五 丁半
外の暗い闇を隔て、ろうそくの灯が部屋を照らす。そこには藤堂、近藤、土方、沖田が集まっていた。
「その話は本当なんだろうな、平助」
立て膝姿の土方がキセルに溜まった灰を煙草盆の灰落としにコツコツと落とす。
「今日
「目?」
どういうことかと沖田が問えば藤堂が答える。
「はい。世の中には兇魂が憑いた人が紛れ暮らしていると。それと人とを判断するのが目であると聞きました」
「それで、私には兇魂が憑いているのだな」
「最近の先生が乱暴を働くようになったのも、そのせいかと」
「おい、平助!」
藤堂が沖田の声に縮こまる。食いかかる沖田を近藤が制した。
二人の様子を特に気に掛けることもなく、土方はキセルを燻らせる。
「確かに、最近の近藤さんは度が過ぎることがある。まるで芹沢さんだと思うこともあるんじゃねえか?」
その言葉に先ほどまで威勢のよかった沖田も顔を伏せる。
「それでも私の中に元々ある闇心に入り込んだのだろう。原因は私にある」
顎をさすり考え込むと、藤堂に向き直った。
「それで、兇魂を祓うにはどうすればよいと?」
「人に憑いた兇魂を祓うには、その体が朽ちるしか手段がないと。殺すか、死ぬか」
藤堂が膝においた手でぎゅっと袴を掴んだ。
「おいおい! 俺らの手で先生をか!? 冗談だろ」
「ですから! 先生には瀕死になっていただきたいと!」
「瀕死……」
予期せぬ言葉に近藤と土方もつい顔を見合わせた。
「一般的には兇魂は死した身体から抜け出るものですが、貂ならば身体と共に兇魂を斬れると。上手くいく保証はなく、賭けではあると……言っていましたが」
「賭けでそんな事できるかよ。失敗したら先生が――」
伏せて考え込んでいた近藤の目がばちりと開く。
「このままだと兇魂に体を乗っ取られて私自身が化け物になるだけ。この命途絶えようと、やるしかない」
「総司は斎藤にこのことを魂喰に伝えるよう伝達してくれ。平助は医者を近くで待機させるよう手配しろ」
「土方さん……!」
「承知しました」
藤堂が手をつき深く頭を下げる。
「何としてでも新選組の名に傷がつく事は許されんぞ。トシ、何かあっても後は頼んだ」
土方は無言でふっと煙を吐き出した。
近藤が立ち上がり部屋を出る。襖が閉じる音が聞こえてから数秒数える。そして藤堂がその後を追いかけて部屋を出た。
「先生!」
藤堂の声に近藤が振り向く。その顔はとても優しく大らかだった。
「よく聞きだしてくれた。こちらが知らぬまま対処されるところだった。ありがとうな、平助」
「はい……」
俯く藤堂に「心配するな」と近藤が藤堂の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。その手の温度はいつもと変わらずとても心地良かった。
▼▼▼
数日たたない間に狐火たちが再び八木邸に会していた。
屋敷の庭には新選組の近藤一派が待ち構える。沖田や土方など事情を知る者以外は外へ出していたが、唯一斎藤一が居合わせていた。
塀には
「今日は芹沢さんたちは見廻りでまだ戻らないはずです。俺は表で張っておきます」
庭の端で静かにたたずんでいた斎藤が表の見張りへと出ていく。近藤が庭の中央に歩み出ると、少し距離を開け貂が対峙して立った。近藤のそばに付くように沖田と土方が脇を固める。
「あんたが暴れ出さないように俺らが制止する。気張れよ、近藤さん」
「絶対戻ってきてくださいよ、先生」
その様子を狐火がじっと睨む。
――まあた厄介な事になったわ。貂が自ら人を斬る言うたんは初めてや。成功する確率はほぼない。確実に近藤はんは死ぬ。それでも一縷の望みをかけたかったんは……。
狐火が藤堂をちらっと見遣る。そして大きくため息をついた。
「近藤はん、恨みっこはなしやで」
近藤がうむと頷く。
「ほな、いこか」
狐火の言葉を合図に貂が近藤へと駆け出し、手前で大きく飛躍する。両手に短剣を携え近藤へと突きだすように落下する。貂の目が暗闇の中、獲物を狙うように光る。その視線の端に祈る藤堂がうつった。
迫る貂の短剣に近藤が覚悟を決め目を瞑る。
「近藤先生!」
「かっちゃん!!」
沖田と土方の呼び声に、まるで憤怒の相のように近藤がかっと目を見開いた。
近藤に飛び掛かった貂が、近藤の胸ぐらに拳を突き立てる。近藤の両肩に足を掛ける貂。先ほどまで手に持っていた短剣はいつの間にか口に咥えられていた。
「ふんぬああああああああ」
近藤が叫び目が血走る。すると体からぬるっとしたものが浮かび上がる。その端を貂が掴むと近藤を足蹴りにし、ずるずると引っ張り出していく。
狸吉が目を見張り、狐火が身を乗り出した。
「!! あんの
近藤の体からずるずると引っ張り出されたものが大きな
「狸吉!」
狐火が珍しく焦りを表す。狸吉が手印を組むが、術をかける前に蛙の影が貂に迫り大口を開けた。間に合わないと腹をくくると額に冷や汗がつうっと流れる。
「貂!!」
突然貂と蛙の間に影が割り込んだ。蛙の前に立ちはだかった藤堂が居合で蛙を斬りつける。
貂の目には藤堂の背中と広く舞う血の雨がうつる。
――表面を斬りつけてもあれは祓えん。術で内側から壊さんと。
狐火が面の奥で唇を噛み顔をしかめた。
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