どうした」

「いや、何でもあらへんよ」

 先ほどまでむすっとしていたはずが、妙に機嫌よくする狐火に帝と猫尾が首を傾げた。


 ▼▼▼


 狐火たちが御所へと赴いていた同じ程、藤堂もまた御所近くをうろうろと歩いていた。手には団子を大事そうに抱えている。公家屋敷が並ぶ一角、貂から聞いていた屋敷を見つけた。しかし八木邸とは違う大きな門構えと立派な作りの家に少し足がすくむ。

 正門の辺りをうろついていると警護の者が藤堂を見つける。

「何用だ」

「えと、新選組の藤堂平助と言います」

「新選組……。斎藤一殿以外は通してはならないと命じられている」

「貂に、貂に会いに来ました」

「貂様?」

 いよいよ警護の者が怪しむ目で藤堂を睨むものだから、藤堂も恐縮しどうしていいものかと困ってしまう。

 藤堂がたじろいでいると門のかげからひょこっと狐が顔を出した。神々しいほどに真っ白く毛並みの艶やかなその狐が藤堂を見つけると中門へと走っていく。少し中へと進んだところで藤堂へと振り返った。

「いや、あの、よろしいので?」

 警護の者が慌てるように道を開ける。いきなりうやうやしく頭を下げられ、何がどうしたものか分からなかったが、狐についていくように中へと踏み入った。

 狐がとととっと玄関を駆け上がり屋敷の中へといざなう。藤堂が扉をくぐったところで良く見た顔が現れた。


「平助、来たのか」

 迎える貂の顔を見ると藤堂の緊張がようやくほどけた。

「そこの狐がね」

 藤堂がさきほどの白狐を探したがどこにも見当たらない。「あれ?」ときょろきょろしている藤堂に首をひねる。

「とりあえず、こっち」

 貂の後ろをついていくと、中は寝殿造りが広がっていた。透廊すきろうを渡れば美しい庭が左右に広がる。先ほど落ち着いていた緊張が再び体に走った。

「今日は狐火さんは留守なの?」

「狐火様は御所にいらっしゃる」

「もしかして、天子様の元へ!? あの、魂喰って一体何者なの」

「おかみと謁見できるのは狐火様と猫尾様のみ。殿上人として正四位ほどの扱いを受けているが、正式に位をもらっているわけじゃない」

 貂の話に加え立派な屋敷内を見渡すと、だんだんと自分が場違いなところへ来てしまったのではないかと縮こまる。急に大人しくなった藤堂の気配に異変を感じ、貂が振り返った。

 今までと少し違う風に映った貂の姿に、手に持っていた団子が申し訳なく感じた。紙で雑に包まれた団子を裾で隠すように両手で抱え直した。

 貂の目が隠そうとするそれに気づく。

「その団子、おいしいって人気の店のだろ? 自分じゃ買いにいけないから嬉しい」

 「ありがとう」と貂がいつもの澄ました笑顔を見せる。

「うん! 一緒に食べようと思って」

 一瞬貂が遠い人なのかと感じてしまった。しかし貂はいつもの貂だった。藤堂が小走りで貂に駆け寄ると肩を並べた。へへっと嬉しそうに横並びに歩き出した。



 団子を食べながら藤堂と貂の話に花が咲く。沖田や原田といたずらをして遊んでいる話。最近は山南とゆっくり話す事が増え、たまに繰り出す難しい話を貂に聞かせれば意外と理解し驚いた。

 貂は自ら自分の事を語る事がなかったが、狐火を慕っていることや修行のため他の地へ赴いていた話を聞くことが出来た。

「最近は兇魂憑きの数が増えているし、長州の不穏な動きもある。そういえば備前の辺りで新選組の密偵が暗殺されたと聞いた。大丈夫なのか?」

「そんな話まで知ってるんだね」

「魂喰は各地で仕事をしている。だからいろんな国の話は入ってくる。気付かれていないことも多いが、江戸にも数組潜んでいる」

「そうだったんだ。知らない間に貂たち魂喰が私たちを守ってくれていたんだね」

「いや、そういうわけじゃないけど」

 気恥ずかしそうに貂が鼻の下をかいた。

「大丈夫。私たちも長州や浪士の動きを警戒していてね。監察方を送り込んでいるところ。何かあればすぐに対処する手筈だから」

 藤堂が手を差し出す。

「だからこれからもよろしくね」

 差し出された手をどうしたらよいかと迷ったが、そっとその手を掴んだ。するとぎゅっと藤堂が握り返す。

「うん、よろしく」

 始めて人の温かさを直に感じた。手を離してなお、思ったよりもその感覚が残るものだと貂が自分の手のひらを見つめていた。



「狐火よ、先頃も兇魂憑きにうてな」

 御所からの帰り道、猫尾が切り出した。

「帝には変わりないと伝えたが、なんやにおわんか?」

「あー、やっぱりそう思う? 新選組に付き合った豊後屋の件から少し考えとった。長州はんは何かと組んどるような気いせえへん?」

「兇魂憑きが増えてることと関係してるって言うんやったら。アレか」

 狐火が扇を開き口にあてがう。

「やっぱりアレやと思うわなあ。まあ、まだ憶測の段階や。もうちょい探ろか」

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