三 奇奇怪怪
沖田は振り回すばかりの浪士の刀をあっけなく躱すと庭の端へと追い詰める。
「おお、ついにお目見えか。
「すみません、つい」
沖田の目に庭に転がった死骸がうつる。よそ見をする沖田に浪士が
藤堂は横薙に振り斬り込んでくる刃をしゃがんで躱すと浪士の足を斬りつけた。「うがああああ」と悶絶する浪士に対し「すみません」と冷静に言い放つ。
二人には敵わないと裏口から逃げ出そうとすれば、駆け付けた
その場にもう一人、新選組の羽織を着た男が姿を見せる。男に気付くと、藤堂が素早く駆け寄った。
「野口、そっちはどう?」
野口健司が人差し指を立て、気まずそうにする。野口は藤堂と歳が近く、気性の荒い芹沢一派でありながら唯一物腰柔らかい青年だった。
「芹沢先生が一人だけ。桂はすでに逃げ隠れてしまったらしい」
「そっか」
藤堂が野口と話し始めると、先ほどまで立っていた殺気も消えていくようにみえた。
二人の目の前、藤堂が斬った浪士の遺骸から突然ぬるっとしたものが浮き出てきた。それが溢れてくるものだから、二人は慌てて庭の端に捌けるとそれを見守る。
「これが、兇魂……」
ぬるぬるとした物質は大きく膨れ上がり、まるまると太った鯉へと形を変えた。それは二階に届くほどの大きさとなる。
「うわああああ」と叫び声がした二階へと視線を向けると、
「ななな、何何!? 俺をどうする気!?」
「原田さん!」
藤堂が叫ぶと、頭上から野放図な笑い声が響いた。
「がはははは! おもしれえことになってるわ」
二階の別の部屋から顔を出した芹沢はいつの間にか酒を
「はっ。ほんま下品やな」
芹沢の体たらくに冷たく吐き捨てる。
「ほれ、そこの不細工な鯉。餌や餌」
「まるで餌を欲しがる鯉そのものだね」
藤堂と野口も息を呑む。
「さて、あれをどうする」と藤堂が鯉と魂喰たちを睨む。
いよいよ鯉が人一人分を飲み込めるほどの口を開け原田に迫った時、狸吉が原田を部屋の中へ放り込み手印を結ぶ。
「
狸吉が叫ぶと、先ほどまで今にも襲い掛かりそうだった鯉の動きがぴたりと止まる。自らに動きを止めたのではなく、何かに縛られ、動きたくても動けないようにぎちぎちと身悶える。藤堂がその鯉のはるか上から飛び降りてくる影に気付く。
月光りを背後に空から降って来た
「食われた!?」
藤堂が驚いていると、目の前の鯉が内部から爆発したように突然血しぶきをまき散らした。
鯉が上下に真っ二つに割れ、体内から現れたのは宙がえりをしながら短剣で兇魂を引き裂く貂の姿。血汐が降り注ぐ中、宙を舞うその姿はそれは見事で美しく、やおらに映った光景に見惚れた。
とんぼ返りをする貂と藤堂の目が初めて合う。
「え、ちょっと……」
声をかけようとするが、貂は地に伏した鯉を踏みつけ再び飛躍する。貂が塀を飛び越え次に舞い降りたのは表の門で固まっている二匹目の鯉の元。鯉の周りには沖田たち隊士が刀の切っ先を向け構えている。
貂が先ほどと同じように鯉の口から入り込み、内部から鯉を破壊する。そして近くの木に飛び移った。真っ二つに割かれて横たわる兇魂がみるみると黒い煙へと姿を変える。そして煙が
屋根の上、手印を結び祝詞を唱える狐火に向かっていく煙。その煙が狐の口へと吸い込まれていく。煙が全て吸い込まれると、鯉がいた場所には濡れた後だけが残った。見たことのない化け物と一瞬の出来事に新選組隊士たちも唖然とする。
「天晴れ天晴れ!」
鉄扇を振りかざし、酔っぱらった芹沢が楽し気に叫ぶ。
「すべて済んだやろか?」
「ああ、ご苦労だった! 面白いもんを見せてもらった」
終始ご機嫌の芹沢に狐火が卑しめるように言い放つ。
「ほな、うちらはこれで」
狐火が身を翻すと一瞬のうちに夜空へと消えた。その時すでに狸吉の姿はなかった。貂は隊士たちに頭を下げると、屋根を伝い姿を消した。
魂喰が姿を消した後、出陣の報告を受けていた会津藩士が駆け付けてきた。捕らえた不逞浪士たちは会津藩に引き渡され、この時の新選組の仕事は終いとなった。
「すっご、なんださっきの」
呆気にとられ刀をしまい忘れている沖田が魂喰が消えた方を見ている。
「平助、俺あんな化け物初めて見た! すごかったな! これから毎回あれを相手にするのかな」
「貂の面の人。剣捌き、綺麗だったね」
ぼうっと貂が消えていった方角を眺めながら藤堂が零す。野口も横で「うんうん」と楽しそうに頷いた。
宿屋より少し離れた場所からその様子を見ていたのが近藤、土方、永倉だった。
「ほほう。これは見ものだったな。見事見事」
顎をなでながら近藤が感心する。
「わけの分からん化け物に、わけの分からん連中。気味が悪いがあれと手を組めば幕府だけじゃない、朝廷にも名を挙げられるわけか」
「これが京が生む兇魂か! 俺らでも相手できんのかな」
嫌悪する土方とは反対に、永倉は一部始終の光景に胸を躍らせていた。
「まあ、利用する価値はありそうだな、近藤さん」
土方の言葉に顔をほころばせた近藤は機嫌がよさそうにその仕舞いを見届けていた。
▼▼▼
宿屋からの帰り道、魂喰の三人が屋根を伝い帰路につく。
「うえっ。かはっ」
突然狐火が
「狐火様!」
駆け寄る貂に狐火が手のひらを向けて牽制する。狐火の口からぽろっと2つの黒い玉がこぼれ落ちた。
「あー、やっぱり今日のは小さいね?」
「雑魚同然だったからな」
狐火が黒い玉を袖にしまい込み、また歩き出す。その後ろについて歩く貂は先ほどの事を思い出していた。
「新選組は有象無象の浪士の集まりと聞いていましたが、皆剣の腕が立つ者ばかりでしたね」
「それも想定外にやな」
貂は狐火が何を言いたのかよくわからなかった。そんな貂の様子を狐火が察する。
「確かに今は長州はんや
貂が静かに狐火の言葉を聞く。
「それが外からあんな力が入ってきてみい。心強いどころか脅かされる。帝が新選組を受け入れてるっちゅうのは真意やない」
無言でいる貂に狐火が振り返る。
「うちらが新選組と協力せえっちゅうのは、仲良しこよしせえっちゅうのと違う」
「分かるな?」と狐火が問うと、貂が頷いた。
「あっちも思うとるわ。うちらを利用すれば国に名を挙げれられるってな。お前は新選組の屯所に出入りせえ。うちらの真の目的はあれの監視や」
「承知しました」
答えた貂が藤堂の顔を思い出す。
「世の
狐火が夜の空に浮かぶ大きな月を見上げ、独り言のようにぼやいた。
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